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ベレンドールが差し出した地図を、レオンハントは無造作に受け取り、近くの文机に広げた。
指先に触れた羊皮紙は、想像以上に新しく、それでいて使い込まれた革のようにしなやかな厚みがあった。
「なんだ、これは……」
吐き出した言葉が、自分の喉に引っかかるのを感じた。
そこには、彼が幼少から学んできた「アルセイオン王国」の姿とは別な物があった。
教室で広げられた地図の中で、この国は世界の中心にあり、大陸の大部分を支配しているかのように大きく描かれていたはずだ。
だが、今目の前にある地図では、アルセイオンは広大な蒼い余白——外海——の隅に追いやられた、ちっぽけな石ころのように見えた。
「陛下が、密かに腕利きの航海士と測量士を雇い、十年の歳月をかけて作らせた最新の写しにございます。……嘘偽りのない、この世界の『真実の大きさ』です」
ベレンドールの声は、夜の湖面のように静かだった。彼はレオンハントの隣に立ち、血の飛沫で汚れた地図の端を、細く節くれだった指でそっとなぞった。
「殿下、この国はご覧の小ささです。南の大陸の大きさは、どれほどかまだ分からないそうです」
レオンハントは、自分の爪先が少しだけ震えるのを感じた。
自分たちが守り抜こうとしてきたものは、この巨大な地図の上では、波一つで消えてしまいそうな危うい繭に過ぎなかったのか。
「エリオスは、このことを知っているのか」
「いいえ。後ほどお伝えしようとは思いますが、先王はこの地図を殿下にと話されましたので」
ベレンドールが、初めてレオンハントの目を正面から射抜いた。
そこには老侍従の厳格さと、それ以上に、一人の若者の未来を慈しむような鋭い「光」があった。
「先王の意図は伺う前にお亡くなりになりました。それでも、伝わるものはあるかと存じます」
レオンハントは、地図に描かれた未知の群島や、見たこともない大陸の影を見つめた。
自分の中にあった「選ばれなかった」という湿った澱みが、地図の余白に吸い込まれていくような感覚があった。
次の道、この国のために自分ができること。
これからの時代の波に王国が飲み込まれないようにすべきこと。
「ベレンドール、父上は最後まで追いつく隙を与えてくれなかった。本当に、すげーな」
レオンハントは、わざとくだけた口調で言った。だが、その瞳には先ほどまでの虚無感はなく、野心とも冒険心ともつかぬ熱が宿り始めていた。
「私はただ、陛下の遺志を届けたまで。……決めるのは、殿下ご自身です」
ベレンドールの言葉はいつも通りだったが、表情が背中を押しているように見えた。
レオンハントは、顔に少年のような生気をみなぎらせ、地図を勢いよく巻き上げた。
そうだ。俺は、エリオスのような精密さもない。女神の祝福もない。
だが、この未知の海へ飛び込み、嵐と喧嘩をして、新しい「盾」の素材を持ち帰ることなら、俺にしかできない。
「よし。決めたぞ」
レオンハントは、ベレンドールの肩を、かつてない力強さで叩いた。
「ベレンドール。心配をかけてすまなかった。ありがとう」
先ほどまで彼を押し潰そうとしていた王宮の天井が、今はひどく低く、退屈なものに見えた。
レオンハントの唇に、ようやく彼らしい、不敵で、太陽のような明るい笑みが戻っていた。
外海への船出。
レオンハントが見据える先には、もう、灰色にくすんだ絶望の海など存在しなかった。




