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嵐の夜だった。
王都アルセイオンの城は、港から吹き上げる潮の匂いを孕んだ風に包まれていた。高窓を叩く雨音が絶え間なく続き、遠くで雷が海を割るように鳴っている。
その夜、王妃は双子を産んだ。
最初に産声を上げたのは、力強い声の男児だった。
助産師が抱き上げ、素早く布で包み、次を促す。
ほどなくして、もう一人の男児が生まれた。
こちらは、泣き声がやや細く、だが確かに生きている証を示していた。
「……双子、です」
その言葉に、産室の空気が一瞬だけ張りつめる。
さらに次の瞬間、助産師の声がわずかに震えた。
「こちらの御子の、お目が……」
燭台の光の下で、赤子の瞳が確かめられる。
片方は澄んだ青、もう片方は深い琥珀色。
オッドアイ。
それは、この国において特別な意味を持つ徴だった。
光を司る女神――
その祝福を受けた者に現れることがあると、古くから語られている。
「弟君に女神の祝福が……」
誰かが息を呑んだ。
そのとき、産室の外で待たされていた王が呼び入れられた。
アルセイオン王は、室内に入るなり二人の赤子を見比べ、そして声を上げて笑った。
「男が二人か!」
雷鳴すらかき消すような、豪快な笑い声だった。
「それでいい。実にいい。
この国は海の国だ。二本の柱があれば、嵐にも耐えられる」
王はまず、最初に生まれた赤子を抱き上げた。
ずっしりとした重みを確かめるように、満足げにうなずく。
次に、オッドアイの子へと視線を移す。
一瞬、王の表情が変わった。
驚きと、計りかねる何かが入り混じった沈黙。
だが、すぐに王は口角を上げた。
「……女神の気まぐれも、悪くない」
そう言って、二人を並べて見下ろす。
この夜、生まれた双子は後に王位を巡り、異なる道を歩むことになる。
* * *
――それから、十年が過ぎた。
王城の裏手、石段を下りた先にある小さな桟橋は、王都アルセイオンの喧騒から切り離された場所だった。
そこに、二人の少年が並んで腰を下ろしている。
兄の名は、レオンハント。
弟は、エリオス。
同じ顔立ちをしていながら、並べて見れば違いは明らかだった。
レオンハントは、海を前にすると視線が落ち着かなくなる。潮の流れ、船腹の傷、帆の張り具合――目に入るものすべてを、確かめるように眺めていた。
「兄上、また船の数を数えているのですか」
エリオスが、呆れたように言う。
「数えているわけじゃない。
あの船は、ヴァルノス帰りだ。喫水が深いし、帆の汚れが違う」
レオンハントは、そう答えながらも視線を港から外さない。
エリオスは一瞬だけ港を見て、すぐに目を伏せた。
「そういうことは、教本に書いてありません」
「だから面白いんだ」
即答だった。
レオンハントは、船が岸を離れる瞬間を見届けてから、ようやく弟の方を見る。
その目には、幼いながらも理屈で世界を理解しようとする光が宿っていた。
エリオスは、違う。
彼は数字を見る。距離、量、時間。
一度示された条件を、ほとんど迷いなく整理し、結論に辿り着く。
「港の倉庫、今月は三棟分、空きが出ます。
交易量が増えても、問題ありません」
「……もう計算したのか?」
「先ほど」
エリオスは、事もなげに言った。
近くで二人を見守っていた侍従が、小さく息を呑む。
その知識も計算も、まだ学んでいないはずのものだった。
レオンハントは、少しだけ悔しそうに眉をひそめ、すぐに笑った。
「やっぱり、すごいな。お前は」
「兄上ほどではありません」
エリオスはそう言うが、視線は合わせない。
レオンハントは、剣の稽古でも、学問でも、覚えは早くない。
一度で理解できないことも多い。
だが、彼は諦めなかった。
同じ航路図を何度も引き、同じ言葉を何度も書き写し、分からなければ港へ行き、実物を見る。
時間はかかるが、積み重ねた分だけ、確かな理解が残った。
「兄上は、遠くばかり見ていますね」
ふいに、エリオスが言った。
「外国、海の向こう。王都のことより、ずっと」
レオンハントは少し考えてから、正直に答える。
「この国は、海に囲まれている。
外を知らなければ、守れないと思うんだ」
エリオスは、黙ったまま、片方だけ色の違う瞳を伏せた。
女神の祝福――
その言葉が、彼の周囲では囁かれ始めている。
だが、二人にとっては王位は先の話。
同じ環境で育っていても、関心の向き先に違いも出ていた。
潮風が、二人の間を吹き抜けた。
「さあ、そろそろ戻ろう。
まだまだ学ばないといけないことはある」
海洋国家アルセイオンのモデルは地中海交易国家をイメージしています。
完結済みなので、毎日投稿していく予定です。
よろしければ、お付き合いください。




