第49話:月曜日の余韻
休日が終わり、新しく始まった月曜日の朝。
学校の教室は、土日を終えた生徒たちの賑やかな声で溢れかえっていた。「土曜日のテレビ見た?」「昨日さー、塾のテストが最悪で……」といった、いつもの退屈で、だけど愛おしい日常の会話が飛び交っている。
蓮は少し緊張しながら教室のドアを開け、自分の席へと向かった。窓際の一番後ろ、先生の目が届きにくいその特等席には、すでに真白さんが座っていた。
彼女はいつも通り、アイロンのピシッとかかった綺麗なセーラー服に身を包み、静かに国語の教科書を読んでいる。その姿は、土曜日のベレー帽を被った大人っぽい私服姿とは違い、完全に「いつもの隣の席の白石さん」だった。
(……なんか、一昨日のことが嘘みたいだな)
蓮は少し気恥ずかしさを覚えながら、自分の椅子を引いて腰掛けた。
「あ、真白さん。おはよう」
なるべくいつも通りの、普通のトーンを意識して声をかける。
「あ、宮本くん。おはよう」
真白さんは教科書から顔を上げ、ふわりと微笑んだ。その笑顔も、いつもの学校での彼女の笑顔そのものだった。あの紅葉の並木道で、顔を真っ赤にして背中を向けて走り去った女の子と、どうしても目の前の彼女が結びつかない。
(やっぱり、あれは俺の妄想だったのかな……。真白さんにとっては、ただの普通のお出かけだったのかも)
蓮は少しだけガッカリしたような、寂しいような気持ちになりながら、カバンから一限目の教科書を取り出そうとした。
その時だった。
「あ、宮本くん。カバン、それ……」
真白さんが、蓮のカバンの側面を指差した。
「え? カバンがどうした……あ」
蓮は思い出した。カバンのファスナーの引き手の部分に、土曜日の本屋の帰り道、真白さんが「これ、今月のラッキーアイテムなんだって」と言って勧めてくれた、秋仕様の小さなキツネのラバーストラップがぶら下がっていたのだ。
「あ、これな。せっかく買ったし、引き出しに眠らせておくのももったいないから、一応つけてみたんだよ。別に深い意味は無いからな!」
蓮は大慌てで言い訳を並べ立てた。意識してつけてきたと思われるのが、どうしても恥ずかしかったのだ。
しかし、真白さんは蓮の必死の弁明を聞くと、嬉しさを隠しきれないといった様子で、目を細めて満面の笑みを浮かべた。
「ふふ、ちゃんとつけてくれたんだね。すっごく似合ってるよ、宮本くん」
真白さんはそう言うと、机の横にかけてあった自分の通学カバンを、蓮の方へと少し引き寄せた。
「ほら、見て」
彼女のカバンの同じ位置には、蓮のものと全く同じ、小さなキツネのラバーストラップが、かすかに揺れていた。
「お、お揃いじゃん……!」
蓮は思わず声をあげそうになり、慌てて口を塞いだ。
「うん。土曜日に宮本くんがレジでお会計してる間に、こっそりお揃いで買っちゃった。宮本くん、本当につけてきてくれるかなーって、今朝、ちょっとドキドキしながら待ってたんだよ?」
真白さんは机の上に両肘をつき、小さな顔を蓮の方へと近づけてきた。ふわりと、あの土曜日のカフェでも香った、甘いシトラスの匂いが蓮の鼻腔をくすぐる。
「な、何考えてんだよ! 学校にお揃いのストラップなんて持ってきて、クラスの奴らに見られたら、変な噂が立つだろ!」
「えー、いいじゃん。どんな噂? 『宮本くんと白石さんは、週末に内緒でデートしてた』っていう噂?」
真白さんは妖しく目を細め、蓮の反応を楽しむようにじっと見つめてくる。
「デ、デートじゃないって! ただの本の買い出しに、お前が勝手についてきただけだろ!」
「えー、私は完全にデートだと思ってたんだけどな。お芋も半分こしたし、恋愛映画の主人公みたいに並んで歩いたし、最後にココアも奢ってもらったし」
「それ、お前がじゃんけんでわざと負けたからだろ!」
蓮が顔を真っ赤にして反論すると、真白さんは楽しそうに「あはは」と肩を揺らした。
「宮本くんは本当に面白いね。一昨日のことを、そんなに鮮明に覚えてるんだ。やっぱり、私のことばっかり考えてたんだね」
「ち、違う! お前が変なこと言うから……!」
その時、キーンコーンカーンコーンと、朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが教室内に鳴り響いた。前方のドアから、担任の先生が重い出席簿を抱えて入ってくる。クラスメイトたちが一斉に自分の席へと戻り、騒がしかった教室が一気に静かになっていく。
真白さんは前を向き、姿勢を正して黒板を見つめた。
蓮も慌てて前を向いたが、自分のカバンの横で静かに揺れる小さなキツネのストラップが、机の下で、真白さんのカバンのストラップと、まるで内緒話をするように近くに並んでいるのが見えた。
学校という日常に戻ってきたけれど、二人の間には、確かにあの秋の休日の「特別な余韻」が、静かに、そして確かに息づいているのだった。蓮はシャーペンを握り締めながら、今週も真白さんに勝てそうにない自分の未来を確信し、だけどそれが、なんだか無性に嬉しくてたまらないのだった。




