第67話:お昼休みのヒアリング
キーンコーンカーンコーン――。
4時間目の終了を告げるチャイムが鳴ると同時に、教室内は一気にお弁当の匂いと賑やかな雑談の声で満たされた。
宮本蓮が自分の机から購買のパンを取り出そうとした瞬間、クラスの男子グループである木村と高尾が、椅子をガタガタと言わせながら蓮の席の周りに集まってきた。
「なあ、蓮。ちょっと真面目な話があるんだけどさ」
木村が妙に真剣な面持ちで、蓮の肩に手を置いてきた。
「なんだよ、改まって。パン買いに行くなら早くしてくれよ」
「いや、パンはどうでもいいんだよ。お前、いつも隣の席の白石さんと仲良く話してるだろ?」
高尾が声を潜めながら、隣の空いている席をチラリと見た。白石真白はちょうど女子の友達に呼ばれて、教室の反対側でお弁当を広げている最中だった。
「仲良くっていうか……ただ隣の席だから、あいつが一方的に話しかけてくるだけで……」
蓮が少し身を引いて答えると、木村がさらに顔を近づけてきた。
「それが羨ましいんだっての! 白石さんってさ、いつもニコニコしてて可愛いし、男子の間でも結構話題なんだよ。そこでだ、蓮。お前に重大なミッションを授ける」
「ミッション?」
「そう、ズバリ『白石真白の好きなタイプ』の徹底リサーチだ!」
高尾が拳を握りしめて熱弁する。
「はあ!? なんで僕がそんなこと聞かなきゃいけないんだよ。自分で直接聞きに行けよ」
「無理に決まってるだろ! 急に男子から『好きなタイプ誰?』なんて聞いたら、警戒されるか引かれるかの二択だ。でも、いつも自然に喋ってるお前なら、何気ない会話の流れで聞き出せるはずだろ?」
「いや、無理だって。あいつ、そういう質問すると、絶対に僕をからかってくるから……」
朝のハプニングや、昨日のいちごオレの一気飲みの件が頭をよぎる。真白にそんな恋バナまがいの質問を振ったら、どんな爆弾発言が返ってくるか分かったものではない。
「頼むよ、蓮! 友達の恋路を助けると思ってさ! 『芸能人で言うと誰?』とか、そういう軽い感じでいいから!」
木村と高尾が両手を合わせて拝み込んでくる。二人の勢いに気圧され、蓮は断りきれずに「……分かったよ。機会があればな」と、渋々引き受ける羽目になってしまった。
(機会があれば、って言ったけど、わざわざ聞くのなんて絶対嫌だぞ。適当に『忘れてた』って言ってスルーしよう……)
そう心に決めて、蓮は購買の焼きそばパンを口に運んだ。
しかし、運命の歯車は無情にも早く回り出す。
お昼休みが半分ほど過ぎた頃、女子グループとの食事を終えた真白が、トコトコと自分の席に戻ってきた。彼女はカバンから小さなポーチを取り出すと、隣の蓮を振り返って、にこりと微笑んだ。
「お疲れさま、宮本くん。今日の焼きそばパン、美味しかった?」
「あ、うん。普通に美味しかったよ」
「ふふ、よかったね。……あ、そういえばね」
真白は自分の椅子に座ると、机に肘をついて蓮の方へと体を傾けてきた。
「さっきさ、宮本くんが木村くんたちと内緒話してるの、見えちゃった。なんだか、こっちをチラチラ見ながら真剣な顔してたけど……もしかして、私の悪い噂でも流してた?」
「流してないよ! なんでそうなるんだよ」
蓮は慌てて否定した。だが、真白の鋭い観察眼にギクリとする。
(……あぶない。やっぱりあいつ、見てるな。ここで変に隠すと、余計に怪しまれて突っ込まれる……。それなら、いっそのこと木村たちのせいにして、サラッと聞いて終わらせた方が楽か……?)
蓮は意を決して、ゴホンと小さく咳払いをした。
「いや、噂じゃなくて……。木村たちがさ、真白さんの『好きなタイプ』が知りたいって、うるさくてさ。だから、僕が代わりに聞く羽目になったんだよ。……ほら、芸能人で言うと誰、みたいなやつあるだろ?」
できるだけ「自分は興味がないけれど、他人に頼まれたから義務で聞いている」というニュアンスを強調して、事務的に問いかけてみた。
それを聞いた真白は、一瞬だけ驚いたように目を丸くした。しかし、すぐにその瞳にいたずらっぽい光が灯り、唇の端が楽しそうに吊り上がった。
「へえ……宮本くん、私の好きなタイプが気になるんだ?」
「だから! 僕じゃなくて木村たちが……!」
「木村くんたちのせいにして、本当は宮本くん自身が知りたかったりして」
「違うって! あいつらが、自分で聞くのは恥ずかしいからって僕に頼んできたんだよ!」
必死に抗議する蓮を見て、真白は「冗談、冗談」とクスクス肩を揺らした。完全にいつものからかいモードに入っている。
「うーん、私の好きなタイプ、かあ……。芸能人って言われても、あんまりテレビ見ないからよく分からないんだよね」
真白は人差し指を顎に当てて、天井を見上げながら少し考える素振りをした。
蓮は「やっぱり分からないか。じゃあ木村たちにはそう伝えておくよ」と言って、この話題を強制終了させようとした。
だが、真白はそれを許さなかった。
「でもね、芸能人じゃなくて、身近な人の特徴なら、いくつかあるよ」
「……身近な人?」
蓮の心臓が、トクンと小さく嫌な羽目を外した。
「うん。まずね、私がちょっと困ってるときに、文句を言いながらも、ちゃんと助けてくれる人」
(……え?)
蓮の脳裏に、昨日の雪の坂道で真白を抱きとめたことや、授業中に先生に指された時にこっそり答えを教えてもらったこと、そして頭がキーンとしている彼女にカイロを渡したことなどが、走馬灯のように駆け巡った。
「それからね」真白はさらに言葉を続ける。
「私がからかうと、すぐに顔を真っ赤にして、分かりやすく慌ててくれる人」
「っ……!」
蓮のブレザーの胸の奥で、鼓動が一気に跳ね上がった。
(それって……それって完全に、僕のことじゃないか……!?)
いや、自意識過剰だ、と蓮は必死に頭の中で自分を殴りつけた。真白のことだ。蓮が自分のことだと勘違いして、自爆して照れるのを待っているに違いない。これは高度な罠だ。ここで「それって僕のこと?」なんて聞いたら、一生の恥をかくことになる。
蓮は必死にポーカーフェイスを維持しようとしたが、耳の付け根がじわじわと熱くなっていくのを止められなかった。
「……そ、そうなんだ。結構、細かいんだね」
「細かいかな? あとはね、勝負ごとになると急にムキになるところとか、ちょっとぶっきらぼうだけど、実はすごく優しいところとか……そういう人が、私のタイプかな」
真白はそこまで言うと、机の上に両手を重ねてその上に顎を乗せ、上目遣いで蓮の顔をじっと見つめてきた。その距離は、お互いの息遣いが聞こえそうなほどに近い。
「ねえ、宮本くん」
「な、何だよ……」
「今私が言った特徴の人……クラスの男子の中に、誰か心当たりある?」
(あるわけないだろ! 僕しかいないじゃないか!)
心の中で絶叫しながらも、蓮は言葉を喉の奥で必死に飲み込んだ。
教室内は相変わらず騒がしいはずなのに、二人の席の周りだけが、奇妙に静まり返っているように感じられる。冬の窓から差し込む陽だまりが、真白の綺麗な瞳を茶色く透き通らせていた。
蓮の顔は、すでに焼きそばパンの紅生姜よりも赤くなっていた。
「……さ、さあ。木村か高尾にでも聞いてみればいいんじゃないか。あいつらなら、心当たりあるかもしれないし」
蓮はついに限界を迎え、完全に視線を逸らして窓の外を睨みつけた。
そんな蓮の様子をしばらく楽しそうに眺めていた真白は、やがて満足したように体を起こし、カバンからノートを取り出した。
「ふふ、じゃあ、木村くんたちには『秘密』って伝えておいて。……あ、でもね、宮本くん」
真白はノートを開きながら、蓮にだけ聞こえるような小さな声で、いたずらっぽく囁いた。
「もし、宮本くんが次の勝負で私に勝てたら……その時は、本当の『名前』を教えてあげるね」
キーンコーンカーンコーン――。
お昼休みの終わりを告げるチャイムが、五月蝿いほど大きな音で鳴り響いた。
前方の席から、木村と高尾が「おい蓮! 聞き出せたか!?」と期待に満ちた視線を送ってきている。
蓮は二人にバツの悪そうな顔で首を横に振ってみせたが、その胸の奥では、真白の言葉が強烈なリフレインを刻んでいた。
(本当の名前って……あいつ、やっぱり僕の反応を見て楽しんでるだけだよな……。そうに決まってる……!)
机の下で、蓮は熱を持った自分の手をぎゅっと握りしめた。
真白の言う「好きなタイプ」が、ただのからかいの道具なのか、それともほんの少しの本音が混ざっているのか、今の蓮には確かめる術はなかった。ただ、午後からの5時間目の授業中、蓮の頭の中は数式よりも何よりも、隣の席の少女の笑顔でいっぱいになってしまうのだった。




