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同じ日の夕刻、王城の奥にある執務室に、四人の人物の姿があった。
玉座の横には、アルセイオン王。
その隣に、王妃が静かに座している。
呼ばれたのは、侍従長と、王国監察官だった。
「率直な意見を聞きたい」
王は、前置きなく切り出した。
「双子のことだ。
王子たちの資質について、そなたらはどう思う」
侍従長は一礼し、慎重に言葉を選ぶ。
「まず、第一王子レオンハント殿下について申し上げます」
王妃が、わずかに視線を上げた。
「殿下は、覚えが早い方ではございません」
その言葉は、事実として淡々と告げられた。
「学問も武芸も、一度で会得することは稀です。
しかし――」
侍従長は、そこで一度言葉を切った。
「殿下は、決して手を止めません。
理解できるまで繰り返し、実物を見、己の言葉で
説明できるようになるまで学ばれます」
「努力型、ということだな」
王が低く言う。
「はい。特に港湾、船舶、交易に関する関心は並外れております。
外国の商人や船乗りとも、年齢に似合わぬほど自然に言葉を交わされます」
王は、ふむ、と短く息を漏らした。
「では、第二王子は」
監察官が一歩前に出る。
「エリオス殿下は、対照的です」
その声には、わずかな緊張が混じっていた。
「数字の把握、判断の速さ、状況整理――
いずれも非常に優れており、一度見れば理解されます。
習熟までの時間は、常人のそれではありません」
「天才肌、というやつか」
王が、静かに呟いた。
監察官はうなずく。
「はい。加えて……」
一瞬、言葉を濁してから、続ける。
「オッドアイの件により、民の間では、女神の祝福を受けた御子である
との噂が広まっております」
王妃の指が、わずかに膝の上で動いた。
「信心深い者たちほど、その傾向は強いのでしょう」
「その通りです。
港の下町では、殿下を一目見ただけで祈りを捧げる者もおります」
室内に、短い沈黙が落ちた。
王は、深く椅子に身を預ける。
「ふむ」
その声は、どこか硬い。
「よくわかった。
そなたらも理解してると思うが、
次の国王を私が決められるわけではない」
侍従長と監察官は、同時にうなずいた。
「はい。最終決定は、決定機関である
国家統治院の五名によって下されます」
「第一王子だから王になる。
あるいは、祝福があるから選ばれる。
そんな単純な話ではない、という決まりであるからな」
「その通りでございます」
王妃は、しばし目を伏せていたが、やがて口を開いた。
「二人とも、違う形で、この国に必要な資質を持っている……
そういうように感じました」
誰も、否定しなかった。
王は、ゆっくりと息を吐く。
「選ばれるのは、どちらか一人だ」
その言葉は、確認のようでもあり、覚悟のようでもあった。
「だが、選ばれなかった者の価値が、失われるわけではない」
その意味を、この場にいる誰もが理解していた。
まだ、王子たちは幼い。
だが、この静かな評定は、確かに未来へと繋がっていた。
王城の外では、潮の満ち引きが、変わらず港を動かしている。
* * *
レオンハントは、自分が努力しなければならない人間だと、幼いころから知っていた。
剣を握っても、最初の一太刀は遅れる。
書を開いても、一読しただけでは頭に残らない。
教師の問いに即座に答えることも、ほとんどできなかった。
――三年前。
王城の広間で、諸侯と有力商人を招いた小さな評議が行われた。
名目は、若き王子たちの学びの成果を示す場だった。
提示されたのは、港湾整備に関する簡単な課題。
倉庫の増設、船舶の入港数、維持費用――どう判断して計画するか。
三問全てに正答したのは、エリオスだった。
「現状の交易量であれば、増設は一棟で十分です。
建築に一週間と見積もって、当初計画の半分のコストで運用できます」
そう言って示された計画と数字は、完璧だった。
諸侯の間に、感嘆の声が広がる。
レオンハントが正答できたのは一問だけ。
小さいながらも、場の空気に気づいた。
その日の帰り道、城の回廊を歩きながら、レオンハントは初めて、はっきりとした痛みを覚えた。
公の場で、弟のほうが優れていると示された。
それは、誰かに責められたわけでも、蔑まれたわけでもない。
だからこそ、逃げ場がなかった。
同じ環境で学ばせてもらっているのに。
――ああ、弟とこれだけの差があるのだ。
そう理解してしまった瞬間、胸の奥が冷えた。
それでも、彼は立ち止まらなかった。
才能で敵わないなら、積み重ねで補えばいい。
判断の速さで及ばないなら、準備で上回ればいい。
そうして何度も本を読み、問題を解き続けている。
納得するまで、理解するまで、少しずつ。
時間はかかっている。
だが、少しずつ、自分の身になっていくものが増えていくのも感じる。
父である王は、口数が少ない。
だが、背中で国を支える人だった。
母である王妃は、言葉にしない期待を、いつも穏やかな視線に込めていた。
その期待に、応えたい。
第一王子であるからという理由もあるが、王になるためだけではない。
この国の子として、王の息子として、恥じない人間でありたい。
だから、努力をやめるという選択肢は、最初からなかった。
弟が、選ばれるかもしれない。
自分は、選ばれないかもしれない。
それでも――。
船は、今日も海へ出ていく。
行き先は一つではない。
レオンハントは、城の窓から見える港を見下ろし、静かに息を吸った。




