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一週間の猶予は、王都を覆う沈黙をより濃密なものに変えた。
再び開かれた統治院会議の円卓には、もはや迷いの色はなかった。
あるのは、己が信じる国家の形を、言葉という名の真剣で突き合わせる覚悟だけである。
統治院長エドマンドが、昨夜手入れをした印章指輪をはめた拳で、机を軽く叩いた。
乾いた音が、張り詰めた空気を震わせる。
「……さて。国家の羅針盤をどちらの殿下に委ねるべきか。
各々、一週間の熟考を経た上での、最終的な見解を伺いたい」
最初に口を開いたのは、外交官ロドリックであった。
その声には、いつも漂わせている軽妙なユーモアは影を潜め、一人の文官としての峻烈な意志が宿っていた。
「私は、今もレオンハント殿下こそが、この国の盾を再興するに相応しいと考えております。
内乱の傷跡は深く、民は『共に歩んでくれる指導者』を求めている。
殿下が現場で流す汗、あの屈託のない言葉こそが、絶望に沈んだ民の心を繋ぎ止める何よりの薬となるはずです。
ハワード卿は数字を語るが、人は数字だけでは立ち上がれんのだよ」
ロドリックの言葉には、レオンハントという人間への深い敬意が溢れていた。
対する内政官ハワードは、眼鏡の奥の瞳を冷徹なまでに静かに保ち、頷いた。
「ロドリック卿の仰ることは、情理において正論です。……ですが、国を動かすのは情だけではない。
エリオス殿下の知略は、混乱した物流を最短路で再建し、無駄な歳出を極限まで削ぎ落とすでしょう。
聖教徒たちの寄進と協力も、あの方の目の『祝福』があってこそのものです。
感情で腹は膨らまない。……私は、この国の胃袋を預かる者として、エリオス殿下を推す」
二人の議論は、互いの職責と王国の未来を想うがゆえの、極めて真摯な対立であった。
そこへ、沈黙を貫いていた監察官ブラックウッドが、静かに割って入った。
「法と秩序の観点から言わせていただく。……レオンハント殿下の人望は、時に法を越えた『聖域』を作りかねない。
一方で、エリオス殿下の聖性は、民を自発的な規律へと導く強力な楔となる。
法を無理やり押し付けるのではなく、民が『法を守ること』を自らの誇りとするような統治。
今のアルセイオンに必要なのは、力による支配ではなく、論理と信仰による自浄作用だと考える」
三人の長たちが意見を出し切り、視線は最後に残った軍政官、カイル将軍へと集中した。
将軍は、歴戦の重みを感じさせる沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「私は武人であり、二人の殿下を息子のように、あるいは戦友のように想ってきた。
レオンハント殿下が前線に立てば、兵たちは結束をもった軍団となるだろう。
だが、軍政官としての私の判断は、別にある」
カイルは、円卓に広げられた地図に視線を落とした。
「レオンハント殿下は、自由な場所でこそ、その真価を発揮される御方だ。
王座という名の檻に閉じ込め、煩雑な政務でその翼を奪うことは、王国にとって最大の損失ではないか。
逆にエリオス殿下は、全軍をチェス盤の駒のように俯瞰し、最小限の犠牲で最大限の平和をもたらす知性を持っておられる。
戦わずして国を護る。……そのために聖教の協力や民の心を取り込む術を知っておられるのは、エリオス殿下の方だ」
カイルの言葉は、単なる支持表明ではなく、二人の王子の「資質」を最も活かすための、冷徹なまでの最適解であった。
レオンハントを推していたロドリックも、その「レオンハントを自由な英雄として活かすべきだ」という逆説的な論理には、沈黙せざるを得なかった。
エドマンドは、全員の顔を一人ずつ、確かめるように見つめた。
そこには、私欲や権力争いによる醜い表情は一つもなかった。
誰もが、アルセイオンという船を沈ませないために、最善だと思える答えを差し出していた。
エドマンドは、右手の指輪を見つめた。
個人的には、あの港で見せたレオンハントの成長に、この国の未来を託したかった。
だが、統治院長としての冷徹な理性が、カイルやハワードの進言を「正解」だと告げている。
王とは、ただの人間ではない。
国という巨大な機構を回すための、最後の歯車なのだ。
「……意見は出揃ったようだな」
エドマンドの声が、静かに会議室に響いた。
彼は用意されていた誓文の羊皮紙を引き寄せ、ペンを執った。
インクが紙に吸い込まれるかすかな音さえ、今の静寂の中では雷鳴のように聞こえた。
「我々国家統治院は、ここに決議を下す。
父王陛下の名において、次代の王、アルセイオンの新たな盾として……」
エドマンドは、その名を力強く書き記した。
そして、傍らにあった赤い封蝋を溶かし、右手の印章指輪を迷いなく押し当てた。
先代から受け継いだ指輪の冷たさが、改めて彼の指に食い込む。
「……エリオス殿下を、次期国王として選定する」
言葉が放たれた瞬間、室内の空気が一変した。
決定は、下された。
それは、祝福であると同時に、若き王子に対する過酷な宣告でもあった。
「この議決を、直ちに陛下へ報告し、手続きに入る。諸君、これよりアルセイオンは、さまざまな変化もあろう。これまで以上に、責務を全うせよ」
エドマンドは立ち上がり、空席の王座に向かって深く一礼した。
他の官僚たちも、それに続く。
会議は、終わった。
石造りの会議室には、微かな封蝋の香りと、去りゆく旧時代の残照だけが漂っていた。




