第四話:生贄令嬢は初めてのお料理に腕をふるう
切ったハムとチーズ、パンを炙れるよう、急遽金串も購入して……。
いざ、初調理と洒落込みますわよ!!
「……とは言うものの、やっぱり、ちょっと……込み上げてくるものがありますわね……」
お取り寄せしたカッティングボードの上で、ハムやパンをスライスするまでは良かったんですけど……。
串に刺したハムをサラマンダーが用意してくれた火に近づけようとして……ああ、何だか急にいろいろと心配になってきましたわ!!
だって私、こうして火に近づくのも初めてなの! 暖炉の火なんかは魔法でつけていましたし、厨房にも行く機会はなかったし……。
チリチリと肌を焼くような熱を頬に感じながら、串を近づけては離し、近づけては離しを繰り返す私を横目に見たサラマンダーが不思議そうに小首を傾げていたものの、すぐに原因に思い至ってくれたのか、銀朱の瞳を心配そうに細めてこちらを見つめている。
「ああ、そうか。火ィ使うのが初めてじゃあ、火傷が怖いよなァ。それとも、焦がしちまうのが怖いかい?」
「うぅぅぅ……炙ってるうちに爆発……なんてしませんわよ、ね……?」
ちらりとサラマンダーの方に視線を向ければ、俺がついてるじゃねぇか、と心強い返事をもらったものの……不安は不安ですのよ? 弱り切った私の姿がよほど面白かったのか、アルク様まで大きく口を開けて呵々大笑していますし!!
だって! だって!! 貞蓮の記憶を垣間見るに、料理中に大炎上とか、調理中に大爆発とか、あるらしいんですもの!!!
でも、怖がってばかりはいられませんものね!
勇気を出して燃え盛る炎の上に串刺しにしたハムを翳すと、爆発することもなくジュウジュウと音を立てながら肉汁を地面に滴らせはじめた。
香ばしそうな焦げ目がついていくのに従って、肉と脂が焼けていくどっしりとした匂いが周囲に広がって……。
お、お料理! 私、お料理してますわよ!!
「ほらほら、お嬢。時々ひっくり返さねェと焦げちまうぜェ?」
「あら、いけない! すっかり忘れてましたわ!」
サラマンダーの声に我に返って手元を見れば、少々キツめの焼き色が付いてしまっていましたわ……黒焦げでなかっただけよかった、と思うべきかしらね。
言われたとおりに串をひっくり返して反対の面もまんべんなく炙っていけば、思った以上のスピードで焼けていくのね。もともと生でも食べられる物ですし、このくらいで止めておきましょう……。
手に持った串を炎から離れた場所にざくりと差して、今度は二股の大きなフォークの様な串に刺したパンも炙っていく。こちらも、表面がパリッときつね色になった所でお皿に盛って、そのお皿をアルク様に持っていってもらうことにいたしましょうか。
私の頭の中の貞蓮が、アルプスのおんじの如くチーズを炙ってパンに載せろ、って囁くんですもの!
「ほぅ。我に荷物持ちをさせるとは……。ずいぶんと偉くなったものだな、フラン?」
「私の記憶が確かなら、チーズを炙るという工程はスピード勝負らしいんですの。アルク様には、ぜひ出来たてを召し上がっていただきたくて……!」
「出来たて、か……そう言われれば悪い気はせぬな」
大ぶりに切り分けたチーズの塊を串にさす私の横で、お皿を持ったアルク様が不満気に鼻を鳴らしている。
そんなアルク様をも魅了する「出来たて」という言葉の魔力の強さったら! これは失敗できませんわね……。
ミス即斬という謎の単語が脳裏をよぎり、アルク様の期待に満ち満ちた視線を一身に受ける中、私は意を決してチーズを炎に近づけた。
4つの瞳が見つめる中、真っ赤な炎に炙られた黄色いチーズは見る間に角を失っていく。ぽたぽたと滴る透明なものは、きっとチーズの脂肪分。
切っている時は発酵臭を強く感じたのですけど、焼いているうちに発酵臭は薄れて、その代わりにミルクの甘い匂いとナッツに似た香ばしい匂いが強まって……アルク様のお腹を刺激したみたいですわねぇ。
融け出てきた脂が炎の熱でじゅわじゅわと弾け、こんがりと色づいてきた表面を絶えまなくふつふつと揺らしている。思った以上に融けるのが早くて、串をくるくるとまわす羽目になりましたわ!
私の不断の努力により、それでもしばらくは何とか形を保っていたチーズですけど、やっぱり焚火の熱の前には耐えられなかったのね。
蕩けたチーズが内側からドロリと溢れてきて、崩壊をし始めた、その瞬間。
「アルク様!!」
「ん、ああ!」
名前を呼べば、私の意図を察してくれたアルク様がすかさずパンが乗ったお皿を差し出してくれた。まだホカホカと湯気を立てる焼き立てパンの上にチーズが落とせば、そのままとろとろと広がっていく。
目線で「お先にどうぞ」と促して、次のパンを焼き始める。こちらは、私の分ですわ!
パンがきれいに焼けるようにくるくるとひっくり返していると、さっそくチーズパンにかぶりついたアルク様の瞳がキラキラと輝くのを目の当たりにしましたわ!
みにょんと糸を引くチーズを落とさないよう、あぐあぐとお口を動かすアルク様の様子ときたら! ……何というか、お顔立ちは大人びていらっしゃるのに、こういう時のお顔は可愛らしいというか、少し子供っぽくなるのよね……。お顔の良い方って、お得ですわねぇ。
「これは……良いな! いくらでも食えそうだ! 初めてというのになかなかの腕前だな、フラン!」
「お口に合ったようで何よりですわ!」
分厚く切ったパンをチーズをペロリと平らげたアルク様が、満足げな笑みを浮かべてこちらを見る。
初めてのお料理だったけど、なかなかの結果だったのではなくて?
『お嬢! お嬢!! 手ェ動かさないとパンが焦げちまうぜェ?』
「あああ!! またひっくり返すのを忘れてましたわ!!! 私の!! パン!!!!」
サラマンダーの声に我に返れば、パンの端っこがかなりこんがりと焼けてしまっているところでしたわ……!
まだまだ、油断はできないということね……!!
次はもう少し上手くやろうと心に決めて、チーズの串を炎に翳した。




