第8章5節: 家庭教師と「禁忌」の記憶
数日後、アリアは再び、新しい家庭教師の話を始めた。今度は、少し落ち着いた様子だった。
「新しい先生は、古いしきたりとか、決まりごとをすごく大事にする人でした。特に、食事の時の作法には、とても厳しくて……」
アリアによると、その家庭教師は、当時の貴族社会(あるいは、その家庭教師が信じる古い慣習)における「正しい」食事法を、アリアに徹底的に叩き込もうとしたらしい。食材の好き嫌いは許されず、出されたものは全て、決められた作法通りに食べなければならなかった。
「でも、私……どうしても、食べられないものがあって……」
それは、特定の調理法を施された肉料理だったという。アリアが言うには、「変な匂いがして、食べると気持ちが悪くなる」ようなものだったらしい。しかし、家庭教師はそれを「甘えだ」「行儀が悪い」と一蹴し、無理に食べることを強要した。
「無理に食べさせられて……吐いてしまったこともありました。それでも先生は、もっと厳しくなって……」
さらに、その家庭教師は、アリアに対して奇妙な「教え」も施していたという。
「先生は言いました。『食に愉しみを見出すのは、卑しいことだ』って。『高貴な者は、ただ生きるために必要なだけを、感謝もせず、無心で食すべきなのだ』……と」
なんだそれは。
ハルカは眉をひそめた。
明らかに歪んだ思想だ。
「先生は、『昔、食に溺れた文明が、神の怒りに触れて滅びたのだ』とも……。だから、『料理を工夫したり、美味しいと感じたりするのは、禁忌なのだ』と……」
食に溺れた文明? 神の怒り? 禁忌?
ハルカの脳裏に、アッシュウッド村での経験が蘇った。料理概念のない世界。加熱すると劣化する食材の存在。そして今、アリアが語る「食の禁忌」の思想。
これらは、単なる偶然なのだろうか? それとも、この世界の「料理が存在しない」という異様な状況の背景には、何か隠された歴史や理由が存在するのだろうか?
アリアの個人的なトラウマの話が、図らずも、この世界の根源的な謎に繋がる可能性を示唆していた。




