第707話 魔道具研究会の混沌
放課後。
今日はプロフィアと二人で、魔道具研究会の見学に来ていた。
顧問はベルエア先生。そして、トレディアがすでに入会していると聞いている。
――正直……不安しかない。
ヴェゼルはそう思いながら、部室の扉を軽くノックした。
コンコン――。
「はい!」
返事と同時に、勢いよく扉が開かれる。
「ようこそ、魔道具研究会へ! 私は部長、アージ・パロ・ヴァンキッシュだ! ようやく来たね! 入会かい?」
飛び出してきたのは、快活そうな男子生徒だった。その勢いに思わずヴェゼルとプロフィアが一歩下がる。
ひょろりと背が高く、高位貴族の子息らしい整った顔立ちをしている。
しかし、剣など一度も握ったことがなさそうな細身の体つきで、人の良さそうな笑顔にはどこか研究一筋の気質が滲んでいた。
紺色の髪と瞳が印象的だが、少し寝癖の残った髪に、よれた制服がその性格を物語っている。
すると、その後ろから慌てた様子で少女が顔を覗かせた。
「驚かせてごめんなさい! きゃーっ! ベルエア先生! 二人も来ましたよー! 奇跡ですっ! これで廃部は免れそうですわ!」
大声を上げて、すぐにヴェゼル達にぺこりと頭を下げたかと思えば、部屋の奥へ振り返り大声を上げる。
「私は副部長のヴィオス・エヴァントラです! よろしくお願いします!」
小柄ながら健康的な体つきで、特に豊かな胸元がよく目を引く。
慌てて走ってきたせいで胸が大きく揺れているが、本人はまるで気にしていない様子だった。
茶色がかった金髪にヘイゼルの瞳、柔らかな笑みを浮かべたその姿は、どこか育ちの良さを感じさせる。
元気よく自己紹介を終えたところで、部屋の奥から見慣れた人物がにこにこと歩いてきた。
「ヴェゼルさん、プロフィアさん。ようこそ、魔道具研究会へ!」
ベルエア先生だった。長い茶髪を無造作に垂らし、分厚い眼鏡の奥には知的な瞳が覗く。
いつも大量の書類を抱えて研究室と学院を行き来しているため、いかにも研究者といった風貌だが、眼鏡を外せば意外なほど整った顔立ちをしていると学院では密かに評判になっているらしい。
「先生、見学に来ました。”今日は”お世話になります」
ヴェゼルが挨拶を終えた、その瞬間だった。
「君がビック家のヴェゼル君なのかぁぁぁ!」
「うわっ!」
アージが勢いよくヴェゼルに飛びついてきた。そのまま両肩を掴み、目を輝かせる。
「君の家の魔道具、全部持ってるよ!」
「全部……ですか?」
「ああ! 保冷箱! 湯沸かし器! 洗浄器! 浄水器! ランプ器! 全部だ! 今度はいつ新製品が出るんだい?」
興奮は止まらない。
「特に保冷箱は最高だった! だから分解して中を見ようとしたら、炭化術式が発動したようで、中身が全部真っ黒になってね! 父上にものすごく怒られたよ! はっはっは!」
豪快に笑う部長。
ヴェゼルは呆れ半分、苦笑半分で答えた。
「説明書に『分解すると秘匿刻印が作動し、炭化術式が発動します』って大きく書いてありましたよね?」
「もちろん読んだ!」
「読んだんですか……」
「読んだ上で、どうしても気になって分解したのだよ!」
「…………」
ヴェゼルとプロフィアは顔を見合わせ、同時に苦笑した。
すると今度は副部長のヴィオスがぐいっと身を乗り出す。
「あれは魔法だけでは説明できませんよね?」
その目は研究者そのものだった。
「あの大きさの魔石で、あれほど長期間動くなんて普通はありえません! 何か別の理が使われていますよね!? 一体どんな技術なんですか!?」
質問攻めである。
ヴェゼルがどう答えようか考えていると――。
「ヴェゼルさん!」
今度はベルエア先生が身を乗り出してきた。
「今日は妖精さんは連れてきていますか?」
目が妙に輝いている。
ヴェゼルは嫌な予感しかしなかった。
「えっと……いますけど」
そう答えると、ヴェゼルの胸ポケットからサクラがひょこっと顔を出し、プロフィアの胸ポケットからはトールが顔を覗かせる。
その瞬間。
「やっぱりー! サクラちゃんにトール君だよね? ちょっとお姉さんと遊ばない? 甘いものをあげるから!」
ベルエア先生のテンションが一段階上がった。その言葉を聞いた途端、トールはびくっと肩を震わせる。
そして一目散にプロフィアのポケットへ逃げ込み、ぷるぷると震え始める。
一方のサクラは。「甘いもの?」
ぴくり。その一言だけに反応した。目がきらりと輝く。
ベルエア先生もまた、にやりと笑う。完全に獲物を見つけた目だった。
「ふふふ……」
「サクラ、駄目だよ」
ヴェゼルが止めるより早く、サクラはふらふらとベルエア先生の方へ飛んでいってしまった。
「ヴェゼルさん、プロフィアさん」
そこでようやくトレディアが割って入る。
「すみません。皆さん、ずっとお二人が来るのを楽しみにしていたんです」
困ったように笑う。その一言で、ようやく部室の熱気が少しだけ落ち着いた。
その時だった。部屋の奥から、おどおどした様子の少年がゆっくり近付いて小さく頭を下げる。
「あ、あの……ぼ、僕はクロスツアーです。よろしくお願いします」
小柄な少年で、黒髪は長く伸びて前髪が瞳を隠している。
胸元には小さな手帳を抱え、ポケットには何本ものペンを差していた。その姿は研究者というより、思いついたことをすぐ書き留める記録係のようでもある。
クロスツアーが恐る恐る顔を上げた。
その視線がヴェゼルと重なる。数秒固まったあと。クロスツアーはぽつりと呟いた。
「……か、可憐だ…」
「え?」ヴェゼルが首を傾げる。
クロスツアーは真っ赤になって俯いてしまった。
その様子に、ヴェゼルとプロフィアは再び顔を見合わせる。そして、どちらからともなく苦笑した。
――なんだ、この研究会。
部長は勢いだけで突っ走る。副部長は研究になると止まらない。顧問は妖精を見ると理性を失う。
トレディアだけが必死に場をまとめている。
そして隅では、人見知りの少年が突然ヴェゼルを見て、頬を染める始末。
視線を横へ向けると、甘いものにあっさり買収されたサクラが、ベルエア先生に服をペロンとめくられ、おへそを熱心に観察されていた。
「ふむふむ……やっぱり妖精のお臍の構造も……人間と変わりないのですね。母親の臍の緒と繋がっていたことがあるのでしょうか……」
当のサクラはまったく気にしていない。
視線はベルエア先生の手元にある菓子箱へ釘付けだったのだ。
「早く食べたいから、頂戴!」
そんなサクラを見つめながら、ヴェゼルは今日一番深いため息をついた。
――この研究会、本当に大丈夫だろうか。
その不安だけは、入室してから一度も薄れることはなかった。
2026年7月9日午前7時。
登場人物の風体の描写を追加しています。




