第95話:シャーペンの芯の長さ
5時間目の数学の単調な自習時間が始まってから15分が経った。
教室内は、生徒たちが問題を解く鉛筆の音だけが静かに響いている。
一番後ろの廊下側の席に座る宮本蓮は、ノートに数式を書き込みながらも、すぐ左隣の席からの微かな音に気づいていた。真白が自分のシャープペンシルをカチカチと何度もノックして、蓮の視界に入れてきているのだ。彼女は国語の教科書を立てて顔を隠しながら、小さな紙切れを蓮のノートの端へと滑らせてきた。
蓮は先生が教壇で書類仕事に没頭しているのを確認し、素早くその紙切れに目を落とした。
『宮本くん、ひま。勝負しよ? 今から私がこのシャープペンシルをもう一回だけカチッとノックするから、芯が何ミリ出るか当ててみて。当たったら私の負けでいいよ。』
(芯の長さ……? またそんな、当たるわけないような勝負を……)
蓮は眉をひそめて考えた。しかし、ここで無視するのも癪だった。蓮は自分のシャープペンシルを実際に一回カチッと押してみて、その長さを定規で測ってみた。だいたい一ミリだ。
『一ミリ。普通のシャーペンなら、一回のノックで出る長さは一ミリに決まってるだろ。今度こそ僕の勝ちだな』
蓮がノートの端に書いて見せると、真白はふふっと不敵な笑みを浮かべた。
彼女は自分のシャープペンシルを持つと、ノックボタンを最後まで押し込まず、指先でほんの少しだけ浅くカチッと押し、肉眼では見えないほど微かに芯を出してみせたのだ。
新しく回ってきた紙の文字を見て、蓮は目を見開いた。
『正解は〇・五ミリ。浅く押すなんて言っちゃダメとは言ってなかったでしょ? 宮本くん、私の引っ掛けにまた引っかかっちゃったね』
「そんなのありかよ! 完全にズルだろ!」
蓮は声を出さずに口の形だけで猛抗議した。ルールの隙を完璧に突かれた形だ。文字だけの静かな戦いだが、蓮の顔は悔しさでじんわりと熱くなっていく。
真白はそんな蓮の表情を特等席で楽しそうに見つめながら、ノートの端に『私の勝ち』と嬉しそうに書き込み、先生にバレないよう、マフラーに顔を深くうずめて静かにガッツポーズを決めていた。
結局、自習中の短い戦いでも、蓮は彼女の手のひらの上で転がされただけだった。
付き合うとか、特別な関係になるとか、そんなことよりも、この一番後ろの席で、先生の目を盗んでくだらない勝負を仕掛けられ、それに本気で悔しがって言い返す。そんな二人の、いつも通りの「照れたら負け」のからかい合いの日常こそが、何よりも愛おしい時間なのだった。
「次の休み時間の勝負こそ、僕が絶対に勝つからな」
「ふふ、お望みなら、いつでもかかってきてね、宮本くん」
真白はマフラーの奥から、満足そうな最高の笑顔で、前方の黒板を見つめるのだった。




