第十一話:生贄令嬢は絶滅危惧種と相見える
「そ、それにしても、この紙箱……どうすればいいかしら?」
正直、アルク様が人間の姿になった……というのは、非常に驚くべきことですし、表面上は平静を装っているだけで内心は混乱してはいるのですけれど…………今はちょっと……この紙箱の処理について悩むことで、現実逃避をさせてくださいまし。
とはいえ、「捨てる」と言ったって、この島にゴミ捨て場なんてありませんし……やっぱり焼いてしまうのが手っ取り早いかしら?
そうとなれば、流石に祭壇の上や石造りとはいえ床の上で燃やすのもアレでしょうし……とりあえず、まとめて廃神殿の外で燃やしてしまいましょう。
そう思って紙箱を集めていると、私が作業をしていることに気が付いたアルク様が珍しいものを眺めるように首を傾げていた。
「空の箱を集めて何をしているのだ、フラン?」
「ああ。こちらを集めて燃やしてしまおうと思いまして」
「燃やす? 魔法でか?」
「え、ええ……そのつもりですが……」
私が抱えた空の箱と、私の顔との間を、満月の瞳が何度も往復する。
その上で、私の答えを聞いた金色の双眸が幾度か瞬いて……。
「わざわざ燃やさずとも、サラマンダーにくれてやればいいではないか」
「さら、まんだー……そ、それは『精霊』と呼ばれるものではないのですか?」
「? 何をそんなに驚いているのだ、フラン。そう珍しいものでもあるまいに……いるのだろう、サラマンダー。姿を現すが良い」
「あ、あの……アルク様…………今の世では、精霊様は……」
心底不思議そうに……そして、いかにも軽い調子でその口から出されたのは、今はもうすっかり姿を消してしまったといわれる「精霊」と呼ばれる存在の名前だった。
昔は人々の身近にいて、色々と力を貸してくれていたそうなんだけど、魔法や魔道具が発展するにしたがってどんどんいなくなっていったらしい。
……でも、よく考えれば、アルク様が眠りにつかれたのは精霊がまだ数多く存在していた頃のこと……きっと、今の時代のことはよくわからないんでしょうね……。
そう思って、現在の事情を説明した方が良いのかと逡巡する私の前で、アルク様が祭壇付近で燃える篝火の方へと首を巡らした。
ご自分の声に応える精霊がいないことに、アルク様が落ち込むかもしれない……と、精霊に関する現状を報告しようと慌てて口を開きかけた私の目の前で、静かに燃えていたはずの炎が途端にぶわりと勢いを増した。
その炎の中で、「なにか」が蠢いている。
みっともなく口を開けたまま見つめていると、それはずるりと炎の中から姿を現した。
『何でィ何でィ、黒竜の旦那ァ! 俺をお呼びたァどういう風の吹き回しですかい?』
「いましたわー!!!」
細かい火の粉を撒き散らしながらぽてりと床に降り立ったソレは、鋸状の小さく鋭い歯が並ぶ口をぱかりと開いた。
思わず叫んでしまったけれど、私、悪くないと思うのだけど……。
産まれて初めて見た「サラマンダー」は、貞蓮の世界で言うところの「イグアナ」という生物に、姿形はよく似ているかしら。
そのイグアナとやらをベースに、もう少し身体の端々に丸みを帯びさせて、目を大きくクリッとさせたら、今私の目の前にいる精霊の姿になると思いますわ。
そして、決定的に違うのはその身体の色。
細かい鱗に覆われたその身体は、暖炉の火のような、沈む夕日のような……明るく温かい茜色で染まっていて、その背びれは絶えずその形を変えて燃え盛る炎でできている。
……そんな……まさか…………まさか、この目で精霊を見ることができたなんて……!!
ただ……その…………ずいぶんと「べらんめぇ」調なのは、この際考えないでおくことにしましょうね、ええ。
今日は現実逃避してばかりじゃないかしら、私……。
「ツンと取り澄ました娘と思っていたが、存外に面白いな、フランは」
「淑女にあるまじき姿をお見せしてしまい、誠に申し訳ありません……その、精霊はもうとうの昔に絶滅したものとばかり思っておりましたので……ご寛恕いただけますと幸いですわ」
『おいおい、絶滅たァ穏やかじゃねぇな! まあ確かに、人間が【魔道具】ってモンを使うようになって以来、俺らの姿が見える人間は減ってたようだがよォ』
「まぁ……サラマンダー様……精霊様方から見ると、そのような経緯でしたのね」
「てっ! 様付けなんてやめてほしぃねェ! 尻の据わりが悪くなっちまわぁ!」
取り乱した私がよほど面白かったのか、くつくつと喉の奥で嗤うアルク様のお顔をにっこりと微笑んで見返しつつ、背筋を伸ばしてせいぜい優雅に腰を折ってみせる。
そんな私たちの元へぺたぺたとこちらへ近づいてきたサラマンダー様が、ひょいと大理石の祭壇に飛び乗ってきた。存外に動きが素早い上に、身軽な感じですわね。
めらめらと燃える炎のたてがみがすぐそばにあるけれど、不思議と熱くはなかった。
私が思わず口にした言葉に、サラマンダー様……いえ、サラマンダーが前足をひらひらと動かしつつ、気恥ずかし気に顔を背ける。
口調はともかく、存外に恥ずかしがり屋さん……なのかしらね。
『それにしても黒竜の旦那ァ。いつのまにこんな別嬪な嫁さん貰ったんですかィ?』
「よ、嫁……!?」
「嫁ではない。『花』だそうだ。我に捧げられた生贄……という所だが、なかなか面白い娘だぞ」
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。フランチェスカと申します」
『そりゃまた物騒な話で! へぇ……こんなキレイどころが生贄、ねぇ? 珍しい話もあったもんだ!』
からかうように目を細めたサラマンダーの言葉が、ほんのちょっぴり、心に刺さった。
さして思い入れのなかったとはいえ、仮にも婚約者だった人が腹違いとはいえ実の妹と二股をかけていた……っていうのは……昨日の今日で癒える衝撃ではなかったみたい。
でも幸いなことに、そんな私の動揺は外には漏れていなかったようだ。
変わらぬ様子で楽しげな笑みを浮かべるアルク様がゆるりと振った手が、私を指し示した。
スカートの摘まんで頭を下げれば、銀朱の瞳が物珍し気にぱちくりと瞬く。
その様がなんとも可愛らしく感じられて……思わずくすりと笑みが零れた。




