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東の港での激闘から、三ヶ月の月日が流れた。
かつての戦火の跡は片付けられたが、王都アルセイオンを覆う空気は、以前よりも重く、冷たい。
「不落の盾」と謳われた父王が、一度も民の前に姿を見せていないからだ。
「陛下は重体らしい」「いや、既に崩じているのを隠しているのだ」
そんな不穏な噂が、石畳の路地から路地へと、風に乗って伝播していく。
市場の活気は影を潜め、民たちの表情には拭いきれぬ不安が張り付いていた。
王宮の一角、港湾整備の資料が積み上げられた自室で、レオンハントは窓の外を見つめていた。
日焼けした肌は少しだけ白くなり、その肩には以前よりも重い責任がのしかかっている。
「レオンハント様、少しは休まれてはいかがですか。顔色が優れません」
背後から声をかけたのは、側近のベニートだった。
彼は淹れたての茶を机に置き、心配そうに主の背中を見つめる。
「休んでいる暇はない。皆の不安が増さないように、港の物流を見なければ」
レオンハントは振り返らず、低い声で答えた。
「民は、強い光を求めています。今の陛下に代わる、確かな光を」
「分かっている。毅然としなくてはな」
レオンハントは自嘲気味に笑い、ベニートの方を向いた。
「ベニート。ベレンドールを呼んできてくれ。統治院の様子を聞きたい」
「承知いたしました。すぐにお呼びします」
ベニートが静かに一礼して退出し、入れ替わるようにして侍従長ベレンドールが姿を現した。
ベレンドールは、かつての父王の影そのもののように、音もなく部屋に入ってきた。
その老いを感じさせない鋭い眼光は健在だが、纏う空気には疲労の色が滲んでいる。
「お呼びでしょうか、レオンハント殿下」
「ああ。その……統治院の者たちは、もう動いているのか」
レオンハントは立ったまま、ベレンドールを真っ直ぐに見据えた。
「はい。統治院は次の王を決めるために、何度か話し合いを始めております。
冷たく思えるかもしれませんが、彼らの役割は、王国の心臓を止めないことですから」
ベレンドールの言葉には、冷ややかな事実だけが込められていた。
「そうだな。しかし落ち着かないものだ。
ところで王妃様……母上はどうされている」
「王妃様は、陛下の寝所のそばを離れようとなさいません」
「そうか」
レオンハントはふう、と深く溜息をつき、再び窓の外へ視線を戻した。
「エリオス殿下は、学士たちと共に法整備の最終確認に没頭しておいでです。
あの御方もまた、ご自身の成すべきことを黙々と進めておられますな」
「あいつはあいつで、今後のことを、俺以上に考えてくれているんだろう」
レオンハントの言葉に、ベレンドールは静かに目を伏せた。
「ありがとう、ベレンドール。少し一人にしてくれ」
ベレンドールが退室した後、部屋には再び静寂が戻った。
レオンハントは、開け放たれた窓から眼下に広がる街並みを見下ろした。
遠くに見える港のクレーン、石畳を歩く民の姿、そして王都を囲む堅牢な城壁。
そのすべてが、自分の双肩にかかろうとしている。
(悲しんでいる時ではない。……俺は第一王子だ)
胸の奥で、熱い塊がせり上がってくるのを感じた。
もし、自分が王に選ばれたなら。
父のような、恐怖と法による中央集権も一つの正解だろう。
だが、俺は……俺が愛するこの国の民を、もっと信じたい。
(民がより生き生きと働ける国にしていきたい。……汗を流した者が、相応の報いを受け、
明日を憂うことなく、笑顔で家族と食卓を囲めるような。……そんな国だ)
そのためには、今の硬直した物流を解き放ち、地方と王都の風通しを良くせねばならない。
利権にしがみつく貴族たちの首を、時には力ずくで跳ねのける覚悟も必要だ。
俺にはエリオスのような奇跡は起こせないが、この足で泥を踏み、道を示すことはできる。
(エリオス……お前は、どう考えている。……俺が王座に座ったとき、お前は未来をどう描いている)
ふと、昨夜見たエリオスの横顔を思い出した。
弟もまた、自分が王になった後の「整理」を進めているようだった。
だが、その瞳の奥には、女神の祝福を受ける者特有の、人智を超えた光が宿っている。
(あいつが王になる可能性もあるが。……いや、統治院が何を求めるかだ)
空に広がる雲が、ゆっくりと形を変えていく。
自分が王座に座るのか、それとも違う形になるのか。
レオンハントは夕闇に包まれ始めた街を、ただ一心に見つめ続けた。




