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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第682話 履修はどこでも大変だ

ガイダンスが終わると、生徒たちは一斉に大食堂へ流れ込んだ。


今日は午前中の顔合わせと履修説明だけで、午後から授業はない。そのため食堂には昼食を取るためというより、履修表と時間割表を前に頭を抱える新入生たちが溢れていた。


「何を取ればいいんだ……」「この授業とこの授業、時間が被ってるぞ」「単位、本当に足りるのか?」


そんな悲鳴にも似た声があちこちから聞こえてくる。


ヴェゼルたちも空いている大きな机を確保すると、早速履修表を広げた。


最初はヴェゼル、ダイナ、トレディア、プロフィア、それに妖精たちだけだった。


しかし、しばらくするとラングラー、コーティナ、カジャール、エストレヤ、フルフェンスも加わり、気付けば十人近い大所帯になっていた。


そして数分後。「……これはまずいな」


ヴェゼルが真顔で呟く。


隣ではダイナが早くも椅子に背を預けていた。


「私は諦めたわ」


「早いよ」


「面倒なものは無理」堂々と言い切られ、ヴェゼルは苦笑するしかなかった。


一方、向かい側ではプロフィアとトレディアが真剣な顔で時間割を見比べている。


「こちらの授業は二年生でも受講できますね」


「でしたら一年目は必修を優先した方が良さそうです」


「ええ、私もそう思います」


二人は驚くほど話が合うらしく、そこへ自然とコーティナも加わって、三人で着々と履修計画を組み立て始めていた。


その横ではラングラーが履修表を睨みながら唸っている。


「思ったより大変だな」


「ああ……かなりな」


ヴェゼルも同意する。試験や魔法の訓練ならともかく、時間割の組み立てというのは別方向に頭を使うらしい。


そんな人間たちをよそに、妖精たちは実に自由だった。


サクラはヴェゼルの胸ポケットから履修表を覗き込んでいたが、ものの数秒で興味を失ったらしい。


「まだ終わらないの?」


「終わらないよ」


「ご飯食べたい」


「俺も食べたい」


「じゃあ早く終わらせて」無茶な要求だった。


対照的にジャスティは真面目である。履修表の上を歩き回りながら、次々と授業名を指差していた。


「ヴェゼルさん、魔法理論学は受講すべきです」


「時間が被ってる」


「では精霊学を」


「それも被ってる」


「そんな……」本気で落ち込んでいる。


その後も古代魔法史だの聖霊学だの魔法構築理論だのを勧め続けていたが、気付けば昼休みはかなり過ぎていた。幸い今日はこれ以上授業がないため、皆まだ履修表と格闘を続けている。


ふと顔を上げたヴェゼルは、ルーミーの姿が見当たらないことに気付いた。


探してみると、いつの間にかエストレヤの肩にちょこんと座っている。


エストレヤは背筋を伸ばしたまま履修表を読んでいた。紙をめくる所作ひとつ取っても美しく、自然と育ちの良さが滲み出ている。


ルーミーはそんな様子を興味深そうに眺めていた。


「ルーミーちゃん?」


エストレヤが優しく声を掛けると、ルーミーは少し照れたように羽を揺らす。そのまま離れる気配はない。どうやら気に入ったらしかった。


一方でタンクは、いつの間にかフルフェンスの肩へ移動していた。


理由は単純である。


フルフェンスには妖精がいない。つまり食事の取り分が増える。


実にタンクらしい発想だった。


その近くではトールがコーティナの周囲をうろうろしている。近付こうとしては離れ、離れてはまた近付く。


本人は隠しているつもりなのだろうが、傍から見ると完全に挙動不審だった。


そんな賑やかな時間を過ごしていると、一人の青年が近付いてきた。


「やあ」シェルパだった。


二学年上の先輩の登場に、皆が一斉に顔を上げる。


「お兄様! 助けてください!」


真っ先に悲鳴を上げたのはエストレヤだった。


「やっぱりそうなるよね」


シェルパは苦笑しながら履修表を受け取り、全員分の時間割へ目を通していく。


「基本だけど、一年生のうちに必修を片付けておくと後が楽だよ。最初の試験で合格できれば出席しなくてもいい授業もあるから、その分ほかの科目に時間を回せるしね」


その助言に全員の表情が引き締まる。


さらに貴族籍に必要な授業、単位を取りやすい講義、有名な鬼講義まで教えてもらい、ようやく履修表も形になり始めた。


そんな中、ダイナが迷いなく武術学の欄へ印を付ける。


「私は武術学を取るわ」


そして当然のようにヴェゼルを見る。


「ヴェゼルくん、付き合ってね」


「なんで?」


「強いから」即答だった。


「あ、それなら俺も参加したいな」ラングラーが乗ってくる。


「俺もだ」フルフェンスまで続いた。


ヴェゼルは額を押さえた。


「別に俺じゃなくてもいいだろう……」


だが三人とも聞いていない。すでに誰が一番先にヴェゼルへ挑むかという話になっていた。


結局、シェルパの助言を受けながら履修登録を終えた頃には、昼もかなり過ぎていたのだった。




そして限界だったのは妖精たちだった。


履修表と時間割表を前に、人間たちが頭を悩ませ続けている横で、サクラはとうとう机に突っ伏してしまった。羽をだらりと垂らし、今にも力尽きそうな顔をしている。


「昼食はまだ? もう無理よ……」


今日だけで何度目か分からない訴えだった。


「さっきも聞いたよ」


ヴェゼルが苦笑すると、サクラは恨めしそうな目を向ける。


その隣ではジャスティまで羽をしょんぼりと下げていた。


「お腹が空きました……。考えるのは体力を使うのです」


どうやら履修登録は妖精たちにとって相当な重労働らしい。


さらにタンクまで机に頬杖をついていた。


「肉」


「タンクは最初から何も考えてなかっただろ」


「でも肉」完全に思考が停止している。


その様子がおかしくて、ヴェゼルは思わず笑った。


「分かった分かった。先に昼食にしようか」


その瞬間、妖精たちは一斉に飛び上がった。さっきまでの疲れ切った様子が嘘のようである。


皆で席を立ち、大食堂の配膳列へ向かう。広い食堂には焼いた肉や魚料理、香草の香る煮込み料理、焼き立てのパン、果物や温かなスープなどが並び、生徒たちで賑わっていた。


妖精たちは目を輝かせながら料理を見回している。


特にサクラは完全に食べ物しか見えていなかった。


「あれ取って」


「どれ?」


「あれよ」指差す先は毎回違うし、本人も説明する気がない。結局、ヴェゼルは呆れながらも適当に皿へ料理を盛っていった。


その近くではトールが相変わらずコーティナの周囲をうろうろしていた。


近づいては離れ、離れてはまた近づく。本人は自然を装っているつもりなのだろうが、見ている方には丸分かりだった。


くすりと笑ったコーティナが声を掛ける。


「トールちゃん、一緒に食べる?」


トールは驚いたように羽を止めた。


「嫌だった?」


「ち、違う!」


慌てて首を振り、おずおずと肩へ降り立つ。


そんな様子を微笑ましく見ながら、コーティナは果実の砂糖煮や焼き菓子を皿へ載せてやった。


「甘いものが好きなんでしょう?」


「う、うん……ありがとう」


トールは少し照れたように礼を言う。普段よりずっと大人しかった。


一方でフルフェンスの隣では、タンクが次々と料理を要求していた。


あれも欲しい、これも欲しいと指差し続けるタンクに、フルフェンスも面白がって付き合っている。


「お前、そんなに食えるのか?」


「育ち盛りだから」


「妖精も育つのか?」


「たぶんね…」


まったく根拠のなさそうな返事だったが、妙に息は合っていた。


そして二人が同時に固まったのは、席へ戻ったトレディアを見た時だった。


彼女の盆には料理が山のように積まれている。


肉も魚もパンも果物もたっぷりだ。どう見ても大人の男性三人分はありそうだった。


「すごい」「すごいな」


思わず感想まで一致する。トレディアは顔を真っ赤にした。


「わ、私……食べるのが好きなので……」


恥ずかしそうに俯くが、その後は小さく手を合わせて幸せそうに食事を始めた。


食べることが本当に好きなのだろう。その様子はむしろ微笑ましかった。


やがて全員が席へ戻る。


ヴェゼルの左にはいつものようにプロフィアが座り、右には当然のようにダイナが陣取った。


そして食べ始める前から、ダイナは剣の話を始める。


今日の放課後はどうか、明日はどうか、それが駄目なら明後日はどうか。


ヴェゼルはそのたびに断るのだが、ダイナはまるで諦める気がない。


そこへラングラーまで加わり、さらにカジャールまで興味を示したことで、気付けば模擬戦希望者が三人に増えていた。


「増えたな……」


ヴェゼルは額を押さえる。なぜこうも戦いたがる者ばかり集まるのだろう。


その向かい側では、プロフィア、トレディア、コーティナの三人が学院生活について話していた。


授業のこと、将来のこと、課外活動のこと。比較的真面目な話題が中心である。


もっとも、コーティナだけは途中から何度もトレディアの皿へ視線を向けていた。


あまりにも量が多いので気になるらしい。


「……本当に全部食べるの?」


「はい」迷いのない返事だった。


コーティナは素直に感心し、トレディアは少し照れながらも嬉しそうに笑う。


その横ではトールが焼き菓子を齧りながら話を聞いていた。


先ほどまでの落ち着きのなさが嘘のようである。気付けば食卓は自然と笑い声に包まれていた。


妖精たちもすっかり満足したらしい。


サクラなど途中で満腹になり、「もう食べた」とだけ告げると、そのままヴェゼルの胸ポケットへ潜り込んでしまった。


数分もすると、小さな寝息まで聞こえてくる。


「早いな……」ヴェゼルは苦笑した。


食事を終えた後は、それぞれ温かな茶を手に一息つく。


まだ授業すら始まっていない学院生活の初日だというのに、気付けば周囲には仲間がいて、妖精たちがいて、絶えず笑い声があった。


ヴェゼルは立ち上る湯気を眺めながら静かに茶を口へ運んだ。


これから先、忙しくなることは間違いないだろう。


だが少なくとも、退屈とは無縁の学院生活になりそうだった。

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