22 お前、何で女装してる?(改)
一部修正しました。よくよく考えたら彼らは店に入ってないんですよね。
「……ねえ、デカラビア」
「はい?」
口元を扇で隠しつつ、デカラビアは応えた。それからしばらく、溜息を付きまくる主の心中を慮って黙っていたが、やがて。
「やっぱり、やって?」
「……植物園を出る気はございませんよ?」
聞こえた問いに返す答えは鑑みない。それは承知の上か、いいよと投げ遣りな主が大変そうだなと他人事である。とうぜん、主もそれは承知の上で。
「いいよ、それは別に。どうせ今だって、仕女任せだし。必要な采配さえしてくれれば、後は今までどおりで構わないから。流石にねぇ……」
その続きは溜息に変わり言葉にはならなかったが、デカラビアにはその心中が良く分かった。
(よりによって、フェネクスさまですものねぇ)
三代目妖皇は、フェネクスがお気に入りである。正確には即位前からの知人であり、軟禁の憂き目に在った三代目妖皇を救い出しこの国へ連れてきた、恩人である。女性化するという隙を見せたのはフェネクスの失態だが、それに漬け込んでというのは、よろしくない。正々堂々、正面からのやりあいでなら、静観しただろうに。
いや、と思い直す。極秘の仕掛けである無限回廊を使ったし(まあ彼相手に役立つはずもないが)、女性という幻想に縛り付けて、自力での脱出を不可能にしたのは面白い考えだが、無意味だし。ああ、隣国からの預かりものである木偶人形も動かしたか。さすがにこれだけいろいろやっていると、なんとも言えない。……木偶人形にいたっては完全破壊だし。
「で。彼女はどうします?」
「うん、そこまでするなら、国に帰してあげようかなって。魔王位も、重荷だろうし」
「……まあ、彼女の場合は、ねぇ」
実を言えば、彼女の魔王徽章は借り物である。二代目妖皇陛下その人が己の妖力を注ぎ、仮発効させた代物だ。いずれ妖魔と成れば本物になるからという話だったが、彼女はいつまで経っても人であり、妖魔にはならなかった。そう、今もまだ、人なのだ、心身ともに。
(ある意味、凄いですけれどね。まあでも百年かそこらでしたら、不思議はありません……かしら?)
その肉体は、人である。それも二代目妖皇の仕業であり、どうやら妖魔と伴侶になるまでは変化しない仕組みらしいのだが……、まあ、そういうことである。いつまで経っても王女でしかない彼女を伴侶にしたいと考える物好きは現れず、彼女自身は思う相手以外を相手にしようとしないのでまあ、永遠に変わらないのだろう。二代目妖皇はいったい何を考えていたのやら、ときおり仲間内で話題になるほどである。
「でもねー。フェネクスくんに牙を剥くなんて思わなかったよ?」
「あら、牙を剥いたわけではありませんよ?」
「へ?」
反射的に応えてしまってから、デカラビアは苦笑した。いくら彼女でも、あの木偶で彼をどうにか出来るとは、思わないだろう。あの坊やは計算外として考えれば、なんとなく考えが読み解けたのだ。
「目的はたぶん、フェネクスにあの木偶を壊させること、ですわ」
首を傾げる妖皇に、ちょっとだけ解説を加えてみる。あの木偶が預かりものであり、隣国の魔法技術の技術の粋を極めたものである以上は、壊れましたごめんなさい、で済むはずがない。当然、誰かしらが向こうへ出向いて詫びる必要が出てくるけれど、では、誰を向かわせるのか。文官の一人や二人では、当然納得させられない。妖皇陛下が出向くわけにはいかないし、となると魔王の誰か。しかし当代には側近がいない。であれば、前妖皇の側近筆頭である壊した当人を送り出すしかないだろう。魔王としてでもいいし、退任させたただの罪人としてでもいい。退任していれば一般人扱いだから、相手国の中では無茶が出来ない。それを確認したうえで自分が宮を退去し、彼を伴侶としたいと国王に申し出れば、認められる。たぶんそんな計算だ。
「いやないでしょそれ?」
「でも、それ以外に何が考えられます?」
そう答えると、少女は腕を組んで考え始めた。
まあデカラビア自身も、ないだろうとは思うのだ。一般人、というのはあくまで立場の問題であり、魔王位を降りたからと言って人間になるわけではない。彼がただの人間なら、成功するかもしれない策だが……それにしたって、妄想だと本人が一笑に付すべきレベルである。
「……フェネクスくんを助け上げて恩に着せよう、とか?」
「それこそ無理ですわよ?」
「だよねぇ」
だって、彼は魔王なのだ。妖力の多寡でこそ他の魔王に劣るけれど、魔王になれない妖魔たちと比べたら桁違いの存在なのだ。本気を出したらあんなもの、破れないはずがない。というかそもそも、無限回廊の解除方法を彼は知っているはずだ。彼に限らず全ての魔王が、だが。彼女は結局、……そこまで理解が及ばなかった。そういうことなのか。
「まあでも、長年の労には報いらないと、だよね」
「報いる、ですか?」
「うん。彼女がいなかったら、面倒なことになってたでしょ?」
「……まあ、そうですわね?」
面倒を引き受けられるのは、生まれからするとデカラビアしかいないのである。確かにそういう意味では、助かっていたかもしれない。
「だからね?」
皆まで言わずとも、その考えなど予想がつくというものであった。
※ ※ ※
「……」
馬車の中、アヴィは黙ったままでラースを見た。なんとかして、と懇願の光を籠めて。
(うん、ごめん)
ラースは口を開きかけ……そのまま、閉じた。うん無理。諦めて。そんな思いで視線を流す。彼としても、何とかできるものならしたいのである。しかし、どうにかできる段階は既に超えてしまったのだ。
カラカラと音を立てながら、馬車は港町へ向かっている。正確には、王宮で飼育している一角獣が曳く行幸一角車であり、本来は他国の要人を迎えに行く際に歓迎の意を籠めて走らせるものである。今回は騒ぎに気づかなかった侘びということで差し向けられたのだ、当代妖皇その人から。部屋は戻しておくが、妖皇宮に部屋を用意するから留まってほしいとの伝言までついていて、更にはお小遣いまで渡されて、至れり尽くせりである。
「……今からいく港町はね、アヴィ」
静かにイーリスが語り出すと、車内に微妙な緊張が走る。
「はっきり言って、エレーミア唯一の町なんです」
「え?」
あー、とラースが苦笑するところを見ると、それは事実らしい。彼が付け加えたのは、他にあるのはせいぜいが職人村というところであるということだった。
エレーミアは加工交易が盛んであり、国土的にも海を玄関とすることが手っ取り早いため、港町だけが発展したのである。いくら妖魔たちが術に優れていると言っても、多数の製品を一人で抱えて持ち運ぶとか、それはやりたがらない。
「出来るけどね」
「まあ、各地から港までは皆やってますね」
「”運び屋”は気紛れだしねー」
そんな業者がいるなら任せればいいのにと思うけれど、今日のところは荷物持ちとしての同行だと言われているし、「女性に持たせるのですか?」という一言でずっしりした巾着袋は預かっているし、一角獣車は街中へは入れず、専用の厩で待機するらしいし、…まあ、従者だとそうこともありかな、という心境に達しつつあるアヴィである。
ラースは生鮮食品を買い付けてくるとかで、途中で降りた。どう見ても逃げたのだが、イーリスとしても時間がないし、まあ植物研究などやっているだけあって見る目はあるし、連れて行っても仕方が無いので、任せることにしたのである。
一角獣車を降りたイーリスは、アヴィをお供にして装飾品を扱う店を回ってみた。意匠もそこそこ、質は良い。なかなかに手が込んだものもあって心を動かされたものもあったけれど、今回はあくまで夜会用の小道具である。しかも建国祭なので、他国からもそこそこの地位の人間たちが来る。そうなると、その程度のものでは納得出来ない。自分が恥を掻くのは構わないが、それでエレーミアがその程度の国と噂されるのが我慢ならないくらいには、この国に愛着があるのである。それでもいくつかを買ったのは、まあ一応、眼鏡に適ったからだ。使いそうになければ、夕闇にでも下げ渡そうかという目論みもある。
どの店でも店員たちが売り込んでこないことにアヴィは不思議そうだったが、まあ彼らも別に生活がかかっているわけではないので、そういうものだ。
「取りに行くとなると三日ですね……いっそ一角獣を借りて……」
一息つこうかと入った店で、イーリスは算段を始めた。一応、馬には乗れるのである。まして一角獣は賢いので、騎手を振り落としたりはしない。二頭立てだが馬車そのものは小さいし、理由を話して一頭を借り受けようか。移動術が使える限界に待たせておけば、そこから一日程度で戻れるだろうし。
一角獣を連れての移動術が使えれば楽なのだが、魔物といえど魔素で出来ているわけではないので、それは出来ない。出来ないと言えば、とアヴィを見る。危険はないとは言え、流石にこの街中に放置するわけにもいかない。護衛に彼女を呼び出せなくはないが、流石に先の今では長時間の顕現は無理だろうし、護衛だけで済ませるとか出来るだろうかいや無理だ。
失策だなと内心で舌を打つ。ラースも一緒に来させるべきだった、それであれば安心して預けられたのに。いやその前にきっちり縛っておけば。ああそもそもあの運び屋が気まぐれなのがよろしくない、妖皇宮に部屋があるくせに寄り付かないし、その癖ワルプルギスには必ず顔を出すし。ああもう、すぐそこにそっくりな男がいる、うっかり八つ当たりしてしまいそうなほど。
「フェネクス?」
「――セーレ!?」
何故にこんな街中でと思うより先に、セーレを確保する。その腕を掴んで首に手を回して、まるで人目を憚らぬ恋人のようだ。が、すぐに引き離される。当然のように、その当人に、だ。
早回しの演劇を見させられたかのようで、アヴィは呆気に取られている。
「お前、何で女装してる?」
「女……っ、違いますよ!?」
わー、とアヴィは内心で一歩を下がった。ラースもそうだけれど、この人も遠慮がない。友人同士だからそういうものなのだろうけれど、周囲が引いたように見えるのは気のせいだろうか。気のせいではないとしたら、誰の台詞に引いたのか。セーレと聞こえたけれど、何者だろう。もしかして魔王の一人? ていうかこの国、魔王さま多すぎない? あ、いやそう言えば魔王の一人って言ってたっけ。にしても楽しそうだな。おれ、置いてけ堀?
「――”置いてけ堀”。本所七不思議のひとつ。釣りをして帰ろうとすると、堀の中から「置いてけ、置いてけ」と声がして、魚を全て返すまでその声が追ってくるという。狸に化かされたのか、堀の主かは分からないが、帰り着いたときには結局、びくの中身が空になっているので、素直においていったほうが安心かもしれない」
アヴィが感じた一抹の何かが原因だろうか、そんな言葉が口をついて出てしまった。イーリスがロックを掛けたはずなのにぜんぜん聞いてねぇ。と慌てる彼を、その男――セーレが見る。視線を交わそうとイーリスを見ると、そちらは額を押さえていた。
実を言えば、あのロックはイーリスの抑制によるものである。親しい友人……そう、このことを秘密にする必要がない相手であることから、完全に気を抜いていたのだ。だからと言って、いきなりこれは、ない。でも、とも思う。今、誰も何も言わなかったはずなのに?
「面白いな。お前の連れか?」
「……連れといいますか、一応は従者ですよ」
「従者? 珍しいな、拾ったんじゃないのか」
おざなりに返事をしつつ、目を白黒させているアヴィに溜息をつく。連れ歩いてもいいけれど、ちょっとこの男に付き合わせるのは可哀想だ。まあ、しばらくの間なら何とかなるだろうと財布を渡す。
「え、なに? お使い?」
「まさか。お小遣いですよ。夕闇をつけますから……そうですね、日が落ちるくらいには、一角獣車に戻りなさいね」
だれそれ、と首を傾げたアヴィの腕は、きゅっと抱きかかえられた。まさかと視線を回すと、つい先ほど姿が消えた彼女である。ついでに言うと、腕の辺りに何やら柔らかい感触がある。
「や、あの、ちょっと待って!?」
きゅ、と腕を取られてアヴィは焦る。どの辺りにというと、主に腕に当たる何かに。慌ててイーリスを振り向くが、既に何やら話し込んでいて、こちらに反応する様子はない。それをいいことにか、夕闇はさっそくとアヴィを連れ出した。
「えと、あの。…夕闇、さん?」
「呼び捨ててくださいな。わたしはあなたの護衛ですから」
「護衛って」
「そういう……そうですね、そういう契約だと思ってくださいな。わたしはあなたと違って、あの方の従者というわけではありませんから」
あっさりとそれだけを告げて、混乱するアヴィをぐいぐいと引っ張る。とりあえず、何かしないかぎりイーリスに声は届かないだろう辺りまで来てから、徐に腕を抱えなおした。
「アヴィさま。エスコートしてくださいな」
「はい?」
思わず聞き返したアヴィに、夕闇はにっこりと微笑んで言い直す。
「貴方の護衛をしますから、わたしをエスコートしてください?」
彼女の言い分では、女性を同伴するというのは夜会のための練習であり、小遣いまで渡されたのはそのためだろうということだった。納得したアヴィだったが、もちろん、そんな事実はない。というか、少し考えれば、街中の散策がどうして夜会の同伴に生かされるのかと思い至るはずだ。まったくの無意味とは言わないけれど、少なくとも今のアヴィでは生かせないだろう。
「妖皇宮の夜会はね、ちょっと面倒なのですよ」
まず、基本的には術、魔法の使用が禁じられる。これは建前上のことではなくて実際に利用不可となる術陣が、妖皇宮全域に敷かれているためだ。来賓の人間たちへの配慮ではあるのだが、酒も入ることからそれを免罪符にする不心得者は後を絶たない。それでも相手国にとっては高位の役人だったり貴族だったりするので、妖魔たちが手を出せば大変なことになる。だからよほどの事態でなければ術の使用は解禁されないし、されたとしても当事者のみとなる。そんなところへ同伴者なしの美女が現れたらどうなるか、だ。
「そこまで言われたら拒否できないじゃん……」
「はい、よく出来ました」
ふふふ、と夕闇は笑う。まあとりあえずは風除けとして隣に立てばそれで十分、新参者に夜会の案内をしているからと誘いを断る口実になればいいでしょうと入れ知恵も忘れない。たぶんイーリスもその程度しか考えていないはずなので、問題はないだろう。街中のエスコートについては、先ほどのような不意打ちでの回答をしてしまわないように訓練を、と言い包めて了承させた。何しろ建国祭の夜会では、実は魔王連中が最下位扱いである。気軽に話しかけてくる者も多いというか、そのための処置である。イーリスの場合は女性姿を知られていないので、どちらかといえばアヴィが主人扱いされる可能性が高い。となると、話しかけられる機会は多分にあるということで、一応は成り立つ理由である。
昼近くということもあってか、食べ物系の屋台がそこそこ賑わっている。ふらふらと引き寄せられるアヴィを夕闇がとめるはずもなく、ちゃっかりと自分の分も買ってもらって食べてみたり、古着屋があったので二人でそれぞれをコーディネイトしてみたり、ついでに日差し除けだと帽子を買ってみたりした。もちろん、夕闇であれば日差しよけなどはどうにでもなるのだが、彼女に野暮なことを言う気はない。
建国祭の人出を見込んでか、大道芸人もいた。アヴィはすごいな程度の感想だったが、夕闇は目を白黒させていた。いわく、妖魔でありながら一切の術を使わず、全てを体術だけでこなしていると、その自己制御がすばらしいと絶賛である。
「だって私たち、衣服でも自分で創っちゃうんですよ、無意識に。それを抑えるのって、どれほど大変かわかります?」
実は衣服創生に関しては、最初から身に着けていれば問題なかったりするのだが、アヴィは流石にそれを知らない。当人はと言えば少し驚いたようだったが、微笑んで受け取っていた。ついでにその手に口づけたりするところを見てしまって、ちょっと内心穏やかとは言えないアヴィである。そして夕闇がほくそ笑んでいることには気づかないのも彼の仕様であった。
その後も自重などせずに二人は目一杯、散策を楽しんだ。やがて日が傾き始めたころ、どちらからともなく町の外れ、つまりは待ち合わせの場所へと向かい始める。
「……ちょっと遊びすぎた?」
「え?」
「いや、なんか疲れてるみたいだし」
「わたしですか? いえ、別に……っ!?」
ふらり、と夕闇がバランスを崩す。倒れたりはしなかったけれど、一気に力が抜ける感覚があった。慌てて夕闇を抱きとめるアヴィだったが、その軽さと――透けて見える身体に言葉を失った。
「時間切れ、ですね」
「でもそんな、いきなり」
ふふ、と夕闇は笑う。知っていて黙っていただけなので、何も問題はないし、誰も悪くない。本当は馬車まで持つと思っていたので、そこだけ読み違いが残念だった。でも、僥倖かもしれない。だって、アヴィに抱き上げてもらっているのだから。
「移動遊園地は、残念でしたね」
「あー、あれな。…建国祭っていつだっけ?」
「あと七日、ですね」
「そっか」
広場に建設中のそれがどんなものなのか、夕闇は知識としては知っていた。アヴィも同じく、遊園地という言葉の意味は語って見せたが、それだけだ。実際にそれがどんなものなのかは知らない。でもまあ、遊園地の中でこんなことになったらちょっとした騒動だ。たぶん、まだ遊べなくてよかったのだろう。そんなことを言ったらアヴィが気にしそうだから、胸中に留めおいたけれど。
「イーリスはさ、あれ、興味あるかな」
「イーリスさまですか? どうでしょうねぇ……」
今のところ、彼の興味は料理と細工物のようだ。あるかもしれないし、ないかもしれない。世界中を放浪していた魔王さまだから、存在は知っているだろうけれど。
「でも、お願いすれば連れて行ってくれると思いますよ?」
「……んー……」
そういう意味ではない、らしい。あえてそのことには言及せず、夕闇は己の状態を明かすかどうかを考えた。彼はまだ、夕闇が指輪に宿っていることを知らないままだ。ついでにいうとその中で意識もあるのだけれど、それを知ったらどんな反応をするだろう。あと、たぶんやろうと思えば彼の身体を乗っ取ることも出来そうだし、それもまた明かしていいことなのか。主の考えもあるだろうし、流石に独断でとはいかないので、黙っているしかないのだけれど……気づかないもの、だろうか。
「アヴィ」
ん、と短い答えが返った。ごく淡くしか見えなくなった身体は、自由が利かない。だから、こてんとその胸に顔を預けた。視線がぶつかった彼に、笑って見せて。
「また、ね」
アヴィの腕には、ドレスと帽子が残されていた。




