第6章2節: 辺境伯領への旅路
バーンズワース辺境伯の館までは、馬車で丸一日かかる距離らしかった。私が案内された馬車の内部は、外観に違わず豪華なものだった。柔らかなクッションの効いた座席、細かな彫刻が施された内壁、そして揺れを最小限に抑えるための巧妙なサスペンション機構。この世界の技術レベルを考えると、相当な贅沢品だ。
私の向かいには、執事のグレイアムが控えるように座っている。彼は道中、必要以上に話しかけてくることはなかったが、私が尋ねれば、辺境伯領やアリアの病状について、よどみなく、かつ的確に答えてくれた。
「アリア様は、今年で十歳になられます。一年ほど前から原因不明の体調不良を訴えられ、徐々に衰弱の一途を辿っておられます」
「症状は? 具体的に」
「食欲不振、慢性的な倦怠感、体重減少、時折起こる原因不明の発熱と腹痛……そして、次第に気力を失われ、最近では部屋に閉じこもりがちになられて……」
グレイアムの声には、深い憂慮の色が滲んでいる。アリアのことを、心から心配しているのだろう。
「これまで試した治療法は?」
「領内最高の医師や、高名な薬草師、果ては王都から招いた治癒魔法の使い手まで、あらゆる手を尽くしました。しかし、誰一人として原因を特定できず、症状の改善も見られませんでした。むしろ、様々な薬の投与が、かえってアリア様のお身体に負担をかけてしまったのではないかと……」
なるほど。典型的な原因不明の難治症例、といったところか。複数の専門家が匙を投げたとなると、単純な感染症や器質的疾患ではない可能性が高い。
私はグレイアムから聞いた情報を頭の中で整理し、仮説を立て始めた。
可能性1:未知の病原体による感染症。潜伏期間が長く、特殊な症状を呈するタイプ。
可能性2:環境要因。住居環境に含まれる何らかの有害物質(重金属、カビ毒など)への慢性的な曝露。
可能性3:栄養失調。特定の必須栄養素の欠乏、あるいは吸収障害。この世界の偏った食文化を考えると、十分あり得る。
可能性4:自己免疫疾患。何らかの要因で免疫系が自身の体を攻撃している状態。
可能性5:心因性疾患。精神的なストレスが身体症状として現れている。部屋に閉じこもりがちという情報が気になる。
あるいは、これらの複合要因か。いずれにせよ、現地で詳細な観察と調査を行わなければ、結論は出せないだろう。私は窓の外を流れる景色を眺めながら、思考を巡らせた。辺境伯領の風景は、アッシュウッド村周辺とはまた異なる植生を見せている。これも調査対象だな。




