第711話 夕食
夕食は、エストレヤとコーティナの発案で、大食堂二階にあるレストランで食べることになった。
集まったのは、ヴェゼル、プロフィア、エストレヤ、コーティナ、カジャール、ラングラー、トレディア、ダイナ、キャシュカイ、ニーヴァ、フルフェンスの面々だ。
二階のレストランは有料だが、その分、個室を借りて落ち着いて食事を楽しむことができる。今日は少し贅沢をして、その個室で夕食を囲むことにした。
もちろん、妖精ズも全員参加である。
相変わらずサクラはヴェゼルの傍が定位置だが、ルーミーはエストレヤ、トールはプロフィア、タンクはフルフェンスと行動を共にすることが多く、そのままそれぞれの部屋へ入り浸っていることもしばしばあった。
ジャスティはというと、キャシュカイの部屋や、ダイナとラングラー、ときにはニーヴァの部屋を気まぐれに行き来しており、今ではすっかり皆の家族のような存在になっている。
学院では、妖精たちは基本的にヴェゼルの部屋の所属という扱いになっている。しかし実際には、他の部屋へ遊びに行ったり、そのまま泊まったりしても特に問題視されることはない。
ただ、万が一の行き違いを防ぐため、「どの妖精がどの部屋へ泊まるのかだけは、毎日プロフィアへ申告すること」というルールが、いつの間にか皆の間で定着していた。
学院側も、このことについて細かな規則を設けるつもりはないようだった。
ヴェゼルは、妖精が学院にいるというだけで学院の名声になるため、多少は自由にさせているのではないかと思っていた。
妖精と共に学べる学院など、大陸中を探してもそうあるものではない。学院にとっても、それは他にはない大きな特色になっていた。
それに加えて、学長のイグニスも、サクラたち妖精は悪戯こそするものの、人へ危害を加えるような存在ではないと判断しているのかもしれない。
だからこそ、最低限の管理だけに留め、あとは自由にさせているのだろうとヴェゼルは考えていた。
最初こそ学院中の注目を集めていた妖精たちだったが、この頃になると学生たちもすっかり見慣れたようで、「妖精が飛び回っている」という光景も学院の日常の一部になりつつあった。
やがて料理が運ばれてくる。
今日はヴェゼルの提案で、コース料理ではなく、大皿に盛られた料理を皆で取り分ける形式にしてもらっていた。各自が好きなものを好きなだけ皿へ盛り付けて食べる、気楽な夕食である。
もちろん、妖精たちにも一人ひとり小さな食器が用意されていた。
この食事の形式は妖精ズにも大好評だった。
食べ終われば、自分で好きな料理をもう一度取りに行く。手が届かない料理や汁気の多いものだけは、近くの誰かに「お願い!」と頼み、それぞれが思い思いに食事を楽しんでいる。
「あっ、それも食べたい!」
「はいはい、取ってあげますよ」
あちらこちらでそんなやり取りが交わされる。
妖精たちは思い思いに好きな料理を頬張り、仲間たちはそんな様子を微笑ましく見守る。
個室の中は、妖精たちの楽しそうな笑い声と、仲間たちの穏やかな笑顔に包まれ、終始和やかな空気が流れていた。
食事もひと段落し、皆が飲み物を片手に寛ぎ始めた頃だった。
エストレヤが、ふと思い出したように口を開く。
「そういえば、私とコーティナさん、昨日アビー様とお話しして、お友達になったんです」
その言葉に、ヴェゼルをはじめ皆が耳を傾ける。
「ただ、やっぱり男性との接触は、まだ教会のお目付役の方が許してくださらないみたいです。でも……アビーさんは、とても優しくて素敵な方でした」
そう言って、エストレヤはヴェゼルへ微笑みかけた。
コーティナも苦笑しながら続ける。
「アビー様も本当はヴェゼルさんと話したそうだったわ。でも、いつもすぐ後ろには護衛の方が控えていて、込み入った話なんて、とてもできる雰囲気じゃないの。私だったら、あんな息の詰まりそうな毎日は耐えられないわ」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ静かになる。
ヴェゼルも今日あった出来事を思い出しながら口を開いた。
「今日、俺は魔道具研究会へ入会したんだけど、その前に教会の人が来ていたらしいんだ」
「教会が?」
エストレヤが目を丸くする。
「アビーが研究会へ入りたがっているから、どんな人が所属しているのか調べに来たみたいなんだ。先生が『もしかしたらヴェゼルさんたちも入会するかもしれません』って話したら、急に教会の人たちが警戒し始めたって聞いたよ」
部屋には何とも言えない空気が流れた。
重くなりかけた空気を変えるように、プロフィアが明るく話題を切り替えた。
「そういえば、トレディアさん。魔道具研究会は、とても個性的な方ばかりで楽しそうですね」
「ええ。皆さん本当に個性的ですけど、とても良い人ばかりですよ」
トレディアは楽しそうに頷き、それから、ふっと思い出したように笑った。
「今日はベルエア先生が、サクラさんを見て大暴走していましたけど」
「大暴走?」
フルフェンスが首を傾げる。
プロフィアは苦笑しながら説明した。
「研究熱心なのは素晴らしいのですが……今日は、その……サクラさんのパンツまで脱がせようとしていました。もちろん、私が全力で止めましたけど」
一瞬静まり返ったあと、皆の顔に苦笑が広がる。
「そこまでは、ちょっと……」
ラングラーとニーヴァが顔を見合わせながら苦笑すると、トレディアも肩をすくめた。
「ベルエア先生、妖精さんが絡むと、周りが見えなくなってしまうんですよね……」
「でも、本当に良い先生なんですよ?」
トレディアが慌てて付け加えると、皆も「それは分かる」と苦笑しながら頷き、部屋には再び笑い声が広がった。
話題は自然と学院生活へ移る。
「そうだ。私とラングラーさん、武術研究会に入ったの!」
ダイナが嬉しそうに話し始めた。
「顧問は一年五組の担任、スピリア先生なんだ。元は魔法省にいた先生なんだけど、武術もすごく強くて、教え方も面白いんだよ」
隣でラングラーも嬉しそうに頷く。
皆、それぞれ充実した学院生活を送っているようだった。
その様子を見ていたヴェゼルも、ふと思い出したように口を開く。
「あ、そういえば、新入生で驚いたことがあったよ」
皆の視線が一斉に集まる。
「初日の昼食のとき、大食堂で俺を睨んでいた男の子を覚えてる?」
「ああ、いたね」
皆が頷く。やはり印象に残っていたらしい。
「あの子、実は俺の義母の弟だったんだよ」
「えっ!?」
皆が一斉に目を丸くする。
「フォルツァ商業連合国のソラーラ・チェロキー君」
その名前を聞いて、カジャールが驚いたように身を乗り出した。
「チェロキーって……大表議長のチェロキー家の方?」
ヴェゼルは苦笑しながら頷く。
「あれ、言ってなかったっけ? 父さんが四年前に迎えた側室がプレセア義母さんなんだ。フォルツァ商業連合国の大表議長の娘さんだよ」
初耳だった者も多かったらしく、部屋のあちこちから驚きの声が上がる。
「今度みんなにも、ソラーラ君を紹介するね」
ヴェゼルは笑って続けた。
「最初は怖そうな印象だったけど、話してみたら結構面白い子だったよ」
「それは会ってみたいですね」
皆も興味深そうに頷いた。
そんなふうに、それぞれが学院での出来事を語り合い、笑い合う。
個室には終始笑い声が絶えることなく、賑やかな夕食の時間はゆっくりと過ぎていった。




