第6章1節: 荘厳なる使者、来たる
アッシュウッド村での料理指導が一段落し、ようやく研究に集中できるかと思った矢先のことだった。村の外れにある私の小屋に、これまで見たこともないような壮麗な一団が訪れたのだ。
先頭に立つのは、銀の装飾が施された見事な紋章を掲げた旗持ち。その後ろには、黒光りする重厚な鎧に身を固めた屈強な騎士たちが十数名、整然と列をなしている。そして、その中心に鎮座するのは、四頭の純白の馬に引かれた、巨大で豪奢な馬車だった。黒塗りの車体には金細工が施され、窓には上質なガラスが嵌め込まれている。この辺境の村には、あまりにも不釣り合いな威容だ。
村人たちは何事かと遠巻きに見守り、不安と好奇の入り混じった視線を送っている。ボルガンも厳しい表情でその様子を窺っていた。
やがて、馬車の扉が静かに開き、一人の老紳士が降り立った。背筋は伸び、仕立ての良い黒の礼服に身を包んでいる。銀髪は綺麗に整えられ、その顔には深い皺が刻まれているが、眼光は鋭く、知性と威厳を感じさせる。彼は周囲を見渡し、私の小屋を確認すると、迷うことなくこちらへ歩み寄ってきた。護衛の騎士たちが、その左右を固める。
老紳士は私の小屋の前に立つと、恭しく一礼した。その所作は洗練されており、一分の隙もない。
「突然のご訪問、失礼いたします。私はグレイアムと申します。バーンズワース辺境伯家に仕える執事でございます」
バーンズワース辺境伯。
このアッシュウッド村を含む一帯を治める領主の名だ。その執事が、これほどの供回りを連れて、一体何の用だろうか。私は内心の警戒を隠し、冷静に対応した。
「ハルカ・クラナリだ。しがない研究者だが、この私に何か用かね?」
グレイアムと名乗る執事は、私の素っ気ない態度にも表情を変えず、再び深く頭を下げた。
「ハルカ様、と御見受けいたします。実は、あなた様の類稀なる知識と、伝え聞く『癒やしの力』を頼りにはるばる参上いたしました。我が主、バーンズワース辺境伯の御息女、アリア様が重い病に伏せっておられ、あらゆる治療も効果なく、もはや万策尽きた状況なのです。どうか、ハルカ様のお力で、アリア様をお救いいただけないでしょうか」
その言葉は丁寧だが、有無を言わせぬ響きがあった。
辺境伯家からの、事実上の召喚命令に近い。
私は眉をひそめた。病人を治すのは医者の仕事であり、私の専門ではない。ましてや「癒やしの力」などという非科学的なものに頼られても困る。
「断る。私は医者ではない。専門外だ」
即座に返答すると、グレイアムは困惑の表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻し、食い下がってきた。
「ハルカ様、どうかそう仰らず。この村で原因不明の病を突き止め、多くの人々を救われたと伺っております。その知識と観察眼こそ、我々が求めるものなのです。アリア様は、辺境伯にとってただ一人の、かけがえのないお方。どのような謝礼も厭いません。どうか……!」
グレイアムは必死に懇願する。その様子を見ていたボルガンが、私に近づき小声で言った。
「ハルカ殿、辺境伯家からの依頼を無下に断るのは得策ではない。それに、お主の知識が本当に役立つかもしれんぞ。原因不明の病、というのは、研究者としても興味があるのではないか?」
ボルガンの言葉は、私の思考を的確に突いていた。
確かに、原因不明の難病というのは、知的好奇心を刺激される。私の知識で解明できる可能性があるのなら、試してみる価値はあるかもしれない。それに、辺境伯家に取り入っておけば、今後の研究活動(特に書物の入手など)において、有利に働く可能性もある。研究者は時に「金」という現実的な制約で身動きがとれなくなることもあるのだ。
……仕方ない。これも調査の一環と割り切るか。私は大きなため息をつき、グレイアムに向き直った。
「……よかろう。ただし、私は医者ではない。ましてや聖女などでもない。過度な期待はしないことだ。そして、私の調査と判断には一切の口出しをしないことを約束してもらおう」
私の言葉に、グレイアムの顔がぱっと明るくなった。
「おお! ありがとうございます、ハルカ様! お約束いたします!」
こうして、私は再び面倒事に巻き込まれることになった。荘厳な馬車へと案内されながら、私は研究時間がまた遠のいていくのを実感していた。




