第681話 一年五組とガイダンス
そして入学式が終わると、生徒たちは各クラスごとに分かれて移動を始めた。
ヴェゼル、トレディア、ダイナ、プロフィアの四人も案内に従い、五組の教室へ向かう。
もっとも教室と言っても、普通の教室ではない。五百人近くを収容できる中講堂だった。
すでに半分以上の生徒が席についており、あちこちで自己紹介や雑談が始まっている。一クラス五百人という規模だけあって、室内はかなり騒がしかった。
だが、ヴェゼルたちが正面右側の入口から入った瞬間だけ、その喧騒がわずかに止まる。
ヴェゼルの肩や頭にはサクラ、ジャスティ、ルーミーが乗っている。プロフィアの肩にはトールとタントがいた。
さらにグロム獣王国の王女であるダイナもいる。トレディアについては少し事情が違うようだ。ビート・ドワーフ王国の王女ではあるのだが、そのことを知る者はまだ多くはなさそうだった。
そして、そこに試験会場や入学式前に何かと騒動を起こしたヴェゼル本人がいる。
気付いた生徒たちが次々と振り返った。
「ビック家だ」「妖精がいるぞ」「本物か……」「あれ、獣王国の王女じゃないか?」
そんな囁きが広がる。もっとも、それも長くは続かなかった。すぐに講堂は元の喧騒を取り戻す。
その時だった。
一人の少年が人混みをかき分けるように駆け寄ってきた。目を輝かせながら一直線にヴェゼルの前まで来る。
そして。「ヴェゼル様!」周囲がぎょっとする中、その少年は恭しく片膝をついた。
さらにヴェゼルの手を取り、その甲を額へ当てる。まるで騎士が主君へ忠誠を誓うような仕草だった。
ヴェゼルはぽかんとする。周囲も同じだった。
少年はそんな視線など意にも介さず、感激したような顔で言う。
「ついに! ついにご一緒に学べるようになりました!」
一瞬、誰だったか分からなかった。だが顔を見ているうちに記憶が繋がる。
「あれ……もしかしてロンシャン君?」
少年の顔がぱっと明るくなった。
「覚えていてくださったんですね!」
ヴェゼルも思わず笑う。ヴァンガード辺境伯領で開かれた魔法競技会で出会った少年だった。
「久しぶりだね」
「はい!」ロンシャンは元気よく頷いた。
そして次の瞬間、ヴェゼルの肩のサクラや周囲の妖精たちを見て、さらに目を輝かせる。
「やっぱり間違っていませんでした! こんなにも妖精に愛されているなんて! やはり神の使徒様です!」
「違うからね?」即座に否定する。
だがロンシャンは微塵も信じていない顔だった。
ヴェゼルは早々に説得を諦める。
「それより敬語やめなよ。前みたいに普通に話してくれた方が話しやすいよ」
ロンシャンははっとした顔になる。そして慌てて咳払いした。
「わ、分かった。今日からよろしく、ヴェゼルさん」
「うん、よろしく」ようやく普通の会話になった。
ヴェゼルは周囲へ向き直る。
「みんな、紹介するね。ヴァンガード領出身のロンシャン君だ」
トレディア、ダイナ、プロフィアも順番に挨拶する。サクラたち妖精も負けじと自己紹介を始めた。
ロンシャンは少し圧倒されながらも嬉しそうに頭を下げる。
「よろしくお願いします。僕、普段はナディア様の従者をしてるから、授業中くらいしか会えないと思うけど、仲良くしてくれると嬉しいです」
「ナディア様?」ヴェゼルが首を傾げた。
「ヴァンガード辺境伯家のご令嬢で――あ」
そこまで言った瞬間、ロンシャンが固まる。気まずそうに視線を逸らした。
「あ……そういえばヴェゼルさんとヴァンガード家って……」
その反応だけで十分だった。ヴェゼルは苦笑する。
「一学年上にエルティガがいるんだっけ? 妹もいたはずだけど、それがナディアさん?」
ロンシャンは小さく頷いた。
「そうです。ナディア様は僕たちと同じ学年です」
トレディアとダイナは事情を知らないらしい。二人が揃って首を傾げる。
代わりにプロフィアが説明した。
「ヴァンガード家とビック家は少々因縁があるんです。四年前に色々ありまして、当時の嫡男だった方が今の辺境伯を継いだと聞いています」
「少々?」ダイナが面白そうに聞き返した。
プロフィアは涼しい顔のまま答える。
「詳しく話すと長くなりますので」
その一言で終わらせた。ヴェゼルは苦笑しながら肩を竦める。
「まあ、家同士の話は家同士の話だよ」
そしてロンシャンへ手を差し出した。
「同じクラスになれて嬉しいよ。改めてよろしくね」
ロンシャンは少し驚いたように目を見開く。それから嬉しそうにその手を握った。
「うん。よろしくね。ヴェゼルさん」
だが握手したまま、何故かヴェゼルの顔をじっと見つめている。
「……どうしたの?」
ロンシャンは真剣な顔だった。
「前から思ってたんだけど、怒らないで聞いてね?」
「うん? 嫌な予感しかしないな……」
ヴェゼルが苦笑する。ロンシャンは少しだけ躊躇った後、意を決したように口を開いた。
「ヴェゼルさんって、本当に男だよね?」
その瞬間、周囲が妙に静かになった。聞き耳を立てていたらしい。
ヴェゼルは苦笑しながら頷く。「男だよ」
ロンシャンは感心したように息を吐いた。
「前から思ってたけど、本当に女の子みたいだね」
その言葉に周囲からも同意するような声が漏れる。
「確かに綺麗な顔してるよな」「下手な貴族令嬢より可愛いかも」「妖精と並んでも違和感ないし……」
ヴェゼルは額を押さえながらため息を吐く。入学初日だというのに、どうしてこうなるのだろう。
そんなことを考える彼の肩の上で、サクラだけは楽しそうに笑っていた。
だが、その時だった。前方の入口が開く。
二人の教師が姿を現した。先頭を歩いているのは、入学試験で魔法の試験官を務めていた男だった。
確か名前はスピリアだったか。がっしりした体格に豪快な雰囲気を纏った男で、歩くだけで妙な存在感がある。
その後ろには一人の女性が続いていた。長い茶髪を無造作に垂らし、分厚い眼鏡を掛けている。
白衣こそ着ていないが、研究室からそのまま引っ張り出されてきたと言われても納得できそうな人物だった。
両腕には大量の書類が抱えられている。
スピリアは教壇へ上がるなり大声を張り上げた。
「おーい、席につけー! そして注目しろー! 今から俺たちの紹介とガイダンスを始めるぞ!」
よく通る声だった。その一声だけで講堂中の視線が集まる。雑談していた生徒たちも慌てて席へ戻り始めた。
スピリアは満足そうに頷く。
「よし。俺は一年五組の担任を務めるスピリアだ。魔法試験の試験官をやっていたから顔を知っている奴もいるだろう。担当は魔法実技だ。よろしくな」
軽く手を挙げる。そして後ろの女性を親指で示した。
「んで、こっちが副担任のベルエア・レヴェントン女史。俺が魔法実技やら全体を担当して、ベルエア女史は魔法学と錬金学を担当する」
全員の視線がベルエアへ集まった。ベルエアはびくりと肩を震わせる。そして恐る恐る前へ出た。
「べ、ベルエアです……よ、よろしくお願いします……」
ぺこり。深く頭を下げる。声は驚くほど小さかった。五百人近い生徒の前で話しているとは思えないほど頼りない。
生徒たちの間から微妙な空気が流れる。
「聞こえた?」「いや、半分くらい……」
そんな囁きまで聞こえてきた。だがスピリアは慣れたものらしい。
まるで気にした様子もない。
「よし。じゃあガイダンス始めるぞ」
そう言って教壇を軽く叩いた。こうしてヴェゼルたちの学院生活最初のホームルーム兼ガイダンスが始まった。
説明を聞き始めてすぐ、ヴェゼルは納得する。学院の制度が前世の大学とかなり似ていたからだ。
必修科目があり、それとは別に自分で授業を選択する。そして年間で定められた単位を取得すれば進級できる。
最終的に三年間で必要な単位を満たせば卒業だ。もっとも、三年というのはあくまで標準でしかない。
早く必要単位を揃えれば、その時点で卒業することも可能らしい。
そこでヴェゼルは母の話を思い出した。確かオデッセイは、この学院をわずか一年で卒業している。当時聞いた時は驚いたが、制度を聞けば確かに不可能ではなかった。
もっとも。(俺には無理だな)
ヴェゼルは内心で苦笑する。
事前に家族とも相談した結果、ヴェゼルもプロフィアも三年間しっかり学院へ通う予定になっていた。
急いで卒業する理由もない。せっかくの学院生活なのだから、じっくり学ぶ方が良いという結論だった。
説明は続く。課外活動への所属は必須。部活動のようなもので、複数掛け持ちも可能。
さらに貴族家を継ぐ予定の者には専用の必修科目まで存在するらしい。そこはさすが帝国最高峰の教育機関だった。
そして面白かったのは、その必修単位についてだった。
貴族そのものは家の継承によって爵位を得られる。学院を卒業していなくても貴族にはなれる。
だが二十歳を過ぎても必要単位を取得できなかった場合、貴族籍そのものを剥奪されるのだという。
講堂のあちこちから小さなどよめきが起きた。かなり重い制度である。
スピリアは笑いながら言った。
「だから遊びすぎるなよー。卒業できなくて泣いた貴族なんて昔からいくらでもいるからな」
その言葉に何人かの貴族子弟が顔を引き攣らせた。
さらに説明は続く。一年五組についてだった。スピリアは講堂を見渡す。
「一応お前らは同じクラスってことになってるがな。実際に全員が集まる機会はほとんど無い」
五百人近い人数なのだ。当然と言えば当然だった。
ガイダンス。学院行事。年に数回の全体集会。そして卒業式。
それ以外は授業ごとに教室も違えば顔ぶれも違う。卒業まで一度も話したことのない同級生も珍しくないという。
「だからな、人との縁は大事にしろ」
スピリアは少し真面目な顔になった。講堂が静かになる。
「貴族になる奴もいる。騎士になる奴もいる。官僚になる奴もいる。魔法省へ行く奴もいる」
そこで肩を竦めた。
「だが、どんな道へ進んでも結局は人間関係だ。学院でできた縁が、十年後、二十年後にお前らを助けることもある」
その言葉には妙な説得力があった。
「この学院で得られる一番の財産は知識だけじゃない。人との繋がりだ」
だから課外活動にも参加しろ。学院行事にも顔を出せ。色々な人間と話せ。
それがスピリアの結論だった。
そして最後に、生徒会についての説明へ移る。
これがまた予想以上に権力を持つ組織だった。
学院内の規則。各種予算。行事の運営。生徒会はその多くに発言権を持つらしい。
会長は生徒と教師による選挙で選ばれる。さらに立候補者は事前に副会長や役員候補まで公開しなければならないという。まるで小さな国家だった。
スピリアが笑う。
「歴代の生徒会役員は卒業後も人気だぞ。家格なんて関係ない。高位貴族だろうが平民だろうが、生徒会で結果を出した奴は引く手あまただ」
官僚。騎士団。魔法省。大商会。あらゆる場所が欲しがるらしい。
その話を聞きながらヴェゼルは思う。この学院は単なる学校ではない。
未来の帝国を動かす人材を育てるための、小さな社会そのものなのだと。
あー、学院紹介で終わりました。orz。




