1-4
海外からの使節団が王都に到着する――。
その知らせを受けて、双子は王の謁見に同席することになった。
謁見の間へ向かう回廊を歩きながら、レオンハントは落ち着きなく視線を動かしていた。
高窓から差し込む光、壁に描かれた航路図、飾られた異国の工芸品。
どれも、胸をくすぐる。
「兄上、顔に出ていますよ」
隣を歩くエリオスが、淡々と言った。
「そうか?」
「ええ。港にいるときと、同じ目です」
レオンハントは一瞬だけ言葉に詰まり、それから誤魔化すように笑った。
「仕方ないだろう。
正式な使節団だ。話を聞けるだけでも貴重だ」
玉座の前には、すでに王と外交官長が控えていた。
外交官長は年配の男で、積み重ねた経験がそのまま背筋に表れている。
「王子たちは、こうした席は初めてだったな」
王は優しく告げる。
「聞くだけでよい。口を挟む必要はない」
「はい」
二人は揃って応えた。
外交官長が、双子に向かって視線を向ける。
「今回の使節団は、外洋のさらに向こうから来ている。
我が国とも、まだ交易は始まっていない」
レオンハントの胸が、高鳴った。
未知の国。
未知の航路。
知らない言葉。
それらはすべて、彼にとって魅力だった。
そのとき、側扉から一人の若者が入ってきた。
年は二十に届くかどうか。
整った身なりだが、過剰な装飾はない。
外交官長が紹介する。
「こちらが、今回の通訳を務めるイアンだ。
若いが、外洋諸国の言語に明るい」
イアンは一礼し、王に向かって落ち着いた声で挨拶した。
「お初にお目にかかります。
本日は通訳として、務めさせていただきます」
視線は自然と双子にも向けられる。
「第一王子殿下、第二王子殿下。
お目にかかれて光栄です」
レオンハントは、思わず一歩前に出そうになり、慌てて踏みとどまった。
「よろしく頼む」
王が応じる。
イアンは深く頭を下げ、所定の位置へと下がった。
やがて、外から足音とざわめきが近づいてくる。
重い扉の向こうで、衛兵の声が響いた。
「海外使節団、到着いたしました」
謁見の間の空気が、わずかに引き締まる。
レオンハントは、背筋を正しながら、胸の内で小さく息を吸った。
――どんな国なのだろう。
扉がゆっくりと開き、使節団が入場した。
異国の使節は三名。
年長の男を中心に、落ち着いた所作で一礼する。
王は威圧することなく、だが軽くも扱わず、
挨拶の後、ゆっくりと問いを重ねていった。
「貴国の統治は、どのような形で行われている?」
イアンの声が、王の言葉を即座に異国語へと変える。
その調子は一定で、余計な感情を挟まない。
だが、返ってきた言葉を訳す際には、ほんの一瞬だけ間を置いた。
「彼らの国では、王に相当する存在と、商会の長たちが共同で国を治めているそうです。
海路の管理は、商会側の権限が強い、と」
単なる直訳ではないのだろう。
王たちに伝わるよう、言葉を選び、構造を整えている。
王は満足げにうなずいた。
「文化についてはどうだ。
信仰や習慣に、我が国と大きな違いはあるか」
使節の一人が、身振りを交えて語る。
イアンは、それを遮らずに聞き切ってから口を開いた。
「女神信仰はありませんが、海そのものを畏れ敬う考え方が根付いているようです。
航海に出る前には、必ず祈りに似た儀式を行うと」
レオンハントは内容に興奮しながらも、イアンの対応に好感を抱いた。
言葉だけでなく、価値観まで橋渡ししている。
それを、自然に、無理なく。
技術についての話題では、造船方法や航海器具の説明が続いた。
イアンは、分からない部分をそのまま流さない。
一度使節に問い返し、確認し、噛み砕いてから訳す。
――通訳とは、言葉を運ぶ仕事ではない。
理解を、運ぶ仕事なのだ。
謁見は滞ることなく進み、やがて終わりを迎えた。
「本日は、よく来てくれた。
両国にとって、良い縁となることを願おう」
王の言葉に、使節団は深く頭を下げる。
扉が閉まり、足音が遠ざかると、謁見の間に残った空気が、少しだけ緩んだ。
王は立ち上がり、双子に視線を向ける。
「今日は、よく聞いていたな」
「はい」
二人は揃って答えた。
王が去ったあと、双子は並んで回廊を歩き出す。
「兄上」
先に口を開いたのは、エリオスだった。
「楽しそうでしたね」
「そりゃそうだよ」
レオンハントは、少し照れたように笑った。
「通訳のイアン、すごかったな。
言葉だけじゃなくて、考え方まで伝えていた」
「ええ。落ち着きもあって。頭の回転がとても速いんでしょうね」
エリオスは淡々と言いながらも、同じような評価だった。
「今回は口を出せない雰囲気だったけど、あの使節団の船は帆が独特なんだよな。
いろいろ聞いてみたかったな」
レオンハントは、回廊の先に見える外光を眺める。
異国の話は、胸を高鳴らせる。
だが同時に、それを繋ぐ人の存在が、どれほど大切かも知った。
「いいな」
思わず、言葉が漏れる。
「もっと世界を知りたい」




