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王宮の最深部、円卓の会議室。
窓という窓は厚いカーテンで閉ざされ、燭台の火だけが、王国を動かす賢者たちの顔を不気味に照らし出していた。
国家統治院会議。
そこには、かつて父王の「一喝」によって瞬時に決議を下してきた、迅速な決定機関の面影はなかった。
円卓の最上席、今は空位となった王座の隣で、統治院長エドマンドが重々しく口を開いた。
彼は白髪の混じった顎鬚を撫で、集まった各省の長たちを見渡した。
「……まずは、周知の事実から確認せねばなるまい。
侍医の報告によれば、陛下の容体は、未だ予断を許さぬ状況にある。
もはや、奇跡を待つ時間は過ぎた。我々は、最悪の事態――すなわち、空位期間の長期化による国家の漂流を、何としても防がねばならん」
エドマンドの声は枯れていたが、その言葉には、長年この国を裏から支えてきた老政治家特有の、冷徹なまでの義務感が宿っていた。
「よろしいかな、エドマンド殿」
内政官ハワードが、銀縁の眼鏡を指で押し上げながら発言の許可を求めた。
「陛下の御容体が公になれば、地方の貴族のみならず、民衆の不安も一気に限界点へ達します。
早急に次代を定め、法的な正統性を確立する必要があります。
私は、エリオス殿下を推す。……あの方の知略と、何より女神の祝福という『象徴』は、揺らぐ民心を繋ぎ止める唯一の錨となるでしょう」
「待たれよ、ハワード。数字と法典だけで国が治まるほど、世の中は単純ではない」
外交官ロドリックが、皮肉めいた、しかし真摯な微笑を浮かべて割って入った。
「外交の現場において必要なのは、相手を畏怖させる知性だけではない。
相手の懐に入り込み、信頼を勝ち取る人間味だ。
レオンハント殿下が港湾で見せた、あの圧倒的な人望とコミュニケーション能力。
あれこそが、周辺諸国との摩擦を未然に防ぐ、生きた『盾』となるはずだ」
円卓の空気は、瞬時に熱を帯びた。
知を重んじる文官たちと、民草の心を重視する実務派。
互いに、相手の意見がこの国を想うがゆえの真摯なものであると理解しているからこそ、議論は平行線を辿り、熱を増していく。
「……そもそも、なぜ二人のうち一人を選ばねばならんのだ」
それまで沈黙を守っていた監察官ブラックウッドが、低い、錆びたような声を出した。
彼は不正を許さぬ厳格な男として知られ、その言葉には独特の重みがあった。
「レオンハント殿下が軍を率い、エリオス殿下が国政を司る。
いわゆる『摂政制』、あるいは共同統治という形を取ることはできんのか。
お二人の長所を合わせれば、父王陛下をも超える治世が可能ではないか」
その提案に、数人の官僚が頷きかけた。
だが、統治院長エドマンドは、即座に、そして断固として首を振った。
「却下だ、ブラックウッド。……摂政制は、一見すれば美徳の分配に見えるが、実際には責任の拡散に過ぎん。
一艘の船に、船長が二人いれば、その船は必ず沈む。
嵐の海において、進むべき方角を二人が指し示せば、漕ぎ手は迷い、船体は引き裂かれるのだ。
我々が必要としているのは、最後にすべての責任を負い、決断を下す『一人』なのだ」
エドマンドの厳しい言葉に、ブラックウッドは唇を噛み、静かに引き下がった。
彼もまた、組織の長としてその理屈は理解していた。
リスペクトがあるからこそ、その「理」に従う。それが統治院の作法だった。
「カイル将軍。軍を預かる貴卿の意見を聞きたい」
エドマンドが、鎧の擦れる音を微かにさせて座っていた、軍政官カイルへと矛先を向けた。
カイル将軍は、歴戦の傷跡が残る顔を上げ、円卓の中央を真っ直ぐに見つめた。
「私は、武人だ。政治の細微な駆け引きは分からぬ。
だが、これまで、二人の殿下とも戦場や鍛錬でご一緒する機会もあった。
その上で申し上げれば……どちらが王になられても、私は命を懸けられる。それだけだ」
将軍の言葉は短いものの、そこには最大限の信頼が込められていた。
「レオンハント殿下は、兵の一人一人に明日を信じさせる熱がある。
エリオス殿下は、我ら武人が無駄死にせぬよう、勝利への道筋を冷徹に示す光がある。
どちらも立派な、アルセイオンの主となる器だ」
将軍の素朴で、しかし真摯な言葉は、かえって会議室に重苦しい沈黙を強いた。
誰もが「正解」を探していたが、そこにあるのは「二つの正解」だけだった。
ロウソクの火が一つ、パチリと音を立てて爆ぜた。
エドマンドは、深く、長く、溜息をついた。
「……議論は尽くした。だが、今この瞬間に結論を急げば、我々は大きな見落としをするかもしれん。
各省、もう一度、お二人が王位に就かれた際の具体的な国家運営案を精査せよ。
ハワード、君はエリオス殿下による法整備の影響を。
ロドリック、君はレオンハント殿下による外交政策の妥当性を、改めてまとめ直せ」
エドマンドはゆっくりと立ち上がり、重厚な椅子を引いた。
「一週間後。……一週間後の今日、この場所で最終決定会議を行う。
それまでに、我々各々が、アルセイオンの未来に対して責任ある答えを用意すること。
……本日の会議は、これにて散会とする」
官僚たちは、互いに目礼を交わしながら、静かに席を立ち始めた。
そこには対立の棘はなく、ただ、一つの巨大な決断を前にした者同士の、共助に近い連帯感があった。
一人残ったエドマンドは、銀の燭台で揺れる、消えかけの蝋燭を見つめた。
愛するアルセイオンのためにも、一週間後には結論を出さなくては。
短くなる芯を見つめる彼の瞳に、昏い炎が揺れていた。




