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4-13

 運命の審判を翌日に控えた夕刻、統治院長エドマンドは一人、王宮の奥まった場所にある小礼拝堂にいた。

 ステンドグラスから差し込む斜陽が、冷たい石床に血のような赤を落としている。

 老政治家は、音もなく組まれた自らの指先を見つめ、長く、深い黙祷を捧げた。

 祈っているのは神の慈悲ではない。

 明日、己が下すことになる「決断」が、この国を断崖へと導かぬこと。それだけだった。


 自宅に戻ったエドマンドは、書斎の机に向かい、古びた印章指輪を外した。

 長年の使用により、刻印の細部には、赤い封蝋の破片がわずかに詰まっている。

 彼はそれを針の先で丁寧にかき出し始めた。

 細かな蝋の粒が、机の上に音もなくこぼれ落ちる。

 この指輪こそが、アルセイオン王国の意志を形にする重責の象徴であった。


「……明日、か」

 独り言が、書斎の静寂に吸い込まれていく。

 各官僚の思惑は、既に透けて見えていた。

 外交官ロドリックは、今後の国外交渉を見据えレオンハント殿下を。

 内政官ハワードは、その合理性ゆえにエリオス殿下を。

 そして監察官ブラックウッドは、厳格な法治と女神の権威を重んじる性質から、おそらくはエリオス殿下を推すに違いない。


 エドマンド自身は、第一王子レオンハントを推そうと考えていた。

 それは単なる長子相続の原則からではない。

 これまで、港湾地区を視察した際に見かけた光景が、エドマンドの心に深く刻まれていたのだ。


 レオンハントは、事故で崩れた石材を前に、設計士と激しく議論を交わしていた。

 しかし、現場の職人が不注意を詫びようと膝を突くと、彼はその汚れた手を力強く掴んで引き起こした。


「謝る暇があるなら、どうすれば二度と崩れないか知恵を貸せ。俺もお前も、この港の一部なんだろう?」


 そう笑って、自らも石材に肩を入れ、汗を流していた王子の姿。

 かつての奔放な少年は、いつの間にか、他者の痛みを自らの力へと変える術を身につけていた。

 あの背中こそが、今の不安な民衆を支える広場になる。エドマンドはそう確信した。


「読めないのは、カイル将軍だ」


 軍を預かるあの無骨な男が、果たしてどちらを指し示すか。

 彼が選ぶ方が、事実上の王冠の行き先を決めることになるだろう。


 清掃を終えた指輪を、エドマンドは再び右手の薬指へと戻した。

 長年馴染んだはずの金属の冷たさが、今夜はひどく重く、硬く感じられる。


 先代から受け継いだこの指輪の重さが、指に食い込むように感じる。


 明日、この指輪が新たな王への誓文を封じる時、アルセイオンは未曾有の転換期を迎える。

 エドマンドは、暗くなった窓の外に広がる王都の灯を見つめ、最後の一粒の封蝋を指先で弾いた。



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