第657話 帝都へ出発
雪解けを待ち、ヴェゼルたちは再び帝都へ向かうことになった。長い冬を越えたホーネット村には、まだ冷たい風が残っている。
だが、街道脇には少しずつ草が顔を出し始め、屋根から垂れていた氷柱も、昼には水滴となって落ちていた。
春は近い。そんな空気が村全体に流れている。
もっとも、村の中は季節よりも“出立”の方で騒がしかった。
帝都学院。
辺境の小領主の子弟にとっては、本来なら人生を左右する大舞台である。まして今回は、ただの入学ではない。
四年前――ビック家は、帝国上層部と袂を分かつ寸前までいった。
あの帝都で起きた騒動は、表向きこそ曖昧に収束したものの、決して綺麗に終わったわけではない。
あれから四年。ビック家と帝国上層部との交流は、ほぼ皆無だった。
敵対もしていない。だが、積極的な接触もない。互いに距離を取り合い、まるで腫れ物でも扱うような奇妙な均衡だけが続いていた。
だからこそ、今の帝都がどういう空気なのかは、実際に行ってみなければ分からない。
帝国は、今のビック家をどう見ているのか。恐れているのか。利用したいのか。それとも、未だ警戒しているのか。
その答えは、帝都へ行かなければ見えてこない。
そんな中で、ビック家の嫡男であるヴェゼルが再び帝都へ向かう。その意味を理解している者は少なくなかった。
領館前では朝から荷物の積み込みが続いている。
保存食。衣類。書物。贈答品。
さらに、帝都ではまず手に入らないホーネット産の加工品まで積み込まれていた。
そんな賑やかな空気の中、ヴェゼルは領館前へ並ぶ今回の同行者たちへ視線を向けていた。
まず、ガヤルドの娘――プロフィア。
ヴェゼルと同じ十二歳で、今回同じく帝都学院へ入学することになっている。
今ではヴェゼルとも自然に会話するようになっていた。もっとも、今日はさすがに緊張しているらしい。
新品の外套の端をぎゅっと握りしめながら、何度も馬車と周囲を見比べていた。
すると、そこへガヤルドが近づいてくる。
妙に真剣な顔だった。
「プロフィア、元気で勉学に励むのだぞ」
「はい、お父様」そこまでは普通だった。
だが次の瞬間、声が急に低くなる。
「……それと、悪い虫がつかぬようにな」
プロフィアが呆れた顔をする。
しかしガヤルドは真顔だった。そのまま、すっとヴェゼルへ振り向く。
「ヴェゼル殿、娘を悪い虫から守ってくだされ」
「はぁ……」
ガヤルドがじぃっとヴェゼルを見る。
「それと、くれぐれも、娘には手を出されぬようにな」
「なんで俺なんですか……」ヴェゼルは思わず苦笑した。
するとプロフィアが顔を赤くしながら抗議する。
「お父様! ヴェゼルさんは大切なお友達です! そんなことあるわけないじゃないですか!」
「友達から始まることもあるのだぞ!」
「何を言ってるんですかもう!」
そのやり取りを少し後ろで見ていたフィエスタが、ふふっと楽しそうに笑った。
「私は別に構いませんけど?」
全員の視線が向く。
フィエスタはにやりと笑いながら続けた。
「健全なお付き合いの末に、プロフィアを娶ってくださるのでしたら、むしろ安心ですわよ、ヴェゼル様?」
「フィエスター!?」ガヤルドが絶叫した。
次の瞬間、ものすごい勢いでヴェゼルへ詰め寄る。
「だ、駄目ですぞ!? 娘は絶対に渡しませんからな!?」
がしっと両肩を掴まれ、そのままぶんぶん揺さぶられる。
「わ、分かりましたから揺らさないでください!」
「本当にですな!?」
「というかまだ何も起きてませんよ!」
周囲から笑い声が漏れる。
フリードは肩を揺らして笑い、オデッセイも額へ手を当てながら苦笑していた。
この一年程は、ヴェゼルとプロフィアが少し仲良く話しているだけで、ガヤルドが途中から乱入してくるのは、もはやビック家では恒例行事になっていたのである。
その隣では、もう完全に青年と言っていい年齢になったトレノが、手際よく荷物を固定していた。
かつての少年らしさはだいぶ抜け、肩幅も広くなっている。今ではビック家の従者として十分に頼れる存在だった。
今回の御者役も、トレノが務めることになっている。
さらに、その後ろにはアプローズの姿もあった。
護衛役である。以前のどこか危うい雰囲気はかなり薄れ、今では落ち着いた女性へ変わりつつある。
もっとも、ヴェゼルを見る時だけは相変わらず目がきらきらしていたが。
そして、ルークス。今回は帝都にあるバネット商会へ戻るため、同行することになっている。
妖精達が何やら話している。
「だから帝都には美味しいものがいっぱいあるんですって!」
「ほんとですか!?」「ほんと!?」「楽しみだね!!」
うるさい。その原因の中心にいるのは、当然妖精たちだった。
まず、サクラ。相変わらず眠そうで、ヴェゼルの肩へぴったりくっついたまま欠伸をしている。
ルドルフはその足元で伏せていた。
そして今回、新たに同行することになった土の四妖精。
赤髪で勝ち気なルーミー。緑髪で少し丸っこく、愛嬌たっぷりのタンク。何にでも興味津々な青髪のトール。
そして、すっかり帝都好きになってしまった金髪のジャスティ。
四人は朝からずっと落ち着きがない。
「あっ! あれ積んでる!」「ねぇねぇ! 帝都ってまだ雪ある!?」「お菓子持った!?」「ジャスティ、本は置いていきなよ!」「大丈夫です!」
使用人たちが半ば苦笑しながらその様子を見守っていた。
本来ならアリアも付いて来たがっていた。だが、帝都は人が多いので、今回は泣く泣く断念している。
もっとも、残る理由自体は悪いものではなかった。
アクティが新たに錬金系統の魔法を授かり、それと相性の良いアリア、さらに同じく錬金魔法を扱うオデッセイが加わったことで、最近では研究が急激に進んでいるのだ。
そこへフィリーまで加わっていた。以前の面影はかなり薄れている。
この数年で完全にオデッセイへ心酔してしまい、今では“師匠”と呼んで付き従っていた。
元々根は真面目だったのか、現在は特に問題も起こしていない。むしろ研究熱心ですらある。
ちなみに、その研究内容については、ヴェゼルも細部までは把握していない。ただ、あれは元々ヴェゼル自身がオデッセイたちへ頼んだ研究だった。
薬草と妖精力と精霊力。錬金。そして、魔力変換。その辺りを組み合わせた何かを試しているらしい。
ヴェゼルも概要だけは聞いているのだが、途中から話が難しすぎて理解を放棄した。
「つまり、どうなるの?」と聞いた時、オデッセイが真顔で三十分ほど説明してきたため、以後、ヴェゼルは深く聞かないことにしている。
土の精霊は相変わらずだった。研究室へ引きこもったかと思えば、突然街を散歩していたりする。
最近では領民も慣れ始め、「今日は精霊様、川の方歩いてたよ」程度の扱いになっていた。
そして、シャノン。本当はヴェゼルへ付いて行きたかったらしい。
だが、今では魔の森全域へ眷属が広がっている。管理役が必要だった。
何より、シャノン自身もホーネット村をかなり気に入ってしまっている。そのため、今回は残ることになったのである。
そして、近年の領政はガヤルドとフィエスタ夫妻がかなり支えていた。
特にフィエスタの有能さは予想以上だった。元男爵家の娘ということもあり、計算や帳簿、貴族間交渉にも強い。
今ではオデッセイからもかなり信頼されている。
そんな人々に見送られながら、ついに出発の日が来た。
朝の空気はまだ冷たい。だが空は晴れている。
街道の雪もかなり溶け、馬車の車輪が進める程度には乾いていた。領館前には、いつの間にか大勢の領民たちが集まっている。
商人。農民。職人。兵士。
皆が口々に声を上げ、ヴェゼルたちを見送っていた。
「ヴェゼル様ー!」「お気をつけて!」「帝都でも頑張ってくだせぇ!」
その声を聞きながら、ヴェゼルはゆっくりと馬車へ乗り込む。
ここから帝都までは、およそ一ヶ月。
だが前回とは違う。
妖精が五人。プロフィアもいる。アプローズもいる。
何より、今のヴェゼルには“帰る場所”がはっきり存在していた。
だからだろうか。帝都へ向かうというのに、不思議と以前ほど重苦しい気持ちはなかった。
……ただ、その帝都には、もう会えないかもしれないと思っていた誰かがいるかもしれない――そんな期待とも不安ともつかぬ感情だけが、胸の奥に静かに残っていた。
もっとも――。
馬車へ乗った瞬間から、妖精たちが騒ぎ始めたので、静かな旅には絶対ならないだろうとも思っていた。
漸く?第二部という感じです。
第一部?が長すぎました。。反省。
最後まで頑張りたいと思います。
こんどこそ、、話をサクサクと進めたい!!
とは、いつも思っているんです。
ただ、ちょっと見ただけでも、途中で名称が変わっていたり、
辻褄が合わないところが多々あって、、
修正すると、話が止まるし、でも、気になるしなぁ。。。。




