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週間ランキング49位、月間ランキング74位『となりの席の真白さん』  作者: S.S
中学生 いたずらやからかい

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第50話:読書秋の陣

秋の深まりとともに、学校のスケジュールもどこか落ち着きを見せ始めていた。定期テストという大きな山場を越え、文化祭の騒がしい余韻もようやく収まった十一月の中旬。その日の五時間目は、担任の先生の出張に伴う「自習時間」となっていた。

「おい、先生いないからって騒ぐなよ。各自、静かに自習か読書をして過ごすように。終わりのチャイムが鳴るまで静粛に」

代わりに教室を見張りに来た隣のクラスの先生が、教壇でそう冷たく告げてパイプ椅子に腰掛け、自分の仕事の書類をめくり始めた。

教室の中は、一瞬にして独特の静寂に包まれた。普段の賑やかな休み時間とは違い、聞こえてくるのは、誰かがめくる教科書の紙の音や、シャーペンがノートを擦るカサカサという微かな音、そして窓の外で激しく揺れる銀杏の木々が立てる、ザワザワとした風の音だけだった。

窓際の一番後ろ、先生の視線が最も届きにくい特等席に座る宮本蓮は、目の前に広げた歴史の教科書をぼんやりと見つめていた。

(自習か……。ぶっちゃけ、課題はもう終わっちゃったし、暇だな……)

蓮はシャーペンを指先で回しながら、こっそりと隣の席へと視線を走らせた。

そこには、いつものように背筋をぴっと伸ばし、真剣な表情で一冊の文庫本を読んでいる白石真白の姿があった。

彼女が読んでいるのは、先週末に駅前の本屋で、蓮が「これ、真白さんが好きな作家の新作だろ」と言って当ててみせた、あのミステリー小説だった。真白さんは時折、綺麗に整えられた前髪を細い指先で耳にかけながら、熱心にページをめくっている。その静かな横顔は、本屋や公園で見せた悪戯っぽい笑顔とは違い、どこか近寄りがたいほどに大人びて見えた。

(本当に、あの本気に入って読んでくれてるんだな……)

自分が選んだ本を、隣でこんなに大切そうに読まれている。それだけのことが、蓮にとってはなんだか無性に気恥ずかしく、そして少しだけ誇らしかった。カバンの横でお揃いのキツネのストラップが小さく揺れているのを視界の端に捉え、蓮の胸の奥は、十一月の冷たい空気とは裏腹に、じんわりと温かくなっていった。

じっと見つめすぎただろうか。

不意に、真白さんがパッと本のページから顔を上げ、蓮の方を向いた。

「……っ!」

蓮は心臓が跳ね上がるのを感じ、慌てて視線を歴史の教科書へと戻した。鳴き声をあげる墾田永年私財法の一文を、必死に読んでいるフリをする。顔が一気に熱くなるのが分かった。

(やべ、完全に目が合った……。またからかわれる……!)

蓮は身構えた。自習中の静かな教室だ。大声で言い返すわけにはいかない。

トントン。

予想通り、机の境界線を越えて、真白さんの細い指先が蓮の左腕を軽く小突いた。

蓮が恐る恐る隣を向くと、真白さんは声を出さず、口元だけで「宮本くん」と形作った。彼女の瞳は、さっきまでの読書モードから一転して、完全に蓮をロックオンしたいつもの楽しげな光を宿している。

真白さんは自分のノートを破って作った、小さなメモ用紙を取り出すと、手慣れた手つきでシャーペンを走らせた。そして、その紙切れを、蓮の机の上に滑らせてきた。

綺麗な、少し丸みのある文字で、こう書かれていた。

『宮本くん、さっきから私のこと、すっごくじっと見てたでしょ? 本に集中できないくらい、熱い視線を感じたんだけどな』

蓮は顔を引き攣らせながら、自分のシャーペンを握り直した。ここで無視したら、真白さんはさらにエスカレートした悪戯を仕掛けてくるに違いない。蓮はメモ用紙の余白に、大慌てで書き殴った。

『見てない! 歴史の年号を思い出そうとして、たまたまソッチの方向を見てただけだ! 勘違いするな!』

紙を突き返すと、真白さんはそれを受け取り、一瞬で文字を読んだ。そして、全く動じることなく、小さな声で「ふふっ」と鼻を鳴らした。彼女は再びペンを走らせる。

『嘘つき。宮本くんの目は、歴史の教科書じゃなくて、私の持ってるこの本を見てたよ? もしかして、私の読んでる顔が、あんまりにも可愛くて見とれちゃった?』

(な、ななな……何言ってんだよ、このおませ女子は……っ!?)

蓮の顔は、完全に限界突破の赤さに達した。ここまでストレートに自意識過剰(いや、事実なのだが)なことを言われると、どう言い返していいか分からない。蓮は手が震えるのを必死に抑えながら、ノートにペン先を叩きつけるように書いた。

『見とれてないわ! 自惚れるな! 自分の本に集中しろよ! 先生に怒られても知らないからな!』

真白さんはそのメモを読むと、少しだけ満足そうに微笑んだ。しかし、そこで引き下がる彼女ではない。真白さんは自分のノートの新しいページを開くと、そこに大きな文字で、ルールを書き込み始めた。

『自習時間、暇でしょ? じゃあ、ここで「読書秋の陣・連想ゲーム」をしよ!』

『ルール:私が今からノートに「秋に関する言葉」を書きます。宮本くんは、私が何を書くか、3回以内に当ててください。もし宮本くんが先に私の考えてる言葉を当てられたら、宮本くんの勝ち。私が宮本くんの考えてることを言い当てたら、私の勝ちね。負けた方は、今日の帰りにまた自動販売機で温かいココアを奢ること!』

蓮はメモを見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。

(連想ゲーム……。秋に関する言葉、か)

一見すると、これもまた本屋のときと同じような、純粋な好みの当て合いのように思える。しかし、相手はあの「からかい上手」の真白さんだ。普通の言葉を書いてくるはずがない。

(でも、前回のじゃんけんでは、手の形から俺の心理を読まれた。今度はノートの上の文字だ。俺の手元は見られてない。真白さんが何を仕掛けてくるか、裏の裏を読めば、今度こそ勝てるかもしれない……!)

蓮は真白さんの目をじっと見つめ、小さくコクンと頷いた。勝負成立だ。

真白さんは嬉しそうに目を細めると、自分のノートを左手で完璧に隠しながら、さらさらと何かを書き込んだ。

「よし、書いたよ」というように、真白さんはペンを置き、蓮に顎で「どうぞ」と促した。

蓮は自分のノートを引き寄せ、じっくりと頭をひねった。

(秋に関する言葉……。真白さんが書きそうな、秋の定番といえば何だ?

先週末、2人で一緒に経験したこと……。公園で食べた、あのホカホカの『焼き芋』。あるいは、並木道で見事だった『紅葉』。それとも、勝負して俺が負けた『どんぐり』。

いや、待てよ。真白さんのことだ。あえてそういう直近の思い出を外して、普通の『サンマ』とか『読書の秋』とかを書いてくる可能性もある……)

悩みに悩んだ末、蓮は確率を上げるため、ノートに3つの候補を綺麗に並べて書いた。

1:紅葉もみじ

2:焼き芋

3:サンマ

蓮はノートを真白さんの方へとグイと差し出した。

「どうだ!」という気持ちを込めて、彼女の反応を待つ。

真白さんは蓮の書いた3つの言葉を上から順番に眺めると、一瞬、おや、というように眉を動かした。それから、口元を片手で覆い、肩を小刻みに震わせて笑い始めた。教壇の先生に気づかれないよう、必死に声を殺しているが、その顔は完全に大爆笑していた。

(え、何だよ……。そんなに的外れだったか……?)

蓮が不安になっていると、真白さんは自分のノートの、隠していた左手をゆっくりと退けた。

そこには、彼女の綺麗な文字で、あらかじめ用意されていた「正解」が書かれていた。

蓮はそれを見た瞬間、頭の中が真っ白になり、持っていたシャーペンを机の上にカチャリと落としてしまった。

真白さんがゆっくりと左手を退けた先、彼女のノートに書かれていた「正解」の文字を目にした瞬間、蓮の思考は完全に停止した。

そこには、彼女の綺麗な文字で、こう書かれていたのだ。

『正解:宮本くん』

「……は!?」

蓮は危うく、自習中の静まり返った教室に大声を響かせるところだった。慌てて両手で口を塞ぎ、教壇の先生をチラリと見る。先生は相変わらず自分の書類仕事に夢中で、こちらには気づいていない。

蓮は心臓が耳の奥でバクバクと警報を鳴らすのを聞きながら、カッと顔が燃えるように熱くなるのを自覚した。大慌てでシャーペンを握り直し、真白さんのノートの文字を指差しながら、消しゴムの切れ端で作ったメモ用紙に猛烈な勢いで文字を書き殴った。

『お前、ふざけるなよ! 秋に関する言葉のゲームだろ!? なんで俺の名前が正解なんだよ! 意味が分からない!』

紙切れを真白さんの机に突き戻すと、真白さんはそれを手慣れた様子で受け取り、一瞬で目を通した。そして、すっかり赤くなっている蓮の顔を見て、満足そうにフフッと妖しく目を細めた。彼女は全く慌てることなく、滑らかな手つきでペンを走らせる。

『だって、嘘じゃないもん。私にとっての「今年の秋」といえば、宮本くんと一緒に過ごした秋のことでしょ? 本屋に行ったり、公園で焼き芋を食べたり、紅葉の並木道を歩いたり……。私の頭の中は、秋の思い出っていうと宮本くんのことでいっぱいなんだよ。だから、秋に関する言葉の正解は「宮本くん」で大正解なの』

(な、ななな……何言ってんだよ、この子は……っ!!!!)

蓮の顔の赤さは、もはや限界数値をとうに突破していた。机に突っ伏して顔を隠したい衝動に駆られる。

学校の教室という日常の空間で、こんなにド直球で心臓に悪いセリフ(しかもノートの文字)を突きつけられるなんて、夢にも思っていなかった。いつもなら「どうせからかってるんだろ」と言い返せるのに、真白さんの書いた『私の頭の中は、宮本くんのことでいっぱい』という一文化が、あまりにも具体的で、あまりにも破壊力がありすぎて、蓮の防衛機能は完全に機能停止に追い込まれていた。

蓮は震える手で、ノートに必死の抵抗を書き込んだ。

『そんなのずるいぞ! 反則だ! 屁理屈ばっかり言うな! 大体、俺はお前のことなんて全然考えてないし、俺の負けになるわけないだろ!』

突き返されたメモを見た真白さんは、今度はノートに文字を書くのではなく、じっと蓮の目をまっすぐに見つめてきた。

自習時間の静寂の中、窓の外から吹き付ける冷たい秋の風が、窓ガラスをガタガタと小さく揺らしている。だけど、今の2人の周りだけは、まるで時が止まったかのように静かだった。

真白さんは、自分のノートの『宮本くん』と書かれた文字の下に、すっと新しい一行を書き足した。そして、それを蓮に見せる。

『じゃあ、宮本くん。私のノートの、この部分の下を見て?』

蓮が恐る恐る真白さんのノートに視線を落とすと、そこには薄くシャーペンで書かれた別の文字があった。真白さんが手のひらで隠していた、もう一つの「あらかじめ用意されていた回答」だ。

そこには、こう書かれていた。

『宮本くんの予想:1位・紅葉、2位・焼き芋、3位・サンマか、どんぐり』

「あ……」

蓮は息を呑んだ。

自分がさっきノートに書いた3つの言葉が、完全に、一言一句狂わずに言い当てられていた。3つ目の「サンマ」まで、真白さんは蓮の思考の癖を完全に読み切って、先回りしてノートに書き残していたのだ。

真白さんは、呆然とする蓮の顔を覗き込み、声を出す代わりに、ノートの余白に最後のメッセージを優しく書き込んだ。

『ほらね。私のルールは「私が宮本くんの考えてることを言い当てたら、私の勝ち」でしょ? 宮本くんの考えてた3つの言葉、私は最初から全部知ってたよ。だって、宮本くんのこと、となりでずーっと見てるんだもん。……だから、今回の勝負も、私の勝ち』

真白さんはそう書くと、シャーペンをペンケースに仕舞い、楽しそうにクスッと笑った。

完全に一本取られた。いや、一本どころではない。最初から最後まで、蓮の思考も、動揺も、そして先週末の楽しかった思い出への意識も、すべて真白さんの手のひらの上で完璧にコントロールされていたのだ。

「くそ……、また負けた……」

蓮は声に出さず、口元だけでそう呟いて、がっくりと机に頭を突っ伏した。自分のあまりの不甲斐なさと、真白さんの圧倒的な「からかいの天才」っぷりに、悔しさがこみ上げてくる。

だけど、机に顔を伏せたまま、蓮の頭の中を占めていたのは、悔しさだけではなかった。

真白さんが書いた『私の頭の中は宮本くんでいっぱい』という言葉。そして、『宮本くんのこと、ずーっと見てるんだもん』という、からかいの盾の裏側に隠された、あまりにも健気で真っ直ぐな彼女の視線。

(……ずるいのは、真白さんのほうだろ)

からかわれているのは分かっている。勝負に負けたのも分かっている。だけど、こんな風に自分のことを完璧に見理解してくれて、特別に扱ってくれる女の子が隣にいるという事実が、蓮の胸の奥を、どうしようもないほど甘酸っぱくて、愛おしい熱で満たしていくのだった。

キーンコーンカーンコーン。

非情にも、いや、蓮にとっては救いの神のように、五時間目の自習時間の終わりを告げるチャイムが教室中に鳴り響いた。

「よし、自習終わりだ。次の時間の移動教室の準備をしろよ」

教壇の先生がパイプ椅子から立ち上がり、出席簿を持って教室を出て行く。その瞬間、それまで静まり返っていた教室が一気に開放感に包まれ、クラスメイトたちの騒がしい声が戻ってきた。

「あー、静かにしてるの疲れたー!」

「次の体育、着替えなきゃ!」

周囲がガタガタと机を動かす音に紛れるようにして、蓮はゆっくりと机から顔を上げた。

隣の席を見ると、真白さんはすでに立ち上がり、次の授業の準備のためにカバンを整えていた。彼女は蓮と目が合うと、カバンのファスナーに揺れる、あの土曜日にお揃いで買った小さなキツネのストラップを指先でチョンと触ってみせた。

「宮本くん、勝負は私の勝ちだからね。今日の放課後、約束通り温かいココア、奢ってもらうから」

真白さんはいつものポーカーフェイスに戻り、涼しげな声で言った。

「……分かったよ。ちゃんと奢ればいいんだろ、奢れば」

蓮は照れ隠しにわざとぶっきらぼうに答えて、椅子から立ち上がった。

恋の進展は、本当にカメのように遅い。劇的な告白もなければ、ドラマチックな展開もない。だけど、この静かな自習時間の教室で交わされたノートの切れ端のやり取りは、2人の距離を、誰にも気づかれないように、だけど確実に、一歩だけ奥へと進めていた。蓮はカバンを肩にかけながら、放課後に真白さんと飲むココアの味を想像し、まだ少しだけ赤い顔のまま、彼女の少し後ろを歩き始めるのだった。

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