第2話:生贄令嬢は本日のタスクをこなしていく
まず筆を走らせたのは、お返事をいただけたことへの感謝を。
そして、もう実家には関り合いを持ちたくはないので、私のことは死んだものと思いそっとしておいてほしい旨と、この島で楽しく暮らしていけそうなので、私を迎えに来なくてもいいことをしっかりと書き連ねた。
また、お父様への報復の件に関しては、私自身はさして興味もないので、お爺様のお気の済むようにしていただきたいということ。
そして、お母様のお墓に私が無事で生きていると伝えてほしいことを、気が急くあまりに筆跡が乱れそうになるのを堪えて書き綴った。
書きたいことはたくさんあるのに、気持ちばかりが焦ってしまって……いけませんわね。
机に向かって手紙を書いている途中、何度言葉に詰まり、何度魔法でインクを消した事かしら。それでも、どうにかこうにか書ききることができましたわ!
お母様から頂いた印璽で封蝋を施したら、あとはこれをお爺様に送るだけ。
私が寝台を置かせてもらったのは、崩れかけた拝殿のその奥。祭壇の奥の細い通路で繋がれている場所だったの。言わば、この神殿の最深部……本来であれば巫女や神官のみが出入りを許されるような場所だったんでしょうね。
少しでも入り口に近いところに行こうと思って歩き出したとき、視界の端にほとんどが朽ちてしまってはいるものの、神の姿を象っていたのであろう像が目に入ってしまいましたの。おそらくこの像が、本来の神殿の主だったのね。
それなりに大きい像だったのだけど、きっと、昨日は衝撃の余り部屋の中を観察する余裕がなかったんだわ。
改めて部屋の中を見渡せば、崩れた像の足元には生贄を捧げたのであろう焼き台のようなものもありましたわ。
生け贄を捧げた部屋で眠っていたということに対する気味の悪さは、不思議と感じなかった。生々しい生け贄の臭いも、血肉を焦がす焼き台の熱も、何もかもを感じなかったせいかしら。
それに、もうすっかり忘れ去られているとはいえ、神がおわしたところで眠っているという奇妙な安心感があったせい?
……それでも、もしアルク様の気を引けなかったら、私もここで焼かれた犠牲の動物と同様に命を落としていたんだと思うと、何だか急に胸が締め付けられて……。崩れた神像の前に残っていた紅茶を捧げ、静かに膝を折ると頭を下げた。
……祈る人がいなくなった神がどうなるのか、私にはわからない。でも、今は私がいるのだから、せめても……と思ったのよ。
私の後をついてきたサラマンダーが、祈る私の横で口からごうと炎を吐いた。小さな火の粉がキラキラと舞い散りながら、虚空に消えていく。
『…………ありがとな、お嬢。きっと、神さんも喜んでらァ!』
「大したことはしておりませんわ。これからここにお世話になるのですもの。ご挨拶も必要でしょう?」
『へへッ! お嬢らしい言い草で!』
前足でしきりに目元を拭うサラマンダーの頭を一撫でして、私は手紙に魔力を乗せた。ぐんと手の中で蠢くような感覚がしたかと思うと、それは瞬く間に白い小鳥に姿を変える。真っ白な翼と青い瞳のその小鳥は、幾度か私の周りをくるくると回ったかと思ったら、そのまままっすぐに洞窟の出口めがけて飛んでいった。
これで、お爺様の元に届く……はず、ですわ!
これで一つTo Doリストを消化できたことに胸を撫で下ろしながら、向かうのは昨日の廃拝殿。
ちょろちょろと身体を駆け登ってきたサラマンダーが、私の肩でその足を止めた。どうやら、ここを定位置にするようですわね。今日もチロチロと燃えている綺麗な炎が私の身を焼くことはなくて……信頼されているのでしょうねぇ。
「黒竜の旦那ァ、起きてるかねぇ?」
「どうかしら? 時間を見れば、そろそろ起きていてもおかしくはないと思うのだけど……」
「旦那、寝起きが悪ぃからなぁ。まぁ、お嬢にゃあ怪我ァさせねぇとは思うんだが……」
崩れかけた入り口から拝殿に入れば、祭壇を枕代わりにしていたらしい巨大な黒竜がゆったりと頭をもたげて私に視線を向けてきた。鋭いジョンブリアンが、私を射抜く。
……まぁ、すぐに私だとわかってくださったんでしょうね。足元から冷えきるような殺気にも似た空気は、あっという間に消え去りましたわ。
大儀そうに上体を起こしたアルク様の翼が大きくバサリと羽ばたいたかと思うと、次の瞬間には人間の姿のアルク様が祭壇の上に腰を下ろしていた。
「おはようございます、アルク様。よく眠れまして?」
「……フランか。腹がくちたお陰かゆっくり眠れたぞ。誉めてやろう」
スカートの裾を摘まんで頭を下げた私に向かって、アルク様は鷹揚に手を振った。肩に乗ったサラマンダーがこっそり教えてくれたことには、気に入った相手が堅苦しい対応をするのはあまりお好きではないのですって。
昨日のお取り寄せが、本当にお口に合ったのでしょうね。祭壇に座るアルク様は、それはもう上機嫌な様子でしたわ。
にまりと微笑む口の端から、鋭い牙がぞろりと覗いているのを見ると、改めて本体は竜なのだなぁという気がしますわね。足を組んだ膝の上に肘を乗せて、背中を丸めて頬杖をついている姿ですら様になっているんですもの……お顔が良いって、お得ねぇ。
どこかしら期待に満ちた瞳で私を見つめるアルク様の傍らに歩みより、私はスキルを展開する。
念じれば現れるお取り寄せ画面をアルク様に向ければ、上機嫌な竜の瞳が三日月のように細められた。
さぁ。今日は何を食べようかしら?




