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りんご一個分の収納。マジでどう使えと!? 〜辺境騎士爵に転生したので、なんとか無難な人生を…歩みたいなぁ〜  作者: 大童好嬉


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第666話 試験日07

剣術試験場へ吹き込む風は、先ほどまでとは明らかに質が違っていた。


乾いた砂を巻き上げながら吹き抜ける風の中に、妙な緊張が混じっている。


受験生たちのざわめきも、どこか落ち着かない。


誰もが平静を装ってはいるが、先ほどから漂い続けている嫌な空気を、完全には無視できずにいた。


そして。


「次――四四四番、ヴェゼル・パロ・ビック殿」


名前が呼ばれた瞬間だった。奥の待機場。


本来なら試験官や補助役程度しか出入りしないはずの扉の向こうから、重たい金属音が一斉に鳴り響く。


がしゃり。がしゃ、がしゃり――と。鎧同士が擦れる音。剣帯が揺れる音。


軍靴が石床を踏み締める音。明らかに一人や二人ではない。


その場にいた誰もが、反射的にそちらを振り向いた。そして次の瞬間。奥の大型扉が、重々しい音を立てて開かれる。


その先は、本来なら上級生用の屋内訓練棟へと繋がっているはずの通路だった。だが今、その暗い通路の奥から、さらに重い鎧音が連続して響いてくる。


まるで軍勢が行進してくるかのようだった。


やがて、お揃いの鎧に身を包んだ騎士たちが、無言のまま次々と姿を現す。


最初に現れたのは十名ほど。だが、それで終わりではなかった。


試験場の出入口が封鎖されるのとほぼ同時に、さらに奥の訓練棟から追加の騎士たちが雪崩れ込んでくる。


左右の通路。武器庫側の扉。教官用通路。


まるで最初から配置を決めていたかのように、淀みなく持ち場へ散開していった。


最終的には、三十近い騎士たちが試験場を取り囲んでいた。空気が凍る。受験生たちの顔色が変わった。


ざわめきが、一気に恐慌へ近づいていく。


「な、なんだあれ……」「騎士団……?」「お、おい……学院試験なのになぜ……?」「まさか、本物の騎士団か……?」


教師たちも騒然となっていた。一人の教師が青ざめながら声を上げる。


「こ、こんなことが学院内で許されるはずがない! すぐ学長へ――」


そう言って駆け出そうとした瞬間。その前へ、一人の騎士が無言で立ち塞がった。


鋼の籠手が、行く手を遮るようにわずかに広がる。


「お通しできません」低い声だった。感情のない、事務的な声。だが、それが余計に不気味だった。


別の教師が抗議しようと前へ出る。


「き、君たち! ここは学院――」


しかし最後まで言い切る前に、肩を押し返され、よろめいて後退した。決して乱暴な動きではない。だが、逆らわせる気のない力だった。


試験場は、完全に封鎖されていた。異様だった。もはや学院試験の空気ではない。小規模な軍事制圧と呼んだ方が、まだ近い。


そして、それまで受験生の相手をしていた剣術試験官が、困惑した様子で立ち上がる。


「ま、待て……! 交代など聞いて――」


だが、その言葉を最後まで言わせることなく、騎士たちが静かに周囲を囲む。無言。だが、有無を言わせぬ圧力だけが、そこにはあった。


その中央を。一人の男が、悠然と歩いてくる。


他の騎士よりも一段豪奢な鎧。深紅の外套。腰には長剣。年の頃は三十代後半ほどだろうか。鋭い目つきには、長年人を斬ってきた者特有の冷たさが宿っていた。


男は試験場の中央まで進み出ると、ヴェゼルを見下ろし、薄く笑う。


「君の相手は、私だよ。ヴェゼル・パロ・ビック君」


静かな声だった。だが、その場にいた誰もが理解する。これは、もう“試験”ではない。男はゆっくりと名乗った。


「私はクライダー・フォン・クアトロルオーテ。第三騎士団団長だ」


その名を聞いた瞬間、ヴェゼルの目が僅かに細くなる。視線が男たちの鎧へ向いた。その鎧に見覚えがある。忘れるはずもない。


そしてヴェゼルは、淡々と呟いた。


「……あぁ。僕たちを襲った盗賊崩れの生き残りですか」


空気が、一瞬で張り詰めた。周囲の騎士たちがざわめく。


「貴様……!」「団長に向かって――!」


だが、クライダーは片手を上げてそれを制した。むしろ、その口元には薄い笑みすら浮かんでいる。


「なるほど。口は達者らしいな。その口が、最後まで回ると嬉しいんだがね」


そう言って、一歩前へ出る。


対するヴェゼルは、もう笑っていなかった。冷め切った目だった。その声にも感情はほとんどない。ヴェゼルは小さく首を傾げる。


「早く始めましょうか。で? あなたたちは、俺を殺すつもりですか? それとも、半殺し程度で済ませます?」


その瞬間、周囲の空気が凍りついた。教師たちが息を呑み、受験生たちも青ざめる。


クライダーは愉快そうに肩をすくめた。


「怖いことを言うねぇ。まぁ、私はどちらでも構わんよ。ただ――たまたま強く踏み込みすぎて、たまたま剣の刃引きが甘くて、たまたま君が死ぬことはあるかもしれないな?」


周囲の騎士たちが、威圧するように一斉に剣へ手をかける。ざり、と重たい金属音が響いた。完全な脅迫だった。


だが、ヴェゼルは逆に、少し呆れたように息を吐く。


「なるほど。じゃあ、別に一人ずつじゃなくてもいいですよ」


その言葉に、周囲がざわついた。


ヴェゼルは続ける。


「皆さんまとめて来ても構いません。その代わり、間違いなく殲滅しますけどね」


そこで初めて。ヴェゼルの声に、冷たい殺意が混じった。空気が、凍る。


「あと、これはもう試験じゃないんでしょう? なら、俺も剣に拘る理由はないですよね。魔法も使います」


淡々とそう告げながら、ヴェゼルの左手が鞄へ入る。


取り出したのは、小さな収納箱だった。


その瞬間、クライダーの笑みが僅かに消える。だが、すぐに嗤った。


「好きにしたまえ。……誰も手を出すな」


最後の言葉は、周囲の騎士たちへの命令だった。騎士たちが一歩下がる。試験場中央。


向かい合うのは、二人だけ。クライダーが剣へ手をかけた。


「先に抜かせてやろう。かかって来い」


だが、ヴェゼルは動かない。持っていた刃引き剣を、無造作に地面へ捨てた。


からん、と乾いた音が響く。


「……?」クライダーの眉が動く。


ヴェゼルは静かに言った。


その声音は、恐ろしいほど平坦だった。


「僕から先に仕掛けると、あなたを殺した時の正当性が薄れるので。だから、そちらから来てください。その方が、俺としても都合がいい」


そして、左手の収納箱を握る。


「言っておきますけど――あなたは、確実に殺しますね」


その瞬間だった。クライダーの表情から、完全に笑みが消える。


腰を落とす。剣を抜く。周囲の空気が、一気に張り詰めた。


「……いい度胸だ。団長と同僚の仇。今日ここで討たせてもらう」


その瞬間、殺気が爆発した。周囲の受験生たちが息を呑み、思わず後退る。


だが。ヴェゼルだけは動かない。棒立ちだった。そして。


「参るッ!!」


クライダーが、地面を砕く勢いで踏み込む。


その瞬間。ヴェゼルが、小さく呟いた。


「収納――心臓」


ごぷっ。クライダーの口から、突然血が溢れた。


一瞬だった。本当に、一瞬。


踏み込んだ姿勢のまま、男の身体が崩れ落ちる。剣が地面へ転がった。誰も、理解できなかった。


静寂。そして。


「団長……?」


騎士の一人が、震えた声を漏らす。


返事はない。動かない。完全に絶命していた。




次の瞬間だった。


「き、貴様ぁぁぁ!!」「だ、団長!」


騎士たちが一斉に剣を抜く。


「殺せ!! 囲め!!」


怒号が響き、金属音が重なり合う。先ほどまで試験場だった場所は、一瞬で戦場の空気へ塗り替わっていた。


受験生たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。腰を抜かす者。他人を押し退けながら出口へ殺到する者。


教師たちも顔色を失い、後退していく。中には「ま、待て! やめろ!!」と叫ぶ者もいたが、その声など、もはや誰にも届いていなかった。


そんな中で。ヴェゼルだけが、不思議なくらい静かだった。ただ、深くため息を吐く。心底うんざりしたような、疲れ切った吐息だった。


「……全員殺すと、後片付けが大変そうだなぁ」


誰に聞かせるでもなく、ぼそりと呟く。


そして、ヴェゼルは、迫り来る騎士たちをぐるりと見回した。


左手では、小さな収納箱を握ったままだ。


「――収納」


次の瞬間、騎士たちの手から、一斉に剣が零れ落ちた。


「ぎゃあぁぁぁぁ!!」「お、おれの指がぁぁ!!」「うああああっ!! 親指が!!」


剣が次々と地面へ落ちた。金属音が連続して鳴り響く。


そして、騎士たちの右手から、とめどなく血が噴き出していた。


握っていたはずの親指。その親指だけが、綺麗さっぱり消えていたのだ。


剣を握るための支点。力を込めるための要。


それを失った騎士たちは、まともに武器を保持することすらできない。


痛みに顔を歪め、その場へ蹲る者。血塗れの手を押さえながら転げ回る者。


何が起きたのか理解できず、呆然と立ち尽くしたまま遅れて悲鳴を上げる者。


数秒だった。本当に、それだけだった。


気づけば。先ほどまで威圧的に試験場を包囲していた第三騎士団の騎士たちは、全員が地面へ蹲っていた。


そして、受験生も。教師も。試験官たちも。誰一人、声を出せなかった。


静寂だった。あまりにも現実離れした光景に、誰も理解が追いついていない。


だが次の瞬間。恐怖が、一気に爆発した。悲鳴。絶叫。泣き声。逃げ惑う足音。


試験場は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄へ変わっていく。


その中心で。ヴェゼルだけが、妙に落ち着いていた。


大きく息を吐き。肩を竦める。


「……だから嫌だったんだよな」


疲れたように呟く。最初から、こうなる気はしていた。帝都へ来てから、何度も何度も繰り返されてきた。


相手が勝手に敵意を向け。勝手に暴走し、勝手に潰そうとしてくる。そして最後には、自滅する。


その繰り返しだった。ヴェゼルは、もはや怒ってすらいなかった。


ただ、呆れていた。そしてそのまま、普段通りの歩幅でプロフィアの方へ向かっていく。


まるで、少し荒っぽい試験が終わった後のような足取りだった。


近づいてきたヴェゼルを見たプロフィアも、深くため息を吐く。


「ですから、自制してくださいと申し上げましたのに」


「いや、だって完全に殺しに来てたし」


「それはそうですが……」プロフィアは周囲の惨状を一瞥する。


地面には血。蹲る騎士たち。逃げ惑う受験生。腰を抜かした教師。もはや学院試験とは思えない光景だった。


それでもプロフィアは、どこか諦めたように小さく肩を落とす。


「まぁ、先に仕掛けてきたのはあちらですし……ヴェゼルさんにも私にも怪我がなくて何よりです」


「うん」


「ただ、たぶん私たち、試験は落ちましたわね」


「まぁ、もういいんじゃない?」


そんな呑気な会話を交わしながら、二人は受付の方へ向かう。


受付の女性は、完全に顔を引き攣らせていた。というより、半ば腰が抜けている。


ヴェゼルは普段通りの声音で尋ねる。


「あの、試験終わったようなので、帰っても大丈夫ですか?」


受付の女性は、びくりと肩を震わせた後、何度も何度も首を縦に振った。


「は、はい……! ど、どうぞ……!」


「ありがとうございます」


ヴェゼルは軽く頭を下げる。


そして。ふと思い出したように、左手の収納箱へ視線を落とした。


「あ、そうだ」


その場で収納箱を逆さにする。ぼと。ぼとぼと。ぼとっ――。


無造作に、切断された親指が地面へ落ちていった。血の気を失った職員が、ひっと短く悲鳴を漏らす。


周囲の空気がさらに凍りついた。ヴェゼルはその職員へ、ごく普通に声をかける。


「すみません。これと、あと死体、処理お願いできますか?」


職員は、真っ青な顔のまま、無言で何度も頷いた。


もはや声すら出ないらしい。


ヴェゼルは「よろしくお願いします」とだけ告げると、そのまま踵を返した。


そして、試験場を後にしながら、小さく呟く。


「……帝国、もう駄目かもしれないね」


その声に、皮肉も怒りもなかった。ただ、静かな失望だけがあった。


「ここまで統制が取れなくなってるんだ」


隣を歩くプロフィアは、しばらく何も言わなかった。


やがて。小さく、静かに頷く。


その横顔は、どこか痛ましげだった。


背後では、なおも怒号と悲鳴が響き続けていた。


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― 新着の感想 ―
親指無ければ鉄の塊持ち上げられんじゃろ 学園編が始まるかと思ったのに始まる前に終わりそう
右手の親指が欠損して剣持てなくなるのは違和感あるけど、東洋と西洋で違うのかな。この世界の騎士団の標準装備とどんな剣術使うかとか気になりました。
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