第61話:ホームの温度
改札を抜け、人気のまばらなホームへと上がると、冷たい寒風が容赦なく二人の頬を撫でた。
先ほどまでの全力の駆け足のせいで、蓮の喉の奥はひりひりと熱い。
真白は少し前を歩き、黄色い線の内側で足を止めると、ようやく振り返った。
マフラーに顔を埋めたまま、上目遣いで蓮をじっと見つめてくる。
「……宮本くん、やっぱり歩くの遅い」
「しょうがないだろ、真白さんが急に走り出すから……」
蓮は息を切らせながら並んだ。
お互いの白い息が、駅の蛍光灯に照らされて白く混ざり合う。
先ほど、雪の坂道で真白の体を強く抱きしめた時の、柔らかい感触と甘いシャンプーの香りが、まだ脳裏から離れない。意識すればするほど、顔が熱くなるのが分かった。
「ねえ、宮本くん」
「な、なに?」
身構える蓮を見て、真白の目がいたずらっぽく細められる。
「さっきさ、私を助けてくれたとき……」
「うん」
「ものすごーく、必死な顔してたよ? 少女漫画のヒーローみたいだった」
「なっ……!?」
不意打ちのからかいに、蓮の心臓が跳ねた。
「そ、それは……真白さんが今にも頭から転びそうだったからだろ! 誰だってあんな状況、必死になるって!」
「ふーん、誰にでもあんな風に飛びつくんだ?」
クスッと笑う真白。完全に彼女のペースだ。
「ちがう! 真白さんだから……あ、いや、そうじゃなくて!」
「じゃあ、どういうこと?」
一歩、真白が距離を詰めてくる。
普段なら言い返せるはずなのに、さっきのハプニングの後では、彼女の綺麗な瞳をまっすぐ見ることができない。蓮はたまらず視線を斜め下に逸らした。
「……とにかく、怪我がなくてよかったってことだよ」
「ふふ、ありがと。……でもね、宮本くん」
真白は一呼吸置くと、マフラーを少しだけ下にずらした。
現れたその頬は、からかっている割には、夕暮れの雪景色よりもずっと赤く染まっている。
「嘘つくとき、いつも左側を見るの、やめた方がいいよ?」
「え……」
「私の心臓の音、ぜったい聞こえてたでしょ?」
「う……」
図星だった。
防寒着越しでも、確かにドクドクと速く打っていた彼女の鼓動。
「……聞こえて、ないよ」
「じゃあ、なんで宮本くんの顔、そんなに赤いの?」
「それは……寒いからに決まってるだろ!」
蓮が必死に抗議すると、真白は満足そうに微笑んだ。そして、トコトコとさらに一歩近づき、蓮の耳元に口を寄せた。
「……じゃあ、お互い様、ね」
「え?」
「宮本くんの心臓の音も、すっごく速かったの、私に響いてたもん」
囁かれた言葉が、冷え切ったホームに優しく溶けていく。
真白はすぐに体を離すと、「あ、電車きた」と、遠くから近づいてくるヘッドライトの光を指差した。
ガタゴトと音を立てて滑り込んできた電車の風が、二人の髪を揺らす。
ドアが開き、真白が先に車内へと足を踏み入れた。
蓮は自分の胸に手を当て、未だに激しく刻まれる鼓動を感じていた。
(全部、お見通しってことか……。全然、敵わないな)
冬の寒さなんて完全に忘れてしまうほどの熱を胸に抱いたまま、蓮は彼女の待つ車内へと一歩を進めた。




