第6章3節: 辺境伯の館
馬車が速度を落とし、やがて重厚な城門をくぐった。そこには、広大な敷地を持つ壮麗な石造りの館がそびえ立っていた。バーンズワース辺境伯の居館だ。歴史を感じさせる堅牢な造りだが、どこか手入れが行き届いていないような、陰鬱な雰囲気が漂っている。館全体が、主の憂いを映し出しているかのようだ。
馬車が玄関に着くと、多くの使用人たちが出迎えた。彼らの表情も一様に硬く、沈んでいる。グレイアムに導かれ、私は館の中へと足を踏み入れた。大理石の床、高い天井、壁には古めかしいタペストリーや肖像画が飾られている。豪華ではあるが、人の気配が希薄で、がらんとした印象を受ける。
通されたのは、広々とした応接室だった。暖炉には火が入っておらず、部屋全体がひんやりとしている。やがて、重い足音と共に、一人の男性が入室してきた。歳は五十代ほどだろうか。立派な髭を蓄え、高価そうな服を着ているが、その顔色は悪く、目の下には深い隈が刻まれている。彼がこの館の主、バーンズワース辺境伯なのだろう。
「……よくぞ参られた、ハルカ殿。グレイアムから話は聞いておる」
辺境伯の声は、疲れと諦念でかすれていた。領主としての威厳よりも、娘を深く憂う父親としての憔悴が強く表れている。
「娘アリアは、我が希望の全てだ。だが、あの子はもう長くないかもしれん……。あらゆる手を尽くしたが、病の原因すら分からぬのだ。医者も魔法使いも、皆、匙を投げた。残るは、お主のような『奇跡』にすがるしかない……」
辺境伯は、懇願するように私を見た。その目には、藁にもすがりたいという切実な思いが浮かんでいる。やはり、「癒やしの力」などという非科学的なものを期待しているらしい。
「辺境伯、先にも述べたが、私は医者でも聖女でもない。奇跡は起こせない。できるのは、事実を観察し、原因を合理的に推測し、可能な対処法を試みることだけだ」
私は冷静に、しかしはっきりと告げた。過度な期待は、後で失望を生むだけだ。
辺境伯は一瞬、落胆したような表情を見せたが、すぐに気を取り直したように頷いた。
「……承知している。それでも、お主の知識とやらに賭けてみたいのだ。どうか、アリアを……娘を頼む」
深々と頭を下げる辺境伯に、私は小さく頷き返し、まずはアリア本人に会わせるよう要求した。




