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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第667話 試験日08

学院の中は、まだ遠くでざわめいている。怒号。悲鳴。慌ただしく走る足音。教師たちの怒鳴り声。


石造りの廊下へ反響したそれらの音は、試験場からかなり離れた今でも、どこか現実味のない余韻として微かに届いてきていた。


そしてヴェゼルとプロフィアは、門の間際に設けられた控え室へ戻ると、ようやく試験場の異様な空気から離れられた気がした。


控え室は、本来なら受験生の従者や付き添いが待機したり、主を待ちながら休息を取るための簡素な部屋だった。


壁際には木製の長椅子が並び、中央には茶器の置かれた小机がいくつか配置されている。


窓の向こうには学院の外門が見え、そこから差し込む夕方の光が、室内の石床を淡く照らしていた。だが今、その部屋に落ち着いた空気など欠片も残っていない。


受験生たちは付き添いの者たちとひそひそ声で話し合い、従者たちもどこか浮き足立っている。


誰もが平静を装ってはいるが、学院の奥で起きている異変を察しているのだろう。不安げな視線が何度も入口や窓の外へ向いていた。


そんな中、ヴェゼルたちが室内へ入った瞬間だった。


「ヴェゼルさん! どうだったのですか!?」真っ先に駆け寄ってきたのはアプローズだった。


ほとんど抱きつく勢いだった。瞳がきらきらと輝いている。純粋に結果を楽しみにしていたのだろう。


その後ろからは、トレノも腕を組みながらゆっくり歩いてくる。こちらは落ち着いた顔をしていたが、目だけは隠しきれない好奇心を宿していた。


ヴェゼルはそんな二人を見て、どこか疲れたように苦笑する。


その横で、代わりにプロフィアが口を開いた。


「たぶん、筆記試験は二人ともほぼ満点だと思いますが……」


そこで、少しだけ言葉を濁す。


アプローズが首を傾げた。


「が?」


プロフィアは、なんとも言えない顔で視線を逸らした。


「魔法の方は私はまぁまぁでしたが、ヴェゼルさんが、ちょっと頑張りすぎて壁を壊してしまいまして」


その瞬間、アプローズの声が裏返る。


「えぇっ!? 壁を!? すごいです! あそこの試験用訓練場って、衝撃吸収術式と防御結界で強化されてるって聞きましたよ!? 一部はミスリル製とも……!」


興奮したように身を乗り出す。「さすがヴェゼルさんです!」


純粋に尊敬している顔だった。


ヴェゼルは「いや、あれはちょっと事故というか……」と曖昧に笑うが、アプローズはまったく聞いていない。


その横で、トレノが静かに尋ねた。


「……では、剣と槍の試験はどうだったんですか?」


その瞬間だった。ヴェゼルとプロフィアが、ほぼ同時に微妙な顔をした。



ほんの僅かに視線が泳ぐ。トレノの片眉がぴくりと動いた。


――またか。そんな空気が、一瞬で漂う。


すると、ちょうどそのタイミングだった。


控え室の扉が勢いよく開かれ、数人の受験生たちが興奮した様子で飛び込んでくる。


貴族子弟らしい少年が、顔を真っ赤にしながら従者へ向かってまくし立てていた。


「大変だったぞ!! 魔法試験は途中で中止になったらしい! しかも剣術試験場に第三騎士団が乱入して、死人まで出たんだ!!」


その言葉に、控え室全体がざわつく。あちこちで息を呑む音がした。


少年は興奮冷めやらぬ様子でさらに続ける。


「しかもだ! 第三騎士団の騎士たち数十人が、一瞬で戦闘不能になったらしいぞ! なんか突然、指が吹き飛んだとか――」


そこで、ヴェゼルとプロフィアが、すっと視線を逸らした。


絶妙に噛み合わない沈黙。あまりにも分かりやすかった。


アプローズとトレノが、その反応を見て察する。


――また何かやったのだ、と。


ヴェゼルが、こほんと咳払いする。


「……じゃ、じゃあ、そろそろ行こうか」


妙に早口だった。そのまま踵を返し、そそくさと出口へ向かう。


プロフィアも何も言わず、その後ろへ続いた。


残されたアプローズとトレノは、顔を見合わせる。そして同時に、深いため息を吐いた。


もはや慣れ始めている自分たちが嫌になる。


二人の主人であるヴェゼルは、本来は温厚なのだ。領民にも優しい。家族思いで、無闇に他人を傷つけることもない。

むしろ、人よりずっと我慢強い方だとすら思う。



だが、なぜか厄介事の方から突っ込んでくる。しかも毎回、規模がおかしかった。



普通なら年齢相応の子供同士の喧嘩か、せいぜい貴族間の小競り合いで終わるような話が、なぜか騎士団単位になり、国家規模へ膨れ上がり、最終的には大惨事になる。


特に、家族や領民を侮辱された時のヴェゼルは、もはや埒外だった。


普段は理性で抑えている分、そこだけは見事なほど常識と理性の線が切れる。


トレノとしては、領主家の嫡男が領民を大切にすること自体は誇らしい。


アプローズも同じ気持ちだった。だが、限度というものがある。



「……毎回、相手が国とか騎士団なの、なんとかならないんですかね」


トレノがぼそりと呟く。


「ならないんでしょうね……」アプローズは即答した。


二人は再びため息を吐き、先を歩いていくヴェゼルたちの後を追う。


学院の外へ出ると、夕方の冷たい風が頬を撫でた。だが、その空気さえ、どこか慌ただしい。


学院の周囲には既に人だかりができ始めており、何事かと様子を窺う貴族たちや従者たちが門の周囲へ集まっていた。


遠くでは兵士たちが慌ただしく駆け回っているのも見える。


普段なら格式と静謐を保っているはずの帝都学院が、今はまるで、何か大きな事件の中心地になってしまったかのようだった。




そんな中だった。石畳を激しく叩く馬蹄の音が響く。


数台の護衛騎馬を従えた豪華な馬車が、勢いよく学院正門前へ滑り込んできた。


周囲がどよめく。ひと目で、尋常な身分の者ではないと分かる馬車だった。


深い塗装の車体には金と銀細工が施され、扉には由緒ある公爵家の紋章。


窓枠には魔術加工された硝子が使われ、車輪にすら装飾が施されている。


ただ豪華なだけではない。あれは、“本物の権力者”の馬車だ。


馬車が止まるや否や、従者が素早く降りてきて、護衛が素早く周囲を警戒する。


そして扉が開いた。


そこから降りてきたのは、一人の壮年の男性だった。


髪を後ろへ流し、年齢を感じさせながらも背筋は真っ直ぐ伸びている。


纏う外套も上質だったが、それ以上に目を引くのは、その男自身が持つ威圧感だった。


男は騒然とした学院や駆け回る兵士たち、門前でざわめく貴族たちを鋭く見渡した。


騒然とした学院。兵士たち。ざわめく貴族たち。


そして。


ヴェゼルを見つけた瞬間、その表情が僅かに引き攣った。


男はそのまま早足で近づいてくる。そしてヴェゼルの前で立ち止まった。


「ヴェゼル殿……また帝国の者と揉めたのか……」


そこまで言って、言葉が止まる。途中で諦めたような顔だった。


その男性を見た瞬間、アプローズが息を呑む。


「……ベントレー公爵様」


その名に、トレノとプロフィアが反射的に礼を取ろうとした。だが、ベントレー公爵は軽く手を上げて制する。


「形式は後だ。とりあえず、全員私の馬車へ乗ってくれ」


声音は落ち着いていた。だが、僅かに疲労が滲んでいる。


「このまま私の屋敷へ向かう。……まず、話をしなければならんだろう」


その瞬間。


トレノの目が鋭くなる。自然と半歩だけ前へ出た。


護衛としての警戒だった。だがヴェゼルは、静かに首を振る。


「大丈夫。トレノ、安心して。ベントレー公爵様は信用できるから」


その言葉に、トレノは数秒だけ公爵を見つめ、やがて深く頷いた。


「……承知しました」


そうして一行は馬車へ向かう。


トレノは公爵家の護衛と短く言葉を交わした後、馬車後方の足場へ移動した。貴族用馬車に随伴する、護衛兼従者――フットマンの立ち位置だ。


足場へ片手で掴まりながら、周囲へ鋭い視線を向ける。


護衛たちも、トレノの動きを見て実力者だと理解したのか、余計な口は挟まなかった。


やがて馬車の扉が閉まる。


重厚な音。直後、御者が手綱を鳴らした。馬が嘶き、車輪が石畳を軋ませながら動き出す。


夕暮れの帝都。騒乱の気配を残したまま。


学院の門前では、なおも人々のざわめきが収まっていない。


馬車は静かに、ベントレー公爵の屋敷へ向かって走り出していった。

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