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あそびの世界とだるまの求婚

「若返ってるよな」


張り手をくらったあの日から、二週間が経った。


鏡の前で改めて自分の顔を見て、そう思う。


なぜかは知らないが、俺はあの日、異世界に転生したらしい。しかも、ついでに若返っている。


今の見た目は、十五、六歳くらいか。


半分くらい若返った計算になる。


チラッと窓の外へ目を向ける。


そこに広がっているのは、まさに異世界だった。


だるまの塔に、だるまの噴水。


道端では、小さなだるまたちがころころと動き回っている。


異世界というより、だるま界か……。


我ながら、安直なネーミングだ。


この二週間でわかったのは、この世界では、俺がいた世界でいうところの“遊び”の概念がまるで違うということ。


遊びを象徴する神様がいて、その神様同士が、国をあげて本気の陣取り合戦をしていること。


どんな世界だよ、と日本ではありえない常識に、俺は苦笑いする。


そして、この街を治めているのが――。


俺の脳裏をよぎる。


このだるまの街を治める少女の姿。


……の、裸。


「――いかん、いかん」


俺は首を横に振って、邪念を振り払った。


とにかく。


この国は、だるまさんがころんだの神、緋毬が治める街なのだ。


その時、ガチャ、と俺の後ろで扉が開いた。


「おはようございます、律様」


そこにいたのは、給仕服を着た一人の女性だった。


丁寧な口調。


ロボットのように固い表情。


そして、やけにきっちり着こなされた給仕服。


全体的にミスマッチが激しい。


「テンさん、おはようございます」


俺も挨拶を返す。


テンさんは緋毬の従者だ。


緋毬が暴走したあの日、あの場にいて、必死に緋毬へ声をかけていた人でもある。


そう。


あの後、俺は緋毬の屋敷に住まわせてもらっていた。


一度しばかれた後、落ち着いた緋毬は、俺に礼を言い、それから何者なのかを尋ねてきた。


これ幸いと、俺はあの日の状況をありのままに話した。


その結果、緋毬の屋敷に客人として住まないか、と提案されたのだ。


こちらとしては願ったり叶ったりだったので、二つ返事で合意した。


ただ、その後で話を聞いて、この提案がただのお礼ではないこともわかった。


俺の力は、どうやらこの世界にとってイレギュラーらしい。


下手をすれば、遊びの神々が保っている今のバランスを崩しかねないのだという。


「本日は、朝食の後はどうされますか?」


「最近、仕事を始めてね。街に行ってこようと思う」


「承知しました」


テンさんは頭を下げた。


それから、少しだけ顔を上げる。


「その前に、緋毬様のお部屋にも顔を出していただけますと……」


「ん? いいけど?」


何か用でもあるのだろうか。


俺は了承すると、朝食をいただくために部屋を出た。


ーーーーーーーーーーー


「緋毬、いるか?」


朝食の後、俺は緋毬が仕事をしている執務室へ向かった。


「はい」


俺を見ると、緋毬が少しだけ微笑む。


鮮烈な一撃から始まった出会いではあるが、幸い、嫌われているわけではないらしい。


この世界のことは、ほとんど緋毬が教えてくれた。


役務で忙しいだろうに、ありがたい話だ。


緋毬は、このだるまの街『リバシアプ』を治める一族の当主らしい。


あそびのかみさまには血筋が存在する。


その血筋の中に、緋毬のような“一族の象徴”となる神が生まれるのだという。


そして、この街は代々、緋毬の血筋によって統治されてきた。


いろいろ、しがらみも多そうだ。


神同士による陣取り合戦。


緋毬はそれに積極的に参戦するつもりはないらしい。


自分の領地と、そこに住む者たちを守れればそれでいい。


そう言っていた。


一人が背負う責任の重さじゃないよな、と思う。


だが、この二週間で、緋毬が愚痴をこぼすところを俺は一度も見ていない。


これには、仕事人間だった俺も尊敬せざるを得なかった。


「テンさんに、ここへ来るように言われたんだけど」


俺がそう言うと、緋毬は机の引き出しをごそごそと探った。


そして、一つの指輪を取り出す。


目を引いたのは、指輪にはめ込まれた赤い宝石だった。


内側から燃えているように、淡く輝いている。


「これを、あなたにあげたくて」


「これは?」


「反転動石というの。この街の名産品なのだけど……見てて」


緋毬はそう言うと、指輪を近くにあった椅子へ向けた。


宝石から、赤い光がすっと伸びる。


レーザーポインタのように細い光が椅子を照らし、その照射面に、だるまの紋様のようなものが浮かび上がった。


そして、緋毬が指輪を軽く傾ける。


それに合わせて、椅子がバタンと倒れた。


「なにそれ! 面白い!」


無類のガジェット好きである俺の目は、間違いなく爛々と輝いていたと思う。


「これを、あなたにあげたかったの」


「えっ、くれるの!?」


我ながら、子供みたいな声が出た。


「この間のお礼を、ちゃんとしたかったの」


この間。


たまたまふらっとやってきて、よくわからないまま、気づけば緋毬を助けていたらしい、あの件のことだろう。


正直、何かをしたという実感はあまりない。


それで礼をされるのは、少し気が引けた。


「あー、いや」


「喜んでくれるなら、嬉しい」


うーん。


そんな嬉しそうな顔をされると困る。


せっかく用意してくれたものだし、せめて割引で譲ってもらう方向にするか。


俺がそんなことを考えていると、屋敷の廊下の向こうから、ドタドタと足音が近づいてきた。


そして、バタンッ、と勢いよく扉が開く。


「ひ、緋毬様!」


入ってきたのは、だるまの頭をした軍服姿の男だった。


初めてこいつに出会った時は、なかなかの衝撃だった。


なにせ、まんま頭がだるまなのだ。


さすがに慣れてはきたが、それでも圧は強い。


「サカタ。どうしたの? 騒がしいわ」


そうだ、サカタさんだ。


俺は心の中で軍曹と呼んでいる。


緋毬がたしなめるように言うと、軍曹は慌てて背筋を伸ばした。


「し、失礼しました! 反転動石の指輪を、緋毬様が持ち出されたと聞きまして!」


反転動石。


確か、今まさに見せてもらっていたこれのことだ。


「それなら、今、律にお礼として差し出そうとしていたところよ」


「な、何ですと――! なりませぬ! こんな輩に、あんな大切なものを!」


「こんな輩って……」


ひどい言われようだ。


だが、確かに大事なものらしい。


やっぱり割引買い取りの方向で話を――。


「い、一億するのですぞ!」


ピタッ、と俺の思考が止まった。


ちなみにこの世界にも通貨はある。


形状こそ違うものの、価値の感覚は日本円とほとんど同じらしい。


一億。


いや、さすがに一億分の働きはしてないって。


一気に恐ろしくなった俺は、丁重にお断りする言葉を全力で探し始めた。


だが、その名案が出る前に、緋毬が口を開いた。


少しだけ、むっとしている。


「これは、当主としての決定です」


「しかし――」


食い下がろうとする軍曹に、緋毬は静かに微笑んだ。


「律は、私の愚行を止めてくれました。そして、あなたたちを助けてくれた。あなたたちの命に比べれば、これでも足りないくらいです」


「ひ、緋毬様……」


あ、これ無理なやつだ。


緋毬は立ち上がると、すっと俺に頭を下げた。


そして、本当に幸せそうな顔をする。


「あらためて。本当に、止めてくれてありがとう」


ずるいな、と思った。


素直な感謝ほど、高くつくものはないというのに。


そんな風に言われたら、断れるわけがない。


「……そういうことなら」


ありがたく、もらっておこう。


俺は指輪に手を伸ばし、緋毬の手からそれを受け取ろうとした。


その時。


俺の指先が、緋毬の手に触れた。


「ひゃんっ――!」


緋毬が飛び上がった。


いや、本当に飛び上がった。


顔を真っ赤にしたまま、反射的に指輪を放り投げる。


「一億ぅぅぅぅぅ――ッ!」


軍曹が叫びながら床を蹴った。


だるま頭の軍服男が、執務室のど真ん中で、ありえないほど綺麗なジャンピングキャッチを決める。


……今の動きだけで、こいつの忠誠心と給料分の働きは十分わかった。


一方の緋毬は、両手で自分の手を押さえたまま、耳まで赤くなっている。


さっきまでの当主の威厳は、きれいさっぱり消えていた。


「そういえば、指輪だったから求婚かと思ったぜ」


軽い冗談のつもりだった。


本当に、ただの冗談のつもりだった。


「きゅ、求婚……っ」


緋毬の目がぐるぐる回り始める。


「り、律がいいなら……ずっとここにいてくれても、私は……その……」


何やら一人でぶつぶつ言いながら、緋毬はさらに赤くなっていく。


あれ。


これ、もしかして冗談の方向を間違えたか?


ふと視線を下げると、指輪を抱えた軍曹が、鬼のような顔でこちらを睨んでいた。


だるまの顔なのに、怒りだけはやたら伝わってくる。


「……いつか、必ず追い出してやる」


なんだかよくわからないが。


軍曹からの好感度が、致命的に下がったことだけはよくわかった。


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ここまで読んでくれてありがとうございます!


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