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4-5

 東の空が、夜の帳をわずかに白ませ始めた頃。

 アルセイオン王軍の本陣前には、静寂を湛えた鉄の群れが並んでいた。

 中央に立つ父王は、白銀の甲冑に身を包み、愛馬の上で微動だにせず前線を見据えている。


 その顔色は、昇り始めた陽光の下で、驚くほど蒼白だった。

 頬は削げ、唇は血の気を失い、紫がかった色が浮き出ている。

 だが、その瞳だけは、周囲を圧するような鋭利な光を失っていなかった。


「アルセイオンの兵らよ、聞け」


 父王が口を開いた瞬間、野を渡る風さえも止まったかのような錯覚が走った。

 その声は、かつて大陸を震わせた咆哮そのものだった。


「我らはこれまで、不落の盾としてこの国を護り抜いてきた。

 だが今、身内の中からその盾を内側から削ろうとする愚か者が現れた。

 法を軽んじ、民を盾にし、異国に魂を売った者たちに、王の裁きを下す時である」


 王は腰の長剣を一気に引き抜き、夜明けの空へと掲げた。

 剣身が朝露を弾き、鋭い閃光を放つ。

 

「盾とは、ただ耐えるためのものではない。敵を打ち砕き、踏み潰すための凶器でもある。

 私の背を見失うな。王の歩む道こそが、この国の正道である!」


 地を揺るがすような怒号が、数千の兵たちの喉から同時に溢れ出した。

 王の威厳が、死の淵にあるはずの肉体を強引に突き動かしている。

 その凄絶な気迫に、兵たちは熱狂し、恐怖すら忘れて戦鬼へと変貌していった。


「全軍、突撃ッ!」

 王の号令とともに、大地が鳴動を始めた。



 本陣の後方、予備兵力とともに戦況を見守るレオンハントとエリオスは、並んで馬を走らせていた。

 二人の視線は、先陣を切って砂塵の中へと消えていく、父の小さな背中に釘付けになっていた。


「……信じられん。あの体で、どうしてあんな声が出るんだ」

 レオンハントが、苦しげに顔を歪めながら呟いた。

 その拳は、手綱を千切れんばかりに強く握りしめている。


「命を燃やしているのです、兄上。……物理的な限界を、精神の力で強引に書き換えている。

 ですが、あのような無茶が長く持つはずがありません。

 一秒でも早く、この戦を終わらせなければ」

 エリオスの声は努めて冷静だったが、その瞳には隠しようのない焦燥が浮かんでいた。


 前方では、王軍の重装騎兵が反乱軍の第一陣へと衝突していた。

 敵の火器が火を吹き、轟音が耳を突くが、王の旗が止まることはない。

 むしろ火を浴びるたびに、王軍の士気は異常なまでの高まりを見せていた。


「エリオス、敵の右翼が崩れかけているぞ。カイル将軍に伝令だ。

 あそこから回り込めば、地下通路の入り口を完全に封じ込める」

 レオンハントが、戦場を流れる風を読み、鋭く指摘した。


「ええ、既に手配しました。兄上の整備した港湾図を元に、崩落させやすいポイントを指定してあります。

 ……今の父上は、戦術を無視して最短距離で敵の首を狙っています。

 私たちが周囲の『綻び』を埋めていかなければ、父上の背中が晒される」


 二人は、父の圧倒的な武威を誇らしく思いながらも、それが薄氷の上の奇跡であることを痛感していた。

 父が盾となり、兄が道を拓き、弟が策を練る。

 皮肉なことに、王家の崩壊を狙ったこの反乱が、三人の連携を最も強固なものにしていた。


「報告! カイル将軍の第三師団、倉庫街の東側を制圧!

 敵の主力は王の突撃を支えきれず、港の最奥部へと敗走を始めております!」


 伝令の声が、戦場を駆ける風に乗って届いた。

 レオンハントとエリオスは、顔を見合わせた。

 

「よし……! 一気に押し潰すぞ」

 レオンハントが剣を抜き、自らも前線へと飛び出す準備を整える。


 エリオスは、遠くで翻る黄金の双頭鷲の旗を見つめた。

 敵の防衛線は、父の凄まじい攻勢の前に、音を立てて瓦解しつつある。

 勝利の女神は、間違いなくアルセイオンに微笑んでいた。


「……父上、あと少しです。あと少しだけ、持ち堪えてください」


 エリオスは誰にも聞こえぬ声で祈るように呟くと、馬に拍車をかけ、兄の背を追った。

 

 戦況は圧倒的優勢。

 しかし、二人の王子は不安を抱えながら進んでいく。


 燃え上がる東の港を、冷たい朝陽が照らし出していた。



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