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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第685話 厚化粧の令嬢と鼻血の王女の事情

今日はもう試験は残っていなかった。


本来なら、このままプロフィアと復習を続ける予定だったのである。だが、どう考えても今の状況で勉強などできるはずがなかった。


一人は厚化粧の令嬢が騒ぎ、もう一人は鼻に綿を詰めた王女が現れ、周囲では妖精たちが笑っている。


これで勉強しろという方が無理だろう。ヴェゼルは小さくため息を吐いた。そして向かいの二人へ視線を向ける。


「えっと、ニーヴァさんとキャシュカイさん」


声を掛けると、二人が同時にこちらを見た。


「とりあえず座る?」そう言いながら向かいの空席を指差す。


ニーヴァとキャシュカイは顔を見合わせ、それから素直に席へ向かった。


その様子を確認した後、ヴェゼルは今度は仲間たちへ振り返る。


「みんな、ごめんね」そう言うと少し困ったように笑った。


「プロフィアだけ残ってくれる? あとは少し席を外してもらってもいいかな」


突然のお願いだった。だが理由は誰にでも分かった。相手は王女と大公家の令嬢である。しかも二人とも女の子だ。


変な誤解を避けるためにも、側近であるプロフィアを同席させておく方が自然だった。


コーティナが真っ先に立ち上がる。「分かりましたわ」


エストレヤも静かに頷いた。「では私たちは図書館へ行っております」


ラングラーも肩を竦める。「どうせ今日は勉強にならねぇしな」


フルフェンスは苦笑しながら席を立った。「頑張ってね」


そして全員が席を離れ始める。すると妖精たちが一斉にヴェゼルを見上げた。


『え?』『僕たちも?』『なんで?』


そんな顔だった。ヴェゼルは苦笑する。


「うん。みんなもね」


妖精たちが一斉に頬を膨らませた。


『むぅー』『追い出されたのです』『ひどいです』『妖精差別です』


好き勝手言いながらも、渋々エストレヤたちの後を追いかけていく。


しかし。一柱だけ動かない者がいた。


サクラである。胸ポケットにしがみついたまま、てこでも動く気がない。


「サクラも」ヴェゼルが言う。


「や」即答だった。


「やじゃない」


「や」


「……」


「や」


頑固だった。プロフィアが吹き出しそうになっている。ヴェゼルは数秒考えた末に諦めた。「じゃあ大人しくしててね」


「うん!」サクラは満足そうに頷いた。最初から勝利を確信していた顔だった。


こうして席にはヴェゼル、プロフィア、ニーヴァ、キャシュカイの四人だけが残る。


その後ろにはそれぞれの護衛たちが控えていた。先ほどまでの騒ぎも少し落ち着き、ようやく会話らしい会話が始まる。


キャシュカイが背筋を伸ばした。そして改めて丁寧に頭を下げる。


「改めまして、ご挨拶いたします」


仕草は実に美しい。先ほど顔面から転倒した人物とは思えないほどだった。


「私はキャノピー王国第二王女、キャシュカイ・ディオン・キャノピーと申します」


そう名乗ると、隣のニーヴァへ視線を向ける。


「そしてこちらがベルザ公国大公家長女、ニーヴァ・パッセ・コモドア・キャノピーです」


ニーヴァは小さく胸を張った。先ほどまでの勢いはない。だが誇らしさだけはしっかり残っているようだ。


キャシュカイは説明を続けた。


「遠い国なので、ご存じないかもしれませんが、ベルザ公国は元々キャノピー王国の一部でした」


ヴェゼルが耳を傾ける。


「数年前にニーヴァのベルザ叔父様が独立し、現在のベルザ公国となったのです。ですので私たちは従姉妹になります」


そう言って微笑んだ。どこか懐かしそうな表情だった。


「小さい頃はよく一緒に遊んでいたのですよ」


しかし次の瞬間。キャシュカイは大きなため息を吐いた。


「はぁ……」


その視線がゆっくり隣へ向く。ニーヴァの肩がぴくりと跳ねた。


「ニーヴァ、貴女、何かベルザ叔父様から言われたのでしょう?」


「ひっ!?」ニーヴァが変な声を出す。


キャシュカイは容赦しない。「ヴェゼル様の気を引いて、あわよくばベルザ公国へ引き入れなさい、とか?」


ニーヴァの目が泳ぎ始めた。分かりやすすぎた。


「ち、違いますわ!」


「違わないのですね?」


「うっ」見事な自爆だった。


プロフィアがそっと視線を逸らす。キャシュカイは額を押さえた。


「やっぱり……」


その様子を見ながらヴェゼルは思う。


――本当に仲が良いんだな。遠慮がない。遠慮がなさすぎる。


するとキャシュカイは自分の胸へ手を当てた。


「もっとも、私もあまり人のことは言えません」


少し困ったように笑う。


ヴェゼルが首を傾げる。


キャシュカイはあっさり言った。「私も父から命じられております。ヴェゼル様の寵を受けなさい、と」


静寂が訪れた。ヴェゼルが固まる。プロフィアも固まる。ニーヴァですら固まる。


そして当のキャシュカイ本人だけが、何故かお茶へ手を伸ばした。だが視線はヴェゼルへ向いたままだった。


その結果。当然のようにカップを掴み損ねた。


「あ」


カップが机の上を転がり、そのまま中のお茶が盛大に零れる。


「きゃっ」今度は慌てて立ち上がろうとして椅子の脚に足を引っ掛けた。


ぐらりと体が傾く。後ろにいた護衛の女子生徒が無言で襟首を掴んだ。


ぴたり。転倒だけは回避される。


その動きに迷いはなかった。完全に慣れている。


「申し訳ありません」


キャシュカイは何事もなかったように頭を下げた。


護衛たちは慣れた様子で布を取り出し、零れたお茶を黙々と拭き始める。


ヴェゼルは思った。――さっきの転倒といい、今のこれといい、誰も慌ててないな。


それどころか、護衛たちの動きには迷いがなかった。日常茶飯事なのだろう。


ニーヴァが額に手を当ててため息を吐く。


「だから放っておけませんのよ」


その一言だけで十分だった。


キャシュカイがどれほど鈍臭いのか、そしてニーヴァが彼女を放っておけない理由も何となく理解できた。


もっとも、当の本人はまるで気にした様子もなかった。キャシュカイは姿勢を正し、改めてヴェゼルへ向き直る。


「ですが、私はそこまで浅はかではありませんわよ」


静かに首を横へ振る。先ほどまでお茶を盛大に零していた人物とは思えないほど、その瞳は真っ直ぐだった。


「ヴェゼル様が良い方で、そしてお話の合う方でしたら」


少しだけ微笑む。


「友人になれれば良いなと思っております。自国へ戻れば、私はやはり王女ですので、こうして気軽に友人を作ることは難しいのです」


その言葉には打算よりも寂しさが滲んでいた。だからこそヴェゼルも素直に頷くことができた。


「それなら大歓迎かな」


キャシュカイの表情が少し柔らかくなった。


その横では。ニーヴァが椅子の上でもじもじしている。


先ほどまでの勢いが嘘のようだった。キャシュカイはそんな従姉妹を見つめる。


そして優しく微笑んだ。


「ニーヴァ」


「な、何ですの?」


「そんなに無理をして厚化粧をしなくても良いのですよ」


ニーヴァの肩がびくりと震えた。


「あなたはそのままでも十分可愛いのですから」


一瞬で、ニーヴァの顔が真っ赤になった。耳まで赤い。


「キャ、キャシー……」


先ほどまで怒鳴っていた少女とは思えない反応だった。


キャシュカイはくすりと笑う。幼い頃から知っているからこそ分かるのだろう。


この派手な化粧も。豪華な衣装も。高飛車な態度も。全ては不器用な見栄と背伸びに過ぎない。


そしてニーヴァ自身も、それを指摘されたことが少し嬉しかったらしい。


ヴェゼルはそんな二人を見ながら思う。


――なるほど。少なくとも、この二人が従姉妹だというのは本当なのだろう。


性格は正反対なのに、不思議と仲の良さだけは隠しきれていなかった。


その様子を眺めながら、ヴェゼルはふと疑問を覚えた。


「一つ聞いてもいい?」キャシュカイが頷く。


「元は一つの国だったんだよね? それなのに、こうして王女と大公女が普通に一緒にいて大丈夫なの?」


ヴェゼルは素直な疑問を口にした。


「周りから何か言われたりしないの?」


その問いに、キャシュカイは少しだけ目を細めた。そして懐かしそうに微笑む。


「昔は本当に姉妹のように過ごしていたのです」


そう言って隣のニーヴァを見る。


「同い年ですし、幼い頃は毎日のように一緒に遊んでいました」


その声は柔らかい。


「私にとっては妹みたいなものなのです」


ニーヴァは気恥ずかしそうに顔を逸らした。だが満更でもないらしい。耳が少し赤くなっている。


プロフィアは二人を見比べた。同じキャノピーの血を引いているはずなのに、ここまで性格が違うのかと少し感心する。


ところが次の瞬間。キャシュカイはさらりと言った。


「それに、ニーヴァは放っておけませんし」


ニーヴァが反応する。


キャシュカイは真面目な顔のまま続けた。


「ご覧の通り、少し……その、お馬鹿さんなので」


それでも、言葉を選んだつもりなのだろう。


「馬鹿じゃないもん! 勉強がちょっと苦手なだけだもん!」


即座に反論が飛んだ。ばんっと机を叩く。


「その『ちょっと』で毎年家庭教師が泣いていたではありませんか」


「それは先生の根性が足りませんでしたの!」


ヴェゼルは思わず吹き出しそうになった。


さっきまで高飛車な令嬢だった少女が、今では完全に子供の口喧嘩をしている。


むしろ今の方がずっと親しみやすい。そんなことを考えていると、ニーヴァが急に黙った。


じっとヴェゼルを見ている。顔を。まじまじと。ヴェゼルは首を傾げた。


「どうしたの?」


ニーヴァは不思議そうな顔をした。まるで今になって何かに気付いたようだった。


「ヴェゼル様って……お肌が綺麗ですわね」


視線が顔を行ったり来たりする。


「は?」


「それに顔も綺麗ですわ。なんだか女の子みたいです」



ヴェゼルの眉がぴくりと動いた。


隣ではプロフィアが肩を震わせている。笑いを堪えているのだ。


ポケットの中ではサクラが転げ回っていた。


「言われたー! あははは! 女の子だって!」


ヴェゼルは無言でポケットを押さえた。騒ぎが大きくなる前に封じ込める。


だが時すでに遅しだった。ニーヴァは本気で感心している。


悪意がないだけに質が悪い。ヴェゼルは深々とため息を吐いた。


どうやら今日の騒動はまだ終わらないらしい。しかし、そんな和やかな空気も長くは続かなかった。


キャシュカイの表情が少しずつ変わったのである。先ほどまでの柔らかな笑顔が薄れ、一人の王女としての顔になる。


「ですが――」


静かな声だった。場の空気も自然と引き締まる。


キャシュカイは小さく息を吐いた。


「本来、私たちがこの学院へ来た理由は、そこまで単純なものではないのです」


隣のニーヴァも俯く。先ほどまでの勢いは影を潜めていた。


ヴェゼルは黙って続きを待った。キャシュカイは言葉を選ぶようにゆっくり話し始める。


「元々、父と叔父様はとても仲の良い兄弟でした」


その声には懐かしさが滲んでいた。


「私が幼い頃は、よくお二人で狩りへ行き、一緒に酒を飲み、一緒に国のことを話しておりました」


だが、その表情が少し曇る。


「しかし、ある時から少しずつ行き違いが生まれたのです。そこへアクティバ王国が入り込みました」


静かな声だった。ヴェゼルもプロフィアも黙って聞いている。


「そのアクティバ王国から伯父様は独立を勧められたようです」


キャシュカイは目を伏せた。


「そして最終的にベルザ公国として独立を宣言なさいました」


その後の結末は想像できる。一度公に宣言された以上、後戻りは難しい。


「父も止めようとしたそうです」


だが止められなかった。兄弟は別々の国家の統治者となった。国も二つに分かれた。


「幸い戦争にはなりませんでした。ですが失ったものは少なくありません」


キャシュカイはそう付け加える。元々一つだった市場。元々一つだった物流。元々一つだった軍制。


全てが分断された。キャシュカイは苦笑した。


「今のキャノピー王国は厳しい状況にあります。そしてベルザ公国も同じでしょう」


ニーヴァは何も言わなかった。事実だからだ。


「さらに両国とも、現在はアクティバ王国の影響を強く受けています」


その言葉は重い。


「影響というより公国は半ば言いなりに近い状態です」


ヴェゼルは小さく眉をひそめた。なるほど。話が見えてきた。


キャシュカイは静かに続ける。


「このままでは、キャノピー王国もベルザ公国も先細りになっていくかもしれません」


それは王女としての率直な危機感だった。


だからこそ。二人はここへ送られてきた。


「そんな時でした」


キャシュカイの視線がヴェゼルへ向く。


「キャノピー王国でバルカン帝国のフリード卿とヴェゼル様のお名前が広まり始めたのは」


ヴェゼルは嫌な予感がした。経験上、こういう前振りは碌なことにならない。


案の定だった。


「軍事面では教国との戦いでの功績」

「商業面では次々と生み出される新商品」

「外交的では教国との繋がりと商業連合国との縁」


気付けばプロフィアまで苦笑していた。改めて並べられると大概である。


キャシュカイは申し訳なさそうに微笑んだ。そして正直に言う。


「父は考えたのでしょう。もしヴェゼル様と良好な関係を築ければ、キャノピー王国の助けになるかもしれない、と」


ヴェゼルは額を押さえた。やはりそういう話だった。


キャシュカイは慌てて続ける。


「もちろん父からは無理にどうこうしろという命令ではありませんし、私は利用しようとも思っておりません」


そこでキャシュカイは隣を見る。ニーヴァが露骨に視線を逸らした。


「ですが、それを聞いた叔父様が対抗意識を燃やしたんだと思います」


「うぅ……」ニーヴァが小さく唸る。


「キャノピーが行くならベルザも行く、と」


キャシュカイは苦笑した。


「その結果、ニーヴァも留学することになったのです」


「だ、だってお父様が絶対に行けって……」


ニーヴァが小声で言い訳する。


「しかもヴェゼル様はすごい人だから頑張れって……」


「だからあの格好だったのですか?」


思わずプロフィアが聞いた。ニーヴァの顔が一瞬で真っ赤になる。


「侍女たちが男性はこういうのが好きだって言ったんですもの!」


「誰だろうね、そんなこと言ったの」ヴェゼルが呟く。


「絶対に騙されてますね」プロフィアが即答した。


キャシュカイも深く頷いた。「私もそう思います」


ニーヴァは椅子の上で小さくなった。もう高飛車な令嬢の面影はない。ただの少し見栄っ張りな少女だった。


キャシュカイはそんな従妹を見て苦笑すると、改めてヴェゼルへ向き直る。


そして深く頭を下げた。


「ですので、本当に申し訳ありません。私たちには多少なりとも国の事情が絡んでおります」


真摯な声だった。そこに嘘はない。だが次の言葉には、それ以上の誠実さがあった。


「それでも私は、まずヴェゼル様という方を知りたいと思っております」


真っ直ぐな瞳だった。打算だけではない。


一人の人間として向き合おうとしているのが伝わってくる。


そしてキャシュカイは隣を見る。


「ニーヴァも、たぶん同じだと思います」


「たぶんじゃありませんわ!」


ニーヴァが慌てて顔を上げた。


「わたくしだって最初は命令でしたけど、今はちゃんと自分の意思ですわ!」


勢いよく言い切る。だが、その直後。


「……たぶん」小さく付け加えた。


一瞬の静寂。そして。ぷっ、とプロフィアが吹き出した。続いてキャシュカイが笑う。ヴェゼルも堪えきれなかった。


ニーヴァだけが頬を真っ赤にしながら抗議している。


だがその姿は、先ほどまでの高飛車な令嬢ではなく、ただの不器用で真っ直ぐな少女にしか見えなかった。


まだ、、登場人物が増えるんです。。あと数人。。


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