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第十二話:生贄令嬢は精霊の神秘を目撃する

「まぁ、凄いわ! それではこちらの神殿の篝火は、サラマンダーが維持していたのね!」

『ヘヘッ! 俺にかかれば、炎の維持なんざ朝飯前よォ!』


 祭壇に腰を下ろして紅茶が入ったグラスを傾ける(わたくし)たちの横で、サラマンダーがぴこぴことその長い尻尾の先を得意げに揺らしている。

 片目を眇めて片方の前足を振ってみせる仕草が、ちょっと可愛らしい。

 そんな彼の話を聞く限り、どうやらこの神殿跡地で燃えている不思議な篝火は、サラマンダーが維持しているらしい。

 この神殿が建てられた頃から――黒竜が降り立つ百年ほど前にできたのですって――ずっとこの地にいたそうですわ。


「それにしても、どうして青い炎なのかしら? 身体のお色味からすれば、赤い炎が燃えているものとばかり……」

『ああ、建てられた所以も所以だからなァ。赤よりは青の方が【らしい】だろォ?』

「……確かに……」


 赤いサラマンダーが維持する炎の色が青白いことに疑問を覚えて聞いてみれば、これまた何とも人間臭い答えが返ってきた。

 長年、人間の傍に寄り添ってきた精霊だからこそ、行きついた考えなのかしら。

 そうそう。この崩れた神殿、元々は冥王様を祀るための神殿だったらしいの。

 黒竜形態のアルク様がこの島に来て以来、打ち捨てられてこんな姿になってしまったのだそうよ……。

 「人がいないなら、せめて火だけでも灯しておかないと神様も寂しがるだろォ」というのが、サラマンダーの言い分。炎の精霊だけあって、なかなかアツい主張でしたわ。 

 なお、この神殿を廃れさせた張本人は、私の隣で何食わぬ顔で紅茶を嗜んでおりますわね。

 さすがに喉が渇きましたので、様々な銘柄の高級茶葉から低温抽出製法で丹念に抽出したものをボトリングしたという、コールドブリューティーセットなるものをお取り寄せいたしましたの。

 飲み口の薄いグラスでいただくと、香りと味をより楽しめる……ということで、一緒にグラスもお取り寄せしてありますわ。


「ふむ。先ほどのドーナツも花の香りがしたが、こちらもそれに劣らぬ、得も言われぬ香りよ」

「ものすごく華やかな香りなのですけど、飲み口はすっきりしていて……良い味わいだと思いますわ」


 グラスに口を近づけると、紅茶の香りがふわりと鼻先をくすぐっていく。

 花の蜜のような、果物のような……甘くて濃厚な香りですわね。でも、決してしつこくはない。

 口に含めばより一層強さを増した匂いが花開いて、ほうぅと吐いた息さえ甘く感じられるほどですわ。

 お砂糖は入っていないはずなのに、不思議と甘みさえ感じますわね……。

 苦みも渋みも一切ない、琥珀色の液体……これ、本当に紅茶なのかしら?

 お爺様の所でいただくものはともかく、紅茶ってもっと渋くて口の中がキシキシするものだとばかり思っていましたわ。

 貞蓮(ていれん)の世界、本当に美味しいものだらけですのねぇ……。

 …………まぁ、私が口にしてきたものが、あまり良くないものだっただけな気もしますけど。


『それにしても、一体何だって俺を呼んだんで?』

「ああ、そうそう。すっかり忘れていましたわ!」


 お茶請けにと、一緒にお取り寄せをした焼き菓子を平らげたサラマンダーが顔を上げ、こちらを見つめてきた。

 あら、いけない! お話が楽しくて、つい本題を忘れてしまいましたわ!

 空になったグラスを脇によけ、私は傍らに積んであった紙箱の山を引っ張ってきた。


「アルク様が、この紙箱をあなたにあげれば、と仰るの」

『へぇ! こりゃぁ上等な紙じゃねェか! これだけありゃぁしばらく魔力にゃ困らねェな!』


 紙箱の山をみた銀朱の瞳が、お茶菓子のクッキーをおすそ分けした時よりも格段に輝いた。

 ペタペタと寄ってきたサラマンダーが、パクリと紙箱の端にかぶりついたかと思った瞬間……その口内に、ずるりと紙箱が吸い込まれたように見えた。

 紙箱の方が、サラマンダーの口より何十倍も大きいにもかかわらず、だ。

 呆気に取られる私の隣に座るアルク様が、楽し気に口を開く。


「その様子だと初めて見たようだな。サラマンダーは、『燃やせるもの』であれば魔力に変換して取り込むことができるのだ」

「そ、そうでしたのね……だからサラマンダーをお呼びになりましたの?」

「ああ。精霊は自然のマナからも魔力を取りこむことはできるが、やはり手っ取り早いのは己の魔質に合う増強剤だからな」


 次々と紙箱を魔力に変えて取り込んでいくサラマンダーを眺めるアルク様の金色(こんじき)の瞳は、巷では「邪竜」と呼ばれているのが嘘のように優しかった。

 本質的には優しい方……と思っていいのでしょうね。

 ちなみに、アルク様が仰っている「マナ」とは、魔力の元になると言われている物質のこと。「魔質」とは、読んで字の如く魔力の質、のことですわね。

 「魔力を増やす際は、まずは己の魔質を見極め、マナを取りこむべし。」と言われる程度には基本となってくるものですわ。

 私の場合、「苦手な属性もないけれど突出して得意な属性もない」という器用貧乏の極み・「無属性」でしたので……。

 せめて魔力量だけでも……と必死で魔力の増強に励んだ日々が懐かしいですわ……。


『いやァ! 久しぶりに人間と話せるわ、こうして魔力の素まで貰えるたァ、今日はいい日だねェ!』

「喜んでいただけて嬉しいばかりですわ。もし他に欲しい物があったら、遠慮なく仰ってね」

「それならばフラン。我は今度は肉が喰いたい」


 山のようにあった紙箱は、瞬く間にサラマンダーに取りこまれて姿を消してしまった。赤い舌でペロリと口元を舐めながら、サラマンダーが弾んだ声を上げる。

 ゴミを片付けさせてしまったようで、罪悪感がチクチクと私の胸を刺した。でも、サラマンダー本人は喜んでいるようですし……こういうのをWin-Winというのかしら?

 ……でも、やはり気が咎めますし、サラマンダーの希望にはなるべく応えようと思いますわ。


「お肉、ですか? ええ、もちろんお取り寄せできますわ」

『へェ! そんなモンまで取り寄せられンのかい!? 見事なもんだな、お嬢!』

「お、お嬢……!?」


 もちろん、アルク様が最優先なのは変わらないのですけれど……。

 「起きたばかりで腹が減っている」という先ほどの言葉に嘘偽りはないようで、結構な量のお菓子をお腹に収めたにもかかわらず、アルク様の食欲は止まるところを知りませんわね。

 タブレットを呼び出してお肉コーナーを検分し始めた私を、感心したような瞳のサラマンダーが見つめている。

 お、お嬢って……なんて斬新な呼び方……生まれて初めてそんな風に呼びかけられましたわ!

 ………………それにしても、どうしましょう……。

 私、貞蓮のおかげで調理の知識はありますけど、実際にやったことはありませんの……!

 期待に満ちた宝石のような四つの瞳に見つめられて……私の背筋をツゥッと冷や汗が伝っていった。


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他に連載中のストーリーです。こちらもご飯ものの小説です。カドカワBOOKS様より第一巻刊行中です!


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