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3-4

 王宮の北翼にある内政執務室は、陽光さえも書類の影に遮られるような場所だった。

 中央の円卓では、内政官ハワードが数枚の帳簿を前に、深い溜息を漏らしている。

 彼は実直さで知られる老吏だが、今、その眉間には拭いきれない困惑の皺が刻まれていた。


 「ハワード殿、顔色が優れませんね。少し根を詰めすぎではありませんか」

 エリオスは静かに扉を開け、穏やかな声で呼びかけた。

 彼はハワードの横に椅子を引き、焦らせることなく、その老いた手が震えるのを見守った。


「殿下。お恥ずかしい限りですが、この一ヶ月、どうしても辻褄の合わぬ数字がございます。王都へ入る北方の商隊は、昨年に比して一割以上増えている。にもかかわらず、国庫に入る通行税は、目に見えて減少しているのです」

 ハワードは掠れた声で、特定の行を指し示した。


 エリオスは差し出された帳簿を覗き込み、流れるように数字を追った。

「なるほど。本来なら供給過多で市場価格が下がるはずですが、王都の物価は逆に高騰している。……ハワード殿、いくつか確認させてください。この不整合が顕著になり始めたのは、正確にいつからですか?」


「……遡れば三ヶ月前。レオンハント殿下が視察の準備に入られた頃からですな」

 ハワードは記憶を辿りながら即答した。


「では、入市税を逃れているのは特定の品目ですか? それとも全般にわたりますか?」

「主に穀物と木材です。これらは重量があり、公式の街道を通らざるを得ない品々です」


「ふむ。……では、追加で二点、調査をお願いできますか。一つは、税収が落ち込んでいる地点を迂回して王都へ入る裏道の有無。もう一つは、その迂回路を領地とする貴族たちの、直近の私兵維持費の変動です」

 エリオスは淡々と、しかし核心を突く問いを投げかけた。


 ハワードはハッとしたように顔を上げた。

「私兵の維持費……。盲点でした。すぐに財務局の裏帳簿を当たらせましょう。明日までには、正確な数字をお出しします」

 エリオスの的確な問いに、老内政官の瞳に再び生気が宿った。


 翌日の夕刻。

 ハワードは再びエリオスのもとを訪れた。

 その手には、急ぎまとめられた新たな報告書が握られている。

「殿下、驚くべき結果が出ました。北方カスティーリャ領周辺の山道に、近年、『検問所』が三箇所増設されています。表向きは盗賊除けですが、そこを通る商人の数は、公式街道のそれを凌駕しつつあります」


「そして、その維持費はどうでしたか?」

「カスティーリャ伯爵家の私兵の給与が、昨対比で一・五倍に膨れ上がっております。しかも、王家への軍事報告には一切記載がございません」


 エリオスは報告書を閉じ、窓の外に広がる暮れなずむ王都を見つめた。

 銀灰色の瞳が、冷徹な計算を終えたかのように静かに光る。

「ハワード殿、仮説が立ちました。カスティーリャ伯は、王家の目が兄上の船出に注がれている隙を突き、自身の領地を通過する商人に『独自の通行料』を課しているのでしょう」


「公式の関税ではなく、私兵による暴力的な徴収、ということですか」

 ハワードの声が怒りで震える。


「ええ。商人は公式の関税を嫌い、伯爵が提示する『少しだけ安い裏道』へ誘導される。だがそこでは、帳簿に残らない金が伯爵の懐へと流れ続けている。……これは王法への明白な挑戦であり、物流という国の血流を阻害する血栓です」


 エリオスは静かに、しかし断固とした口調で断じた。

 正義感に燃えるハワードとは対照的に、エリオスの心は凪いでいた。

 彼はすでに、この腐敗した血栓をいかにして取り除くか、その手順を脳内で描き始めていた。



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