表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
48/56

4-12

 運命の審判を下す会議まで、あと三日。

 王宮全体が張り詰めた氷のような緊張感に包まれる中、レオンハントは場違いなほどに軽い足取りで、エリオスの執務室を訪れた。

 山積みの羊皮紙と格闘していた弟の肩を叩き、強引に連れ出したのは、夕闇が王宮の庭園を琥珀色に染め始めた頃のことである。


「こんな時期に不謹慎だとは思うがね。……お前の顔があまりに白すぎて、背景の壁と同化しそうだったんでな」


 レオンハントが快活に笑うと、エリオスは困ったような、しかしどこか安堵したような溜息をついた。

 二人は、手入れの行き届いた生垣の合間を、ゆっくりと歩き出した。


「兄上。統治院は、私たちのどちらを『象徴』として選ぶべきか、必死に計算を繰り返しているようですよ」


 エリオスの言葉は、自嘲気味ではあったが、その分析は鋭利なナイフのように正確だった。

 

 レオンハントは、隣を歩く弟の横顔を盗み見た。

 自分には到底及ばない、精緻な時計細工のような知性。

 この弟がいれば、たとえ自分が王座という名の迷宮に迷い込んでも、必ず出口を示してくれるだろう。

 その確信が、レオンハントの胸に不思議な余裕をもたらしていた。


「お前のその、何でも理屈で片付けるところは相変わらずだが……。

 正直に言えば、俺はそれを頼もしく思っているんだ。

 俺が直感で突っ走り、崖から落ちそうになった時、お前なら事前に橋を架けておいてくれるんだろう?」


 その屈託のない物言いに、エリオスの唇が自然と綻んだ。

 論理と数式だけの冷たい世界で、兄の持つ前向きな明るさは、唯一の体温のようなものだった。

 

 自分が王になれば、兄の可能性を奪うことになるのではないか。

 兄が王になれば、その肩に耐え難い重荷を負わせるのではないか。

 一週間、独りで考え続けた澱のような不安が、兄の笑声ひとつで霧散していくのを感じた。


「……私は、橋を架けるだけではありませんよ。

 兄上が崖から飛び降りる前に、重力加速度を計算して、着地点に分厚い毛布を用意しておくつもりです」

「ははっ、それは助かる! だが、毛布の枚数をケチるなよ?」


 軽口を叩き合いながら、二人は噴水の前で足を止めた。

 水面に映る月が、揺れている。

 

 レオンハントは、ふと真面目な顔になり、エリオスの細い肩に大きな手を置いた。

 その温もりは、王冠の冷たさとは無縁の、ただの「兄」としての情愛だった。


「心配するな。どちらが王座についても、俺たちの絆は変わらない」


 その言葉は、どんな法的誓約よりも重く、どんな女神の祝福よりも暖かくエリオスの胸に響いた。

 

 たとえこの先、どのような政治的策略や運命の悪戯が二人を切り裂こうとしても。

 この夕暮れの庭園で交わした温度だけは、決して消えることはない。

 エリオスは、兄の手の上に自らの手を重ね、静かに頷いた。

 

 「ええ。……私も、そう信じています、兄上」


 王都を包む夜の帳は、今夜だけは、優しく二人を包み込んでいるようだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ