4-12
運命の審判を下す会議まで、あと三日。
王宮全体が張り詰めた氷のような緊張感に包まれる中、レオンハントは場違いなほどに軽い足取りで、エリオスの執務室を訪れた。
山積みの羊皮紙と格闘していた弟の肩を叩き、強引に連れ出したのは、夕闇が王宮の庭園を琥珀色に染め始めた頃のことである。
「こんな時期に不謹慎だとは思うがね。……お前の顔があまりに白すぎて、背景の壁と同化しそうだったんでな」
レオンハントが快活に笑うと、エリオスは困ったような、しかしどこか安堵したような溜息をついた。
二人は、手入れの行き届いた生垣の合間を、ゆっくりと歩き出した。
「兄上。統治院は、私たちのどちらを『象徴』として選ぶべきか、必死に計算を繰り返しているようですよ」
エリオスの言葉は、自嘲気味ではあったが、その分析は鋭利なナイフのように正確だった。
レオンハントは、隣を歩く弟の横顔を盗み見た。
自分には到底及ばない、精緻な時計細工のような知性。
この弟がいれば、たとえ自分が王座という名の迷宮に迷い込んでも、必ず出口を示してくれるだろう。
その確信が、レオンハントの胸に不思議な余裕をもたらしていた。
「お前のその、何でも理屈で片付けるところは相変わらずだが……。
正直に言えば、俺はそれを頼もしく思っているんだ。
俺が直感で突っ走り、崖から落ちそうになった時、お前なら事前に橋を架けておいてくれるんだろう?」
その屈託のない物言いに、エリオスの唇が自然と綻んだ。
論理と数式だけの冷たい世界で、兄の持つ前向きな明るさは、唯一の体温のようなものだった。
自分が王になれば、兄の可能性を奪うことになるのではないか。
兄が王になれば、その肩に耐え難い重荷を負わせるのではないか。
一週間、独りで考え続けた澱のような不安が、兄の笑声ひとつで霧散していくのを感じた。
「……私は、橋を架けるだけではありませんよ。
兄上が崖から飛び降りる前に、重力加速度を計算して、着地点に分厚い毛布を用意しておくつもりです」
「ははっ、それは助かる! だが、毛布の枚数をケチるなよ?」
軽口を叩き合いながら、二人は噴水の前で足を止めた。
水面に映る月が、揺れている。
レオンハントは、ふと真面目な顔になり、エリオスの細い肩に大きな手を置いた。
その温もりは、王冠の冷たさとは無縁の、ただの「兄」としての情愛だった。
「心配するな。どちらが王座についても、俺たちの絆は変わらない」
その言葉は、どんな法的誓約よりも重く、どんな女神の祝福よりも暖かくエリオスの胸に響いた。
たとえこの先、どのような政治的策略や運命の悪戯が二人を切り裂こうとしても。
この夕暮れの庭園で交わした温度だけは、決して消えることはない。
エリオスは、兄の手の上に自らの手を重ね、静かに頷いた。
「ええ。……私も、そう信じています、兄上」
王都を包む夜の帳は、今夜だけは、優しく二人を包み込んでいるようだった。




