第674話 新たな出会い01
翌朝、ヴェゼルは金冠館を出て銀翼館へと向かっていた。
入学前は知らなかったが、この学園の寮には明確な区分が存在するようだ。
最も人数が多いのが白樺館と呼ばれる無料の一般寮だ。平民や下級貴族が主に暮らしている。
その次が銀翼館。こちらは有料寮であり、中流以上の貴族や裕福な商人の子弟が利用する。
そして最後が金冠館である。
王族や公爵家、伯爵家をはじめとした高位貴族、あるいは学園が特別に認めた者だけが入寮を許される特別寮であり、ヴェゼルもそこへ割り当てられていた。
もっとも、寮が違うからといって生活が完全に分かれるわけではない。
授業も食堂も通常は共通であり、生徒同士の交流はむしろ積極的に行われているようだった。そのため二人は朝に、銀翼館の中央エントランスで待ち合わせることにしていた。
銀翼館は男子寮と女子寮が左右に分かれて建てられている。
入口を入れば左が男子寮、右が女子寮。そしてその中央には大きな吹き抜けのエントランスが設けられていた。
朝日が高窓から差し込み、磨き上げられた床を明るく照らしている。
まだ早い時間にもかかわらず、既に何人もの生徒が行き交い、新しい学園生活の始まりを感じさせていた。
昨日入寮したばかりのヴェゼルとプロフィアも、まずは学園の大食堂を見てみようという話になっている。
無料で利用できると聞いているが、どのような料理が出るのかはまだ知らない。
そんな期待を抱きながら、ヴェゼルは待ち合わせ場所へと足を進め、プロフィアと合流した。
すると、エントランスの隅で落ち着かない様子の少女が一人立っているのが目に入る。
淡い茶色の髪を後ろで太く布を一本で編み込み、身長はヴェゼルの肩ほどしかない。周囲をきょろきょろと見回しながら、何度も口を開いては閉じていた。
明らかに困っているようだ。
ヴェゼルとプロフィアは顔を見合わせ、その少女へ歩み寄った。
「どうしたの?」
ヴェゼルが声を掛けると、少女はびくりと肩を震わせた。
「あ、あの……昨日入寮したんですが……朝食を食べようと思ったんですけど、その……大食堂の場所が分からなくて……」
消え入りそうな声だった。
プロフィアが優しく微笑む。
「私たちもちょうど朝食を食べに行くところなのです。よろしければご一緒しませんか?」
少女はぱっと顔を上げた。「い、いいんですか?」
「もちろんですよ」
少女はほっとしたように何度も頷いた。
こうして三人は連れ立って食堂へ向かう。
大食堂は想像以上に広かった。高い天井に長いテーブルが整然と並び、朝から多くの生徒で賑わっている。
入口脇には利用方法が記された案内板が置かれていた。どうやらお盆を持ち、列に沿って進みながら料理を受け取っていく形式らしい。
三人も列へ加わった。
ヴェゼルはお盆を持ちながら列を進み、パンにサラダ、温かなスープ、それから肉料理を選ぼうとする。
昨日の入寮の疲れもあったため、少し多めに盛ってもらおうかと思った、その時だった。
ふと脳裏にある存在たちが浮かぶ。
「……あ」思わず足を止めた。
その様子にプロフィアが首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、忘れるところだった」
ヴェゼルは苦笑した。
「俺たち、もう少し多めに盛ってもらった方が良さそうだね」
一瞬だけ考えたプロフィアだったが、すぐに意味を理解する。
「ああ……そうでしたね」
思わず二人で苦笑いした。
妖精たちである。今はバッグとポケットに入っていて姿を見せていないが、食事時になれば間違いなく現れる。
しかも食べる量は決して少なくない。
ヴェゼルは追加でパンと肉を盛ってもらい、プロフィアも同じように料理を増やした。
さらに空の小皿と予備のカトラリーも受け取る。
配給係の女性は少し不思議そうな顔をしていたが、特に何も言わなかった。
そうして二人もそれなりの量を確保したのだが――。
後ろにいた少女はさらに上を行った。
「あ、あの……もっと大盛りでお願いします」
配給係へ遠慮がちに声を掛ける。
次の料理でも。
「あの……こちらも大盛りで……」
さらに次でも。
「こ、こちらもお願いします……」
気付けば皿という皿が山盛りになっていた。
肉。パン。野菜。スープ。どれもたっぷりと盛られている。
その量は、どう控えめに見積もっても普段のプロフィアの三食分ほどはありそうだった。
少女は視線を落とし、恥ずかしそうに頬を赤くする。
「その……私、よく食べるので……」
「すごいですね」
プロフィアは素直に感心していた。
だが少女の方もまた、ヴェゼルたちのお盆を見て少し驚いたようだった。
「お二人も結構たくさん盛ってもらったのですね。それに、お皿やカトラリーまで……」
ヴェゼルとプロフィアは顔を見合わせる。
そして揃って苦笑した。
「まあ、その理由はすぐ分かると思うよ」
「え?」
少女が不思議そうな顔をする中、三人は空いている席へ腰を下ろした。
挨拶でもしようかという空気になった、その時だった。
「朝食ですね! おはようございます!」「お腹が減ってたんだー!」「いっぱいですね!」「おにくー!」
ヴェゼルの鞄から土の妖精たちが次々と飛び出した。
さらに胸ポケットからはサクラが半分だけ顔を出す。
「……眠い」
欠伸混じりに呟きながら、ぼんやりと辺りを見回した。
少女は完全に固まっていた。
「よ、妖精さんが……こんなに……?」
目をぱちぱちと瞬かせる。
そして次の瞬間、何かに気付いたように息を呑んだ。
「も、もしかして……あなたは、ビック家の……あの……ヴェゼルさんですか?」
ヴェゼルは苦笑した。
「”あの”が、何を指してるのかは分からないけど、俺がヴェゼルだよ」
すると少女は慌てて立ち上がりそうになるほど勢いよく頭を下げた。
「あ、あの! 私、ビート・ドワーフ王国出身のトレディアと申します! よろしくお願いします!」
緊張しながらも、その声には明らかな喜びが混じっている。
「ビック家が販売している魔道具、どれも本当に凄くて……! 毎回驚かされてばかりなんです! 一度お会いしてみたいと思っていました!」
そう語る瞳はきらきらと輝いていた。
その時だった。背後から大きな影が差した。
「お、そこにいるのはトレディアではないか!」
よく通る快活な声が響く。
ヴェゼルたちが振り返ると、そこには猫耳をぴんと立てた少女が立っていた。
燃えるような赤髪を後ろで束ね、身長はヴェゼルより頭一つ大きい。肩幅も広く、年齢は同じくらいのはずなのに妙な威圧感があった。
何より立ち姿そのものが堂々としている。
トレディアの表情がぱっと明るくなった。
「あ! ダイナさん!」
どうやら知り合いらしい。
少女――ダイナは豪快に笑うと、空いている席を指差した。
「ここ、座っても構わないかね?」
「どうぞ」
ヴェゼルが答えると、ダイナは遠慮なく腰を下ろした。
そして胸を張る。
「私はグロム獣王国のダイナ・スモーグランデだ。よろしく頼むよ」
「俺はヴェゼル・パロ・ビックです」
ヴェゼルは軽く会釈し、隣の少女へ視線を向ける。
「こちらは、うちの領のプロフィア・モンデアリです」
「よろしくお願いいたします」
プロフィアも丁寧に頭を下げた。
挨拶が終わった瞬間だった。
ダイナの目がきらりと輝く。
「ほう! 君があのビック家の嫡男か!」
彼女の視線はヴェゼルだけでなく、テーブルの上を飛び回る妖精たちへ向いていた。
「妖精を従えているとは聞いていたが、これほどとはな。しかも皆ずいぶん元気だ」
妖精たちは既に好き勝手に食事を始めている。
ダイナは愉快そうに笑った。
「初めて見たよ。実に面白いね」
そして改めてヴェゼルを見る。
「しかし君は噂と少し印象が違うな。もっと厳つい男を想像していた。だが実際は随分と整った顔立ちだ。正直、女の子かと思ったくらいだよ」
その言葉にプロフィアの眉がぴくりと動いた。だがダイナは全く悪気がないらしい。
「だが強いとも聞いている。この帝国の騎士団や魔法省の連中ですら一目置いているとか」
そして勢いよく身を乗り出した。
「ぜひ私と試合をしてくれないか! この後どうだい!」
あまりにも唐突だった。
ヴェゼルは思わず苦笑する。
「今日はこの後予定があるので」
「そうか」ダイナは腕を組んだ。
しかし諦める様子はない。
「では明日はどうだい?」
「予定を確認してからですね」
「明後日は?」
「まだ分かりません」
「その次は?」
「まだ先の話ですね」
「ふむ……」
食い下がるダイナに、ヴェゼルは困ったような笑みを浮かべるしかなかった。
見かねたプロフィアが自然に話題を変える。
「お二人はお知り合いなのですか?」
ダイナは頷いた。
「ああ、国は違うのだがね。幼い頃から何度か顔を合わせる機会があったんだ」
そう言いながら隣のトレディアを見る。
「今朝も朝食に誘おうと思っていたのだが、部屋へ行った時には既にいなくてな」
「す、すみません……」
「別に謝ることではないさ」
ダイナは笑った。
「トレディアは少々引っ込み思案でね。なかなか友人を作れないんだよ」
当の本人は耳まで赤くなりながら肩を縮める。
「わ、私も頑張っているんですが……」
「知っているとも。だが私も人のことは言えない。女の子同士で集まってお喋りするのは昔から苦手でね」
ダイナは豪快に笑った。
片や大柄で豪快な獣人の少女。片や小柄で引っ込み思案な少女。
見た目も性格も正反対だったが、だからこそ気が合うのかもしれない。
朝の食堂は多くの生徒たちの声で賑わっていた。
その喧騒の中で、ヴェゼルは入学初日の朝にして、また新たな同級生たちとの縁を得ていた。
しかも今度は、一目見ただけで普通ではないと分かるほど個性的な二人である。
この学園生活も、どうやら退屈とは無縁になりそうだった。




