4-15
統治院会議から一夜明け、朝の陽光が王都を無機質に照らし出す中、兄弟は運命の審判を仰ぐべく玉座の間へと足を踏み入れた。
壇上に立つエドマンドの表情は、一晩かけて「統治院長」という職能に徹したかのように、昨日よりも一層深く、動かぬ石像のごとき硬さを帯びていた。
「……決議をお伝えします」
エドマンドの声は、儀礼的な響きの中に、抗いがたい歴史の重みを孕んでいた。レオンハントは無意識のうちに背筋を伸ばし、隣に立つ弟の気配を感じ取る。エリオスの指先が、微かに、呼吸を止めた小鳥のように震えているのがわかった。
「国家統治院は、次期国王にエリオス殿下を選定した。……つつがなく、玉座を継承されたい」
その瞬間、世界から音が消えた。
レオンハントは、自分の心臓がどこにあるのか見失ったような、妙に頼りない浮遊感に包まれた。
一週間の猶予の間、この結論に至る可能性は、幾度となく脳裏をよぎっていたはずだった。自分よりもエリオスの方が、法を、数字を、そして女神の祝福という名の秩序を操るには相応しい。理屈では、胃が痛くなるほど理解していた。
「……謹んで、統治院の決定を受け入れます」
隣で響いた弟の声は、掠れていた。けれど、そこには迷いよりも、逃れられぬ運命を飲み込もうとする、峻烈なまでの諦念が宿っている。
レオンハントは横目で弟を見た。内示があったのではないか、という疑念が頭をかすめたが、エリオスの蒼白な横顔と、絞り出すような発声を見れば、それが的外れであることは明白だった。弟もまた、この瞬間まで、一縷の希望を抱いて「選ばれぬこと」を願っていたのだ。
おめでとう、と声をかけるべきなのか。
それとも、王冠という名の牢獄へようこそ、と皮肉るべきなのか。
エリオスなら、立派な王になるだろう。この国を、ひび割れた水瓶を修復するように、丁寧に立て直していくに違いない。
だというのに、どうして自分の心は、こうも乱暴にかき乱されているのか。
弟を不憫に思う気持ちと、どこか深い場所で扉を閉められたような疎外感。そして、そうした困惑を感じる自分への嫌悪。
「レオンハント殿下……」
背後から、ベレンドールの湿り気を帯びた声が届く。老侍従は、主君の崩れゆく輪郭を繋ぎ止めようとするかのように、手を伸ばしかけた。
レオンハントはそれを、言葉ではなく、鋭い拒絶を込めた手つきで制した。
今は、誰の言葉も優しさも、この惨めな気持ちを拭い去ってはくれない。
「……ベレンドール、一人にしてくれ」
自分の声が、自分のものではないように冷たく響いた。
レオンハントは、祝辞も、慰めも、次代への誓いもすべて背中に置き去りにしたまま、逃げるように回廊を歩き出した。
窓から差し込む夕光は、あまりに美しく、あまりに無機質で。
王城の堅牢な壁が、初めて自分を押し潰そうとする巨大な意志を持っているように感じられた。
王の寝室には、死の匂いよりもさらに重苦しい、停滞した時間が澱んでいた。
厚い天蓋の陰で、不落の盾と謳われた父王が、浅い呼吸を繰り返している。その瞳が、不意に湿った薄氷を割るような鋭さで開かれた。
「……ベレンドール、か」
石が擦れ合うような声だった。影のように控えていた老侍従が、音もなく枕元に膝を突く。
「ここに、お側にございます。陛下」
「統治院の……決定は、どうなった」
「……エリオス殿下に、定まりました」
その報告を聞いた父王の口角が、微かに、皮肉とも満足ともつかぬ形に歪んだ。彼は震える手でベレンドールの衣の袖を掴み、枕元の小さな木机を指し示す。
「……引き出しを、開けよ」
ベレンドールが促されるままに、長年主の秘密を収めてきた引き出しを開くと、そこには古びた一巻の地図が収められていた。王の指示に従い、それを差し出す。
父王は、もはや自力で上体を起こすことさえ困難なはずの体で、よろよろと、執念だけでその地図を広げた。
地図には、アルセイオンの国境を越えた先、誰もが死を恐れて足を踏み入れぬ「外海」の向こう側に、赤い墨で円が描かれていた。それは、歴代の王が誰一人として口にせず、守り抜いてきた禁忌の断片のようにも見えた。
「これを……レオンに……」
王の指が、震えながら地図の上を這う。
それが遺言なのか、それとも呪いなのかを告げる前に、王の胸が大きく波打った。
次の瞬間、激しい咳とともに、どす黒い鮮血が広げられた地図を赤く染め上げる。
「陛下!」
ベレンドールの悲鳴に近い叫びが響く中、父王の体は糸が切れた人形のように崩れ落ち、その手から地図が滑り落ちた。
王の瞳から光が消え、静寂が部屋を支配する。
ただ、主を失った指先が、血に濡れた未知の海の上で、動かぬまま止まっていた。




