第3章1節: 村に広がる異変の影
アッシュウッド村での生活が始まってから、十日ほどが経過した。私は小屋という名の研究所で、黙々と作業を進めていた。森で採取した鉱石サンプルの成分分析(原始的な方法だが)、粘土を使った耐熱容器の試作、そして採取した植物の乾燥・保存処理。
やるべきことは無限にある。
エルフの短い睡眠時間は実に効率的で、研究は着実に進んでいた。
時折、リリアやカイが差し入れを持ってきたり、私の作業を物珍しそうに眺めていったりする。最初は少々煩わしくもあったが、彼らがもたらす村の情報や、時には素朴な疑問が、異世界を理解する上で意外なヒントになることもあり、最近では半ば研究活動の一部として受け入れつつあった。
そんな比較的平穏な日々が続いていたある日の午後、リリアが少し心配そうな顔で小屋を訪れた。
「ハルカさん、ちょっといい?」
「なんだね?」
手を止めずに応じると、リリアは少し声を潜めて言った。
「最近、なんだか村でお腹を壊す人が増えてるみたいなんだ。うちの父ちゃんも昨日からずっとお腹が痛いって言ってて……」
ふむ、腹痛の集団発生か。
私は内心で興味を引かれた。
「詳しく聞かせてもらおうか。いつ頃からだ? 症状は腹痛だけか? 他に気分の悪さや、発熱などは?」
私の矢継ぎ早の質問に、リリアは少し驚きながらも、知っている限りの情報を話してくれた。ここ数日の間に徐々に増え始めたこと、腹痛の他に倦怠感や吐き気を訴える者もいること、熱はないようだが食欲がない者が多いこと。
「何か、悪いものでも食べたのかな……? でも、みんな普段と同じものを食べてるはずだし……」
リリアは不安げに呟く。
「共通点は? 体調を崩した人々が、同じ日に同じ場所で何かを食べたり、同じ水源の水を飲んだり、といったことは?」
「うーん……特に思い当たらないけど……。みんな、畑仕事とか、森での採集とか、いつも通りだよ」
情報が断片的すぎる。
しかし、これは疫学調査の好機かもしれん。
私はリリアに、さらに詳しい情報を集めておくよう依頼した。
原因が何であれ、放置すれば被害が拡大する可能性もある。
研究対象としても、人道的観点(というよりは、研究環境維持の観点)からも、看過はできない問題だ。




