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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第690話 ヴェゼルの部屋

授業を終えた頃には、窓の外はすでに夕暮れの色へと染まり始めていた。


ヴェゼルは同じクラスのトレディア、プロフィアと共に校舎を出て、寮へ向かう石畳の道を歩いていた。


頭の上にはいつものようにサクラがだらりと寝そべり、制服のポケットからはジャスティとルーミーが顔を覗かせている。プロフィアにも同様にトールとタンクがまとわりついていた。


妖精たちはすっかりこの生活に馴染んでいた。


ヴェゼルの部屋は高位貴族用として用意された三階にある。入学試験での騒ぎを起こした彼を一般生徒と同じ階に置くのは危険だろうという、学院側の判断らしかった。


寮へ到着すると、一階のエントランスでみんなと別れる。


「それではまた明日ですね」


「うん。また明日ね」


みんなが去っていくのを見送り、ヴェゼルは階段へ向かった。


サクラは基本的にヴェゼルの部屋に住んでいる。


一方で、ジャスティ、ルーミー、タンク、トールはプロフィアの部屋に居候していた。


もっとも、居候と言っても妖精たちにそんな意識はない。気分次第でヴェゼルの部屋へ遊びに来て、この頃はそのまま泊まっていくことも珍しくなかった。


今日はジャスティとルーミーが遊びに来る日だった。


三階まで上がり、自室の前に立つ。鍵を差し込み、扉を開けた。その瞬間だった。


頭の上にいたサクラがぴたりと動きを止めた。


「ん?」


続いてポケットから顔を出していたジャスティが眉をひそめる。


ルーミーも不思議そうに首を傾げていた。三人とも、まるで同じものを感じ取ったような顔をしている。


ヴェゼルは扉を閉めながら尋ねた。


「どうしたの?」


ジャスティは部屋の中を見回しながら言った。


「ヴェゼルさん。この部屋の掃除は誰かに頼んでいるのですか?」


予想外の質問だった。


「掃除を頼むと別に人を雇わないといけないしね。普通に自分でやってるよ」


するとサクラが鼻をひくつかせた。


「なんか嫌な匂いがするわね」


その声にジャスティが頷く。ルーミーも小さく頷いた。


「しますします」「するわね」


ヴェゼルは鼻を動かしてみた。だが何も分からない。


「嫌な匂い?」


「人間には分からないかもしれないけど」


サクラはそう言うと、ふわりと宙へ浮かび上がった。ジャスティとルーミーも後に続く。


三人は部屋の中を警戒するように飛び回り始めた。机の周囲。寝台の下。窓際。棚の上。


まるで獲物を探す猫のように慎重だった。


やがて、本棚の近くへ飛んでいったサクラが突然動きを止めた。


そして振り返る。小さな指を唇へ当てた。


「しー」


珍しく真面目な顔だった。ヴェゼルも声を出さずに近付く。


本棚の裏側。普段なら見えない位置だった。


そこに小さな箱のようなものが置かれていた。木箱ほどの大きさもない。


手のひらに収まる程度の黒い小箱だった。ヴェゼルは眉をひそめる。


見覚えがない。そもそも本棚の裏など滅多に見る場所ではないが、それでもこんなものを置いた記憶はなかった。


サクラとジャスティ、ルーミーが静かに戻ってくる。三人とも声を潜めていた。


「ヴェゼル」


サクラが耳元まで飛んできた。


「たぶんあれ、魔道具よ」


ジャスティも神妙な顔で頷く。


「間違いないかと」そう言って小箱を指差した。


「魔力を感じる」ルーミーも小声で付け加えた。


その言葉を聞いた瞬間、ヴェゼルの表情から僅かに気の抜けた雰囲気が消える。


なぜ自分の部屋に魔道具があるのか。誰が置いたのか。目的は何なのか。まったく分からない。


少なくとも、自分の所有物ではないことだけは確かだった。


サクラは再び小声で囁いた。


「なんか嫌な感じ」「罠でしょうか」「かもしれないわね」


三人の妖精が揃って警戒している。それだけで十分異常事態だった。


ヴェゼルは小箱を見つめながら考える。回収するべきか。そのままにしておくべきか。


下手に触れて何かが発動する危険性もある。だからといって放置もできない。


夕暮れの光が窓から差し込み、部屋の奥に置かれた小箱だけが妙に不気味な存在感を放っていた。


ヴェゼルは腕を組み、静かに思案する。


さて――これは一体、誰からの贈り物なのだろうか。


小箱を見つめながらしばらく考えていたヴェゼルだったが、やがて一人の人物を思い出した。


ベルエア。


本人は先日異様に妖精たちに食いついていたが、魔道具学の担当教師であり、学院でも有数の魔道具研究者らしい。


少なくとも自分よりは遥かに詳しいだろう。下手に触るより専門家に見てもらった方が安全だ。


そう判断したヴェゼルは、再び学院へ引き返すことにした。


「どこか行くの?」


頭の上のサクラが聞く。


「うん。ベルエア先生に見てもらおうと思う。俺が適当に触って発動したら嫌だしね」


「それは嫌ね」「嫌ですわね」「いや」


三人の妖精も異論はないらしい。


夕暮れの学院へ戻って、正門の受付に学生証を見せるとが不思議そうな顔をした。


「どうした、忘れ物か?」


「ベルエア先生に相談したいことがありまして」


その言葉を聞くと、門番は納得したように頷く。


「そうか。なら通りなさい」


学院の教師に用事があるなら止める理由もない。ヴェゼルは礼を言い、校舎へ向かった。


ちょうどその時だった。校舎の奥からベルエアが現れた。どうやら帰宅するところだったらしい。


ベルエアはヴェゼルの姿を見るなり目を輝かせた。


「あら、ヴェゼルさん! どうされたのですか?」


そして頭の上のサクラと肩を飛ぶジャスティとルーミーを見て、さらに目を輝かせる。


「妖精さん達もご一緒! ということは、もしかして精霊・妖精研究会への入会希望ですか!?」


嫌な予感がしてはいたが、案の定だった。


ベルエアの声が弾む。ヴェゼルは苦笑した。


「いえ、そうじゃなくて――」


「ついに興味を持ってくださったのですね!大歓迎ですよ!」


「先生、違――」


「私は顧問ですから全面的に支援します!」


「いや、その――」


「妖精さんとの共同研究など夢が広がりますね!」


話を聞いていない。完全に暴走している。


ベルエアがようやく一息ついたところで、ヴェゼルは隙を見て口を挟む。


「実は魔道具が……」


その瞬間ベルエアの目がまた光る。


「あ、魔道具研究会ですね! そちらも私が顧問をしておりますので、精霊・妖精研究会と魔道具研究会の両方に入っていただけるとは楽しみですね! 魔道具と妖精さん! きっと素晴らしい研究になります!」


やはり話を聞いていなかった。そしてベルエアはさらに続ける。


「そういえばヴェゼルさんはビック家の嫡男でしたね! 私、ビック家の新製品はいつも楽しみにしているのですよ!」


「ありがとうございます……」


一応会話の形にはなっているが、会話になっている気はしなかった。


サクラが額に青筋を浮かべる。


「この人、全然話を聞いてないじゃないの!」


そして拳を構えた。まるで歴戦の拳闘士のような構えである。


「サクラ、待っ――」


止めるより早かった。サクラは一直線に飛び出した。


「話を聞きなさいよっ!」


必殺のサクラ右ストレート。妖精渾身の一撃が、話を聞かず暴走しているベルエアの頬に直撃した。


ぺちょ。軽い音が響く。


だが。

「……」

「……」

「……」

何も起きない。ベルエアは瞬きを一つしただけだった。


痛くも痒くもないらしい。むしろ微笑ましそうにサクラを見ていた。


「ふふふ。可愛らしい妖精さんですね」


サクラは固まった。渾身の必殺技が完全に無効化されたのである。


「えっ」呆然としている。


ベルエアは気にする様子もなく首を傾げた。


「それで、何のお話でしたっけ?」


ようやく話を聞く気になったらしい。


すると今度はジャスティが勢いよく飛び出した。


「聞いてください先生!」


「はい?」


「ヴェゼルさんの部屋から怪しげな魔道具が発見されたのです!」


ベルエアの表情が変わる。研究者の顔だった。


ジャスティはさらに興奮して続けた。


「これは事件の匂いがするのです! ワクワクなのです!」


「事件ですか」ベルエアが真面目な顔になる。


ヴェゼルは苦笑しながら補足した。


「まだ何とも言えませんけど、俺の物じゃない魔道具らしき物が部屋にあったんですよ」


「なるほど」


今度はきちんと話を聞いてくれた。ベルエアは少し考え込む。


「その魔道具はどうしましたか?」


「触らずにそのままです」


「正解ですね」ベルエアは頷いた。


「不用意に触らない方が良いでしょう」


そして少し考えた後、静かに言う。


「私も確認したいところですが、一つ問題があります」


「問題?」


「私は未婚ですので、男子寮の部屋へ一人で入るのはあまり好ましくありません」


確かにその通りだった。貴族社会では特にそうした体面が重視される。


ベルエアは続ける。


「第三者の立会人と、寮側の許可があれば問題ありませんが」


ヴェゼルはすぐに頷いた。


「それなら大丈夫だと思います。付き合っていただけますか?」


「分かりました」ベルエアも真剣な表情で頷く。


「魔道具が関係しているなら見過ごせません」


こうして一行は再び寮へ向かうことになった。


夕暮れもすっかり終わり、空には夜の色が広がり始めていた。

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― 新着の感想 ―
先生って女性だったんか 見逃してた 奇行ぶりから男だと思い込んでた
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