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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第686話 なぜか模擬戦

そして今日は初めての休日だった。にもかかわらず、ヴェゼルは朝から木刀を持って準備運動をしていた。


なぜこうなったのか。原因は一人しかいない。


ダイナである。


入学してからというもの、ダイナは毎日ヴェゼルと会うたびに「今日こそやろう!」「明日はどうだい!」「今度の休日は?」と模擬戦を申し込んできた。最初は軽いあしらいで済んでいたのだが、そこへラングラーが加わる。


「そういえば僕も何年もヴェゼルと剣を合わせていないな」


その一言が全ての始まりだった。


ラングラーもヴェゼルと模擬戦をやりたいというと、自信のあるコーティナも黙っていられない。


フルフェンスも「面白そうだから」と加わった。


気付けば毎日のように模擬戦の話になり、ヴェゼルが「場所がないんだけど」と困っていると、今度はカジャールが当然のように言った。


「え? うちの帝都の公邸を使えばいいじゃないか」


まるで近所の空き地でも貸すような気軽さだった。


「広いしね。それに僕もゼルとやりたいよ」その一言で全てが決まった。


反対する者などいない。気付けば休みの日に公邸へ集まり、模擬戦大会を行う流れになっていた。


ヴェゼルの側近であるプロフィアも参加することになり、さらに今日は公邸へ帰省していたシェルパまで加わっている。


こうして現在に至る。ヴェゼルは準備運動をしながら思った。


――本当にどうしてこうなったんだろうな。


しかし、もう流れは止められない。川どころか大河の流れである。今さら逆らえるはずもなかった。


せめてもの救いは、トレディアやニーヴァ、キャシュカイがこの場にいないことだろうか。もしあの三人までいたら、間違いなく収拾がつかなくなっていた。


もっとも、今の時点ですでに十分賑やかなのだが。


カジャールの帝都公邸は、さすがベントレー公爵家の屋敷だった。


手入れの行き届いた広大な庭園の先には白亜の本館がそびえ立ち、庭には噴水や池が自然に溶け込むように配置されている。豪奢ではあるが嫌味はなく、帝国屈指の名門らしい品格を感じさせた。


現在ヴェゼルたちがいる鍛練場もまた規格外だった。


学院の訓練施設にも劣らぬ広さがあり、地面には衝撃を吸収する魔法陣が刻まれている。周囲には魔導柱が等間隔に並び、淡い光の障壁が訓練場全体を覆っていた。


その鍛練場の脇にはテーブルと椅子が用意されており、ベントレー公爵、エプシロン皇妃、アトラージュ夫人が紅茶を楽しみながら若者たちの様子を眺めていた。


「若いというのは良いものですね」


アトラージュ夫人が微笑むと、ベントレー公爵も頷く。エプシロン皇妃も優雅に紅茶を口へ運んだ。


誰も止める気はない。むしろ休日の余興でも眺めるような気楽さである。


そんな中、一人だけ落ち着きなく手を振っている人物がいた。


エストレヤだ。「頑張ってくださいませー!」


元気いっぱいに声を張り上げながら、ぶんぶんと両手を振る。


「お兄様ー! ラングラーさーん! コーティナさーん! ダイナさーん!」


そして最後だけ、ひときわ大きな声になった。


「ゼルー!」


その隣では妖精たちがお茶とクッキーを楽しみながら、思い思いに声援を送っている。


『がんばれー!』『負けるなー!』『お菓子おいしい!』


どうやら応援よりお茶会の方が本命らしかった。そんな賑やかな光景を眺めながら、ヴェゼルは木刀を握り直す。




そして鍛練場では参加者達が準備を終えていた。


ヴェゼル、シェルパ、ダイナ、カジャール、ラングラー、コーティナ、フルフェンス、プロフィア。


さらに、どうしても来ると言い張ったアプローズ。やる気満々で木剣を振り回しているトレノ。なかなか壮観な顔ぶれだった。


アプローズは本日審判役である。公平な立場でなければならない。だが、その視線は何度もヴェゼルへ向いていた。


ヴェゼルが準備運動をしていれば見ている。


木刀を握れば見ている。少し動けば見ている。完全に応援している目だった。


本人は隠しているつもりらしいが、溢れるヴェゼル愛が全く隠せていない。気付いていないのは本人だけである。


そんな中、ヴェゼルは静かに木刀を握った。


あの親子から授かった木刀。握る度に不思議と気持ちが落ち着く。


対する他の者達は木剣。プロフィアとコーティナだけは木槍を手にしていた。


そして全員で話し合った結果、順番に模擬戦を行うことになる。


休日の朝。豪華な公邸。優雅なお茶会。賑やかな妖精達。そして、やたらとやる気に満ちた学友達。




アプローズが鍛錬場の中央へ立つ。


「それでは第一試合。ヴェゼル様対ダイナ様。始め!」


声が響いた瞬間だった。


「行くよ、ヴェゼル!」


ダイナの身体が弾けた。地面を蹴った瞬間、鍛錬場の石畳が砕けそうなほどの衝撃が走る。


速い。単純な脚力ではない。身体強化のような魔法を使っているのだろう。一瞬で間合いが詰まる。


上段から振り下ろされた木剣が空気を裂いた。


ブオンっ――!まともに受ければ木剣など簡単にへし折られる勢いだ。


ヴェゼルは半歩だけ身体をずらした。ダイナの木剣が鼻先を掠めるように通り過ぎる。だが、それで終わりではなかった。


ダイナは着地した瞬間にはもう次の動きへ移っていた。返す刃で横薙ぎを放ち、そのまま逆袈裟へ繋げ、さらに鋭い突きが一直線にヴェゼルの喉元を狙う。


途切れることのない連撃だった。


木剣が空気を裂く音が次々と響く。その剣筋は豪快でありながら決して大振りではなく、身体強化によって底上げされた速度も相まって、常人なら反応するだけで精一杯だろう。


だがヴェゼルも止まらない。


木刀を振るたびに正面から受けることは避け、ほんの僅かに角度を変えて刃を滑らせる。真正面からぶつかれば木刀の方が先に悲鳴を上げる。だから力を受け止めるのではなく流し、踏み込みをずらし、身体ごと位置を変えながら凌いでいた。


それでも重い。木剣が触れるたびに衝撃が腕を伝い、じわりと痺れが残る。


「ははっ! 本当に当たらないね!」


ダイナは楽しそうに笑った。だが、その笑顔とは裏腹に攻撃の勢いはさらに増していく。


上段から振り下ろされた木剣を流したかと思えば、次の瞬間には下から跳ね上がり、そこから間髪入れずに横薙ぎへ繋がる。まるで巨大な波が次々と押し寄せてくるような攻めだった。


それでもヴェゼルの口元も自然と緩んでいた。純粋に剣だけでここまで遠慮なく打ち合える相手は久しぶりだったのだ。


一撃一撃に工夫があり、一歩踏み込むごとに読み合いがある。相手の狙いを読み、自分の動きを読まれないようにする。その駆け引きが心地良かった。


木刀と木剣が激しく打ち合い、乾いた音が鍛練場に響く。互いに笑みを浮かべたまま、一歩も譲らず剣を交わし続けていた。


一撃一撃に迷いがなく、踏み込みにも淀みがない。だが、それでもヴェゼルの木剣の芯には当たらない。


何度振っても、何度踏み込んでも、ダイナの木剣はヴェゼルを捉えられなかった。


確かに目の前にいる。間合いにも入っている。あと僅か届けば当たるはずなのに、その僅かが埋まらない。


ヴェゼルは大きく動いているわけではなかった。


身体を少しずらし、足の位置を変え、刃の軌道から外れる。その最小限の動きだけで、ダイナの攻撃はことごとく空を切っていた。


その様子に、ダイナは楽しそうに口元を吊り上げた。


「面白いな!」叫ぶと同時に、彼女の速度が一段上がった。


身体強化を強めたのだろう。踏み込むたびに鍛練場の石畳が鈍く鳴り、赤い髪が勢い良く靡く。


上段からの振り下ろしを起点に横薙ぎへ繋ぎ、流れるように逆袈裟へ移る。そのまま鋭い突きを放ったかと思えば、剣を引き戻す勢いを利用して再び上段へ。そこから連続する突きと横薙ぎが間断なく襲い掛かる。


木剣が止まらない。振り下ろし、横薙ぎ、切り上げ。ダイナは一歩踏み込むたびに次の一撃へ繋げてくる。


ダイナが笑う。剣はさらに速くなった。全力で踏み込み、全力で振るい、それを紙一重で捌かれる。その攻防そのものが嬉しくてたまらないらしい。


だからこそ、彼女はさらに笑みを深めながら木剣を振るい続けるのだった。


だがヴェゼルは、その猛攻を捌きながら少しずつ相手を観察していた。重心の移動、足運び、肩の癖、踏み込みの強弱。剣筋だけではなく、身体全体の動きを見ている。そして一つの癖に気付いた。


――右足だ。


全力で踏み込む瞬間だけ、ほんのわずかに重心が流れる。本人も意識していないような小さな癖だった。ヴェゼルはそこを狙って踏み込む。


ガキィンッ!!しかし、その瞬間だった。今まで流し続けていた木刀と木剣が、初めて真正面から激しくぶつかり合う。鈍い衝撃が腕を突き抜け、木刀が軋む。どうやらダイナは、その動きを待っていたらしい。


「ははっ! 引っかかったね!」嬉しそうに笑うダイナの声が響く。


ヴェゼルも思わず口元を緩めた。誘いだったのだ。癖に見えたものすら攻撃の布石にしていたらしい。


「じゃあ今度はこれだ!」


ダイナは大きく後ろへ飛び退くと、深く腰を落とした。空気が変わる。周囲に漂う魔力が一気に彼女へ集まり、握られた木剣が淡い光を帯びた。


次の瞬間だった。ダイナの姿が掻き消える。いや、消えたのではない。ただ速すぎた。


五メートル以上あった間合いが一瞬で消滅する。上段から振り下ろされる剣を見て、ヴェゼルは反射的に受けの姿勢を取った。だが、その判断を嘲笑うように剣筋が途中で変わる。


横薙ぎ。全身全霊を込めた一撃だった。木刀ごと叩き折るつもりの斬撃。しかし、それすら囮だった。


横薙ぎの軌道が途中で消える。引いたのだ。


そして次の瞬間には鋭い突きが喉元へ伸びていた。


「っ!」


ヴェゼルの目が見開かれる。さらに剣先が光る。凝縮された魔力が先端へ集まり、そのまま穂先だけが伸びるように前へ突き出された。


観覧席から思わず息を呑む気配が伝わってきた。


普通なら決まっていた。だが、ヴェゼルはその瞬間、一歩下がり、思い切り木刀を手放した。


木刀はくるくると回転しながら宙を舞い、ダイナの顔へ向かって飛んでいく。攻撃ではない。ただ視界を奪うためだけの一手だった。


思わずダイナの視線がそちらへ流れる。


本当に一瞬だった。だが、その一瞬で十分だった。


ヴェゼルの身体が沈む。突きの軌道から外れ、そのまま死角へ滑り込む。真横へ。そして懐へ。


伸び切った腕と前へ流れた重心。ダイナの視線はまだ木刀を追っている。


「え?」


ダイナが異変に気付いた時には、もう遅かった。


ヴェゼルは伸び切った腕の内側へ滑り込み、そのまま肩を差し入れる。脇を潜り、腕を抱え、腰を落とす。その一連の動作には迷いがなかった。


「よっと」次の瞬間、ダイナの巨体が宙へ浮く。


一本背負いだった。誰も予想していなかった技に、観戦していた面々の目が大きく見開かれる。勢いのまま投げ飛ばされたダイナは大きく弧を描き、防護結界に守られた地面へ叩きつけられた。


どすんっ――と鈍い音が響く。


結界が衝撃を吸収したことで大きな破壊音こそなかったが、それでも周囲の空気が揺れ、砂がふわりと舞い上がった。


そして。仰向けになったダイナが目を開けた時には、ヴェゼルの拳が鼻先でぴたりと止まっていた。


一瞬だけ鍛練場が静まり返る。静まり返った鍛錬場に、ダイナの声が響いた。


「すごーーーーーい!!」


悔しさも落胆もない。純粋な感動だけが詰まった心からの叫びだった。


次の瞬間には勢いよく飛び起き、そのままヴェゼルへ突進する。


「ヴェゼル!」抱きつかれたかと思えば、そのまま持ち上げられた。


ぐるん。ぐるん。ぐるん。景色が回る。


「ちょっ――待っ――」


「すごいよ! 本当にすごいよ!」完全に興奮状態だった。


ようやく地面へ降ろされた頃には、ヴェゼルの視界は少し揺れている。だが安心する暇もなかった。


ダイナは再び飛び込んできて、今度は正面からぎゅっと抱きしめる。


「私が一度も剣を当てられなかったなんて初めてだよ!」


耳元で大声が響く。


「それに最後の投げ! あれは何なんだい!? あんな技見たことないよ!」


「いや、だから少し落ち着いて――」


「剣だけじゃなくて体術まで使うなんて、面白いじゃないか!」


興奮したまま次々と言葉が飛び出してくる。負けた悔しさなど欠片もない。


ただ純粋に、自分を倒した相手への賞賛と喜びだった。


「もう一回やろう! 今すぐやろう! こんなに楽しい模擬戦は初めてだよ!」


そう言ってダイナは木剣を構えた。


そこへ別の声が割って入った。


「次は僕とやろうか、ゼル」


穏やかな声だった。振り向けば、シェルパが木剣を肩に担いだまま笑っている。


「えー!」


ダイナが露骨に不満そうな顔をした。だがシェルパは苦笑しながら肩を竦める。


「順番だからね」


「むぅ……」一瞬だけ頬を膨らませるダイナ。


しかし落ち込んでいる時間は一秒もなかった。


「じゃあシェルパ様の次は私だからね!」


即座に復活した。


「もう決定事項なんだな……」


ラングラーが呆れたように笑う。


「断る権利はなさそうですね」


フルフェンスも肩を震わせた。コーティナも苦笑している。


そんな周囲の反応をよそに、当のヴェゼルだけはまだ少し足元がおぼつかなかった。


勝負には勝った。だが、ヴェゼルはまだ少しふらついていた。


どうやらダイナとの模擬戦で最も大きなダメージを受けたのは、勝者のヴェゼル本人だったらしい。


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