第708話 魔道具研究会の混沌02
先ほどの喧騒がようやく落ち着き、一同は部室の椅子へ腰を下ろした。
ヴェゼルは部室を見回しながら微笑む。
「皆さんは今、どんな研究をしているんですか?」
その一言を待っていたかのように、アージの表情がぱっと明るくなった。
「よく聞いてくれた! じゃあ、僕たちの研究成果を見てほしい!」
そう言うと、部室の隅から無骨な木箱を二つ運んできた。どちらも上部に小さな魔石が取り付けられているだけの、実に質素な作りだった。
「実はね、魔法を発動すると、その時の魔力の影響はその場だけで終わるわけじゃないんだ」
アージは片方の木箱を部屋の少し遠くの反対側へ置き、もう一つを手元に残した。
「ヴィオス嬢、お願い」
「はい」
ヴィオスが手元の魔石へそっと魔力を流し込む。
その瞬間――。部屋の反対側に置かれた木箱の魔石が、ほのかに淡く光った。
「えっ……」
プロフィアが思わず声を漏らす。ヴェゼルも興味深そうに目を細めた。
アージは得意げに頷く。
「離れた場所にあっても、同じ条件を満たした魔石なら反応するんだよ。これが、僕たちが二年間研究してきた現象なんだ!」
ヴィオスも続けて説明する。
「私たちは、この現象を『魔輝』と呼んでいます。魔法を発動すると、ごく微弱な力が離れた魔石へ届き、同じ条件の魔石だけが反応して光るんです」
「その条件とは?」ヴェゼルが尋ねる。
アージは木箱を指差した。
「実は単純なんだ。同じ属性の魔石に、同じ共鳴魔法陣を刻む。それだけ。しかも、魔石の中に魔力が残っている必要はない。魔力を使い切った廃魔石でも構わないんだ。共鳴魔法陣さえ刻まれていれば、実験では数キロ先でも反応した」
ヴェゼルは感心したように頷く。
「それはすごい発見ですね」
しかし、アージは苦笑した。
「そう思うだろ? 僕たちも最初は大発見だと思った。だから去年、この研究を発表したんだ」
そこまで話すと、肩が目に見えて落ちる。
「……でも、全然評価されなかった」
ヴィオスが苦笑交じりに補足した。
「評価されなかったどころか、失笑でした。『それで何ができるんだ』って。『二年も研究して、その程度か』って」
アージは遠い目をする。
「父上にも同じことを言われたよ。二年かけた成果が、ほんのり光るだけかってね」
部室に少し重たい空気が流れる。アージは木箱を見つめながら続けた。
「結局、この魔輝には何の意味もなかった。魔法は飛ばせないし、威力もない。何かを動かすこともできない。ただ、『届いた』ことだけが分かる。それだけだった」
ベルエア先生が優しく微笑む。
「そんなことはありませんよ。研究に無駄なんてありません。今は用途が分からなくても、いつか誰かの役に立つ日が来るかもしれませんよ」
その励ましに、部屋の隅から小さな声が聞こえた。
「……来ないかもしれませんけど」
全員の視線が集まる。クロスツアーだった。
「あっ……」しまった、という顔をして口を押さえる。
その一言がとどめとなり、アージはさらに肩を落とした。
「そ、そんなこと言わないでくれよぉ……」
クロスツアーは慌てて謝りながらも、ちらちらとヴェゼルの方を見ては頬を赤くしている。
その様子にプロフィアは苦笑した。
一方、ヴェゼルだけは木箱を見つめたまま考え込んでいた。
「意味がないんじゃない。情報がないんじゃない。まだ、情報を乗せていないだけだよ」
その一言で部屋が静まり返る。
ヴェゼルはゆっくり顔を上げた。
「え?」全員が首を傾げる。
ヴェゼルは机の上にあった紙を取り、一つの印を書いた。
『短 長』
「例えば、この二種類だけを使う。魔輝を一瞬だけ光らせる」
「それを『短』、少し長く光らせる。それを『長』、たったこれだけで、二種類の信号になる」
ヴィオスが目を見開く。
「信号……?」
ヴェゼルは「あっ」という顔をした。
「ごめんね。『信号』っていうのは、俺が本で読んだ遠い国の言葉なんだ」
「『情報』や『伝言』を伝えるための合図やしるし、あるいは『これから何かを知らせます』という意味で使われる言葉らしい」
「つまり、この短い魔輝と長い魔輝を、『合図』として決まりごとにしてしまおうってこと」
ヴェゼルはさらに紙へ書き足した。
短。長。短長。長短。
「組み合わせれば、三種類どころか、四種類、八種類、十六種類……と、どんどん情報を増やせる。文字も数字も、全部『短』と『長』の組み合わせで表せる。そうすれば、魔輝はただ光るだけの現象じゃなくなる。立派な情報になるんだよ」
ベルエア先生が息を呑んだ。「まさか……」
ヴェゼルは頷く。
「魔法を飛ばす必要なんてないんだ。送るのは短い信号と長い信号だけでいい。信号を決まりどおりに並べれば、遠く離れた人とも言葉を交わせる」
部室が静まり返る。
誰一人として言葉を発せない。
今まで二年間、「役に立たない」と思い込んでいた研究。
その価値が、たった今、ヴェゼルの一言で全く別のものへと変わろうとしていた。




