第710話 魔道具研究会の混沌04
ヴェゼルはしばらく考え込んでいたが、ふと表情を引き締めると、皆へ向き直って真剣な表情で口を開いた。
「この《魔輝》の研究ですが、今後は情報や資料を厳重に管理した方がいいと思います」
その言葉に、ベルエアをはじめ全員が真剣な表情で頷く。
「もちろん(です)」アージもベルエアも力強く答えた。
続いてヴェゼルが言った。「俺も、この研究に参加させてください」
それを聞いたプロフィアも、一歩前へ出た。
「私も参加させてください。少しでも皆さんのお力になれれば嬉しいです」
それを聞いたトレディアはぱっと笑顔になった。
「はい! 一緒に頑張りましょうね!」
研究仲間が増えたことが心から嬉しいのだろう。
その様子を見ていたアージとヴィオスも目を輝かせ、クロスツアーは猛烈な勢いで手元のメモを書き続けていた。
「……もう書くことが多すぎる……!」
そう呟きながらも、その筆はまったく止まらない。
一方――部屋の隅では、ベルエアはサクラを前に、研究者としての理性よりも、妖精マニアとしての本能が勝っている顔になっていた。
「ほほう……羽根の付け根はこうなっているのですね」「耳も柔らかい……」「髪質も普通の人間とは違いますねぇ……少し拝借して……」
「わわっ! ちょ、ちょっとぉ!」
サクラは最初こそ慌てて逃げ回っていたが、そのたびにベルエアはどこからともなく飴や焼き菓子、目新しいクッキーを取り出す。
「はい、おやつですよ」
「……!」
サクラの足がぴたりと止まる。
「えへへ……じゃあ、ちょっとだけね」
そしてまた観察が始まる。
「ふむふむ……」
「くすぐったいってば!」
「なるほどなるほど……」
「もうっ!」
逃げる。お菓子をもらう。捕まる。また逃げる。
そんな攻防が何度も繰り返され、気が付けばベルエアはすっかりサクラの攻略法を覚えてしまったようだった。
「サクラさんは、本当に分かりやすいですねぇ。ふむ……先ほどはお臍は見せてもらいましたから、次は――」
そう呟いたベルエアの手が、サクラのパンツへと伸びる。
サクラがお菓子に夢中で食べている隙に、ベルエアはさらに手を動かそうとした。
その瞬間だった。
「ベルエア先生! そ、それ以上はいけません!」
ぴしり、とプロフィアの声が響く。
「……あ」
ベルエアはようやく我に返ったように手を止めた。
「申し訳ありません……。研究者としての好奇心が、つい……」
そう言いながらも、その表情には「もう少し観察したかった」という名残がありありと浮かんでいる。
「駄目ですよ。それ以上は駄目です」
プロフィアはきっぱりと言い切る。
「そこは研究とは別問題です」
「……はい」
しょんぼりと肩を落とす妖精マニアのベルエア先生。
その様子に、周囲からは思わず苦笑が漏れた。後から事情を聞いたヴェゼルも、さすがに呆れ顔になる。
「サクラ、先生に好き勝手させちゃ駄目だよ。もう少し自分を大事にしようね」
サクラは首をかしげる。
「だって、触られるのはくすぐったいし、あっちこっち触られるのは勘弁してほしいけど……見せるくらいなら別に減るものじゃないじゃん?」
あっけらかんと言い切るサクラ。
長い年月を生きてきた妖精であるサクラにとって、身体を見られること自体は、人間ほど重大な意味を持つものではないようだ。
その価値観を聞いたプロフィアは、思わず額に手を当てた。
「サクラさん……それは違いますよ。減る減らないの問題ではありません。大切なのは、自分を大事にする気持ちです。乙女の尊厳に関わる大切なことなのです!」
「うーん?」
「それに、相手との距離感や礼儀もあります。誰にでも気軽に見せて良いものではありませんよ」
「そういうものなの?」
「そういうものです」プロフィアは教師のように根気よく説明を続ける。
「たとえ妖精と人間で価値観が違っていても、人間社会では誤解を招くことがあります。だから、サクラさんも少しずつ覚えていきましょうね」
サクラは腕を組みながら少し考え込む。
「つまり、お菓子につられても駄目ってこと?」
「まずそこです」
「えぇー」即答され、サクラはがっくりと肩を落とした。
その反応がおかしくて、ヴェゼルは思わず吹き出す。ベルエアも苦笑しながら頭を下げた。
「以後、研究への情熱が暴走しないよう気を付けます」
「ぜひ、そうしてください」
プロフィアはそう答えると、なおもサクラへ「乙女論」の講義を続けるのだった。
そんな和やかな空気(……と言っていいのか少し怪しかったが)の中、魔道具研究会への入会手続きも進み、ヴェゼルとプロフィアは正式に研究会へ加わることになった。
もともと所属していたベルエア、トレディア、クロスツアーを合わせ、これで部員は五人となる。
「やったぞ!」
アージが思わず拳を握る。ヴィオスも満面の笑みで頷いた。
「五人以上になると、研究会としての予算が一気に増えるんですよ!」
「これで新しい魔道具もたくさん作れます!」
二人はまるで自分のことのように喜んでいた。
別れ際になると、ベルエアは名残惜しそうにヴェゼルを見る。そして、ぎらりと目を輝かせながら話した。
「次はいつ来てくださいますか? その時は、ぜひ別の妖精さんも連れてきてくださいね」
「……目的が半分くらい妖精になってません?」
ヴェゼルが苦笑すると、ベルエアは否定もせず、にっこりと微笑んだ。
皆へ挨拶を済ませ、ヴェゼルとプロフィアが部屋を出ようとした、その時だった。
「ヴェゼルさん」
ベルエアが静かに呼び止める。先ほどまでとは違う、真剣な表情だった。
ヴェゼルだけを部屋の隅へ連れて行くと、声を落として話し始める。
「昨日、アビーさんが研究会へ入会したいというお話がありまして、その件で教会の方が来られたんです」
「教会の人が?」
「ええ。会員名簿を提出してほしいと言われました。それと、今後入会予定の生徒がいるかどうかも尋ねられまして……」
ベルエアは少し困ったように続けた。
「もしかするとヴェゼルさんたちが入会するかもしれません、とお伝えしたところ、急に皆さんの表情が変わったんです」
そして、まっすぐヴェゼルを見つめる。
「ヴェゼルさんは、アトミカ教と何かあったのですか?」
ヴェゼルは少し考え、隠す必要はないと判断した。
「知っている人もいるかもしれませんが、俺とアビーは婚約者です」
ベルエアは静かに目を見開く。
「昔は仲が良かったんです。でも、アビーが教皇に宣託されてから四年間、一度も話していません」
少し寂しそうに笑いながら続ける。
「俺は今でも婚約者だと思っています。でも、教皇になると婚姻は認められないと聞いています。だから教会としては、俺をアビーへ近づけたくないんじゃないかと思います」
そう説明すると、ヴェゼルは少し申し訳なさそうに言った。
「もし研究会へ迷惑が掛かるようでしたら、入会は取りやめます」
しかしベルエアは、すぐに首を横へ振った。その返事に迷いはなかった。
「いいえ。入会するかどうかを決めるのは、生徒本人です。学びたいという意志がある限り、私は誰も拒みません。大人の都合や偏見で、その学ぶ機会を奪うべきではありません。選ぶのは大人ではなく、本人たちです。それが教育だと、私は思っています」
少しだけ表情を和らげる。
「もちろん、アビーさんも同じですよ。それに……ヴェゼルさんが来てくだされば、妖精さんたちにも会えますからね」
悪戯っぽく笑うベルエアに、ヴェゼルも思わず苦笑した。
先ほどまでの教師らしい真剣な面持ちはどこへやら、ヴェゼルの胸ポケットから顔を覗かせていたサクラと、プロフィアの胸ポケットからひょっこり顔を出していたトールの頭を、そっと優しく撫でる。
「また弄りまわ……いえ、遊びに来てくださいね」
言い直したものの、その本音は誰の目にも明らかだった。
ヴェゼルとプロフィアは顔を見合わせて笑い、揃って頷く。
「それでは、失礼します」
二人はベルエアたちへ改めて一礼すると、魔道具研究会の部屋を後にした。
窓の外では、夕陽が学院の石畳を赤く染め始めている。
その柔らかな光に包まれながら、ヴェゼルとプロフィアは寮へ向かってゆっくりと歩き出した。




