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1-1

 嵐の夜だった。


 王都アルセイオンの城は、港から吹き上げる潮の匂いを孕んだ風に包まれていた。高窓を叩く雨音が絶え間なく続き、遠くで雷が海を割るように鳴っている。


 その夜、王妃は双子を産んだ。


 最初に産声を上げたのは、力強い声の男児だった。

 助産師が抱き上げ、素早く布で包み、次を促す。


 ほどなくして、もう一人の男児が生まれた。

 こちらは、泣き声がやや細く、だが確かに生きている証を示していた。


「……双子、です」


 その言葉に、産室の空気が一瞬だけ張りつめる。

 さらに次の瞬間、助産師の声がわずかに震えた。


「こちらの御子の、お目が……」


 燭台の光の下で、赤子の瞳が確かめられる。

 片方は澄んだ青、もう片方は深い琥珀色。


 オッドアイ。


 それは、この国において特別な意味を持つ徴だった。


 光を司る女神――

 その祝福を受けた者に現れることがあると、古くから語られている。


「弟君に女神の祝福が……」


 誰かが息を呑んだ。


 そのとき、産室の外で待たされていた王が呼び入れられた。

 アルセイオン王は、室内に入るなり二人の赤子を見比べ、そして声を上げて笑った。


「男が二人か!」


 雷鳴すらかき消すような、豪快な笑い声だった。


「それでいい。実にいい。

 この国は海の国だ。二本の柱があれば、嵐にも耐えられる」


 王はまず、最初に生まれた赤子を抱き上げた。

 ずっしりとした重みを確かめるように、満足げにうなずく。


 次に、オッドアイの子へと視線を移す。


 一瞬、王の表情が変わった。

 驚きと、計りかねる何かが入り混じった沈黙。


 だが、すぐに王は口角を上げた。


「……女神の気まぐれも、悪くない」


 そう言って、二人を並べて見下ろす。


 この夜、生まれた双子は後に王位を巡り、異なる道を歩むことになる。



  * * *


 ――それから、十年が過ぎた。


 王城の裏手、石段を下りた先にある小さな桟橋は、王都アルセイオンの喧騒から切り離された場所だった。

 そこに、二人の少年が並んで腰を下ろしている。


 兄の名は、レオンハント。

 弟は、エリオス。


 同じ顔立ちをしていながら、並べて見れば違いは明らかだった。

 レオンハントは、海を前にすると視線が落ち着かなくなる。潮の流れ、船腹の傷、帆の張り具合――目に入るものすべてを、確かめるように眺めていた。


「兄上、また船の数を数えているのですか」


 エリオスが、呆れたように言う。


「数えているわけじゃない。

 あの船は、ヴァルノス帰りだ。喫水が深いし、帆の汚れが違う」


 レオンハントは、そう答えながらも視線を港から外さない。

 エリオスは一瞬だけ港を見て、すぐに目を伏せた。


「そういうことは、教本に書いてありません」


「だから面白いんだ」


 即答だった。


 レオンハントは、船が岸を離れる瞬間を見届けてから、ようやく弟の方を見る。

 その目には、幼いながらも理屈で世界を理解しようとする光が宿っていた。


 エリオスは、違う。

 彼は数字を見る。距離、量、時間。

 一度示された条件を、ほとんど迷いなく整理し、結論に辿り着く。


「港の倉庫、今月は三棟分、空きが出ます。

 交易量が増えても、問題ありません」


「……もう計算したのか?」


「先ほど」


 エリオスは、事もなげに言った。


 近くで二人を見守っていた侍従が、小さく息を呑む。

 その知識も計算も、まだ学んでいないはずのものだった。


 レオンハントは、少しだけ悔しそうに眉をひそめ、すぐに笑った。


「やっぱり、すごいな。お前は」


「兄上ほどではありません」


 エリオスはそう言うが、視線は合わせない。


 レオンハントは、剣の稽古でも、学問でも、覚えは早くない。

 一度で理解できないことも多い。

 だが、彼は諦めなかった。


 同じ航路図を何度も引き、同じ言葉を何度も書き写し、分からなければ港へ行き、実物を見る。

 時間はかかるが、積み重ねた分だけ、確かな理解が残った。


「兄上は、遠くばかり見ていますね」


 ふいに、エリオスが言った。


「外国、海の向こう。王都のことより、ずっと」


 レオンハントは少し考えてから、正直に答える。


「この国は、海に囲まれている。

 外を知らなければ、守れないと思うんだ」


 エリオスは、黙ったまま、片方だけ色の違う瞳を伏せた。


 女神の祝福――

 その言葉が、彼の周囲では囁かれ始めている。


 だが、二人にとっては王位は先の話。

 同じ環境で育っていても、関心の向き先に違いも出ていた。


 潮風が、二人の間を吹き抜けた。


「さあ、そろそろ戻ろう。

 まだまだ学ばないといけないことはある」



海洋国家アルセイオンのモデルは地中海交易国家をイメージしています。

完結済みなので、毎日投稿していく予定です。

よろしければ、お付き合いください。

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