第11章5節: リリアの絶叫と異文化の壁
至福の納豆ご飯タイムを満喫していると、タイミング良く(あるいは悪く?)、リリアが小屋を訪ねてきた。
「ハルカさーん、いるー? この前のお礼に、お母ちゃんが焼いたパン持ってきたよー」
「ああ、リリアか。ちょうど良かった。今、非常に興味深いものを食べているところだ」
私は口元にご飯粒をつけたまま、リリアを招き入れた。
リリアは、私が食べているもの――茶碗に盛られた、何やら茶色くネバネバした物体――を見て、不思議そうな顔をした。
「ハルカさん、それ、何食べてるの?」
「これか? これは納豆という、素晴らしい発酵食品だ。君も試してみるかね?」
私は親切心(と、この感動を誰かと分かち合いたいという抑えがたい欲求)から、小皿に納豆を少量取り分け、リリアに差し出した。
「ナットー……?」
リリアは初めて聞く名前に首を傾げながら、恐る恐る小皿を受け取り、その匂いを嗅いだ。
その瞬間だった。
「……っ!!」
リリアの顔が、みるみるうちに歪んでいく。そして、次の瞬間、彼女は絶叫に近い声を上げ、鼻を強くつまんだ。
「ハ、ハルカさん! これ、腐ってる! 絶対に腐ってるよ! なんでそんなもの食べてるの!?」
まるで、この世の終わりでも見るかのような形相だ。
「腐っている? いや、それは違うな、リリア。これは腐敗ではなく、発酵という現象でだな。特定の微生物の働きによって、食材の成分が変化し、保存性が高まると共に、独特の風味と栄養価が生まれるのだ。例えば、君たちが作る酒も……」
私は冷静に説明を試みたが、リリアは全く聞く耳を持たない。彼女は、私が平然と「腐った豆」を食べ続けているのを、信じられないものを見るような目で見つめている。
「ハルカさん……それ、本当に大丈夫なの……? 臭くないの……?」
「ああ、そうか。確かに、発酵食品の風味というものは、それぞれの国の食文化に深く根ざしているものだからな。異文化の人間にとっては、容易には受け入れられない場合があるかもしれない。例えば、『シュールストレミング』という強烈な匂いを放つ発酵食品が存在してだな……」
私は一人納得し、発酵食品に関する蘊蓄を語り始めたが、リリアの顔色はますます悪くなるばかりだ。彼女は後ずさりしながら、震える声で言った。
「あ、あの、あたし、急用思い出したから、今日はこれで帰るね!」
「む? ああ、そうか。気をつけてな」
私はいつもと同じようにリリアを送り出したが、彼女の逃げるような去り際に、一抹の違和感を覚えずにはいられなかった。




