第655話 久々のホーネット村
サマーセット領を発ってからさらに幾日か。
街道を越え、森を抜け、見慣れた山並みが遠くに見え始めた頃には、誰もがどこか肩の力を抜いていた。
そして――。ようやく、ホーネット村へ辿り着く。
フリードとヴェゼルが帝都へ向けて旅立ってから、およそ三ヶ月。もう季節は変わっていた。
長かった。本当に、長く感じた。
春先に出立したはずなのに、季節はすでに大きく移ろい始めている。
村へ続く道には、収穫を控えた畑が広がり、風に揺れる麦が陽光を反射していた。
遠くには新しく増えた家々も見える。以前より煙突の数も増えていた。
人が増えたのだ。村が、生きている。
馬車列が村へ入った瞬間だった。
「あっ――!」
誰かが気づく。その声をきっかけに、一気に人が溢れ出した。
畑仕事をしていた者。荷運びをしていた者。井戸端で話していた女たち。走り回っていた子供たち。
次々に手を止め、村の中央通りへ集まってくる。
「フリード様とオデッセイ様だ!」「ヴェゼル様!」「アクティ様もおられるぞ!」
安堵と歓喜が入り混じった声が、一気に広がった。
馬車が止まる。まず最初に降りたのはフリードだった。
相変わらずの大柄な体が地面へ降り立つだけで、周囲の空気が少し揺れる。
続いてヴェゼル。
そして――。アクティが姿を見せた瞬間だった。
「アクティ様……!」
誰かが涙声で呟いた。
その瞬間、一斉に人が押し寄せる。火傷の件は、すでに村にも伝わっていたのだろう。
だからこそ、その無事な姿を見た瞬間、皆の表情が崩れた。
「よかった……!」「本当に……!」「治ったんですね……!」
口々に安堵の声が漏れる。
アクティは少し困ったように笑いながらも、一人一人へ丁寧に返事を返していた。
その様子を見て、ヴェゼルは胸の奥が少し熱くなる。
失ったものもあった。傷ついたものもあった。だが、それでも帰って来られたのだ。
この場所へ。すると、フリードが大きく前へ出た。
村人たちを見回し、腹の底から響く声を張り上げる。
「みんな、聞いてくれ!」
ざわめきが止まる。
「今回は色々あったが――無事に帰ってきたぞ!」
その瞬間、歓声が爆発した。
子供たちが飛び跳ね、大人たちも笑い、誰かが泣いていた。
フリードはそんな村人たちを見ながら、大きく笑う。
「これからも、お前たちの力を借りる!」
力強い声だった。
「これからもみんなで幸せになろうな!」
再び歓声が上がる。
その熱気は、まるで祭りのようだった。
そしてフリードは続ける。
「まだまだ、この領は大きくするぞ!」
村人たちの顔がさらに明るくなる。
「もっと発展させる! もっと豊かにする! だから――これからも協力してくれ!」
「おおおおおっ!!」
今度は地鳴りのような返事だった。
ヴェゼルはその光景を静かに見つめていた。
転生してから、まだ二年。
たった二年だ。だが、その二年はあまりにも濃かった。
戦争。
妖精。
婚約者。
精霊。
出会いと別れ。
多くを得たものもあったが、失ったものもあった。
もう、ただの辺境の小さな村ではない。
ビック家も。ホーネット村も。そして、自分自身も。
あの日とは、まるで違う場所へ来てしまった。
それでも――。
ヴェゼルは村人たちの笑顔を見ながら思う。
きっと、自分たちはこれからも前へ進んでいくのだろう、と。
苦しいことがあっても。
悲しい別れがあっても。
それでも歩き続ける。
そうやって、生きていくのだ。
夕陽が村を赤く染めていた。
その光の中で、ホーネット村は以前よりもずっと大きく、ずっと賑やかに見えた。
――そして。
物語は、新たな時代へ進む。
そして、気づくあっという間に四年が経っていた。
さらに大きく変わった世界で、再び運命は動き始める。




