第48話:自動販売機のココア
紅葉の並木道を抜け、お互いに顔を真っ赤にしたまま歩き続けた二人は、ようやく駅の改札前へとたどり着いた。
駅の中は、休日の夕方ということもあって、買い物帰りの家族連れや、部活帰りの高校生たちでそれなりに混雑している。自動改札機が「ピピッ」「ピピッ」と規則正しい音を立てて人々を吸い込んでいく。その騒がしさが、さっきまでの静かな並木道での妙に張り詰めた空気を、少しだけ和らげてくれるようだった。
真白さんは改札の手前で足を止め、くるりと蓮の方を向いた。彼女の顔には、さっきの「ガチ照れ」の赤みはすっかり消えており、いつもの少し涼しげで、悪戯っぽい微笑みが戻っていた。女の子の切り替えの早さに、蓮は感心すると同時に、どこか少しだけ悔しい気持ちになる。
「楽しかったね、宮本くん。急に誘っちゃったのに、今日一日付き合ってくれてありがとう」
真白さんは両手で自分の小さなカバンを抱えながら、小さく頭を下げた。カバンの隙間からは、さっき公園で蓮が見つけた大きなどんぐりが、大切そうに顔を覗かせている。
「おう。俺も欲しかった本が買えたし、いい気分転換になったよ。公園の焼き芋も美味かったしな」
蓮は上着のポケットに手を突っ込んだまま、なるべく平静を装ってぶっきらぼうに応えた。本当は、心臓がまださっきの余韻で少しドタバタと暴れているのだが、これ以上格好悪いところを見せるわけにはいかない。
「ふふ、なら良かった。……じゃあ、今日のお出かけの締めくくりとして、最後にもう1つだけ、勝負しよ?」
真白さんはそう言うと、改札のすぐ横にある、赤や青のボタンが賑やかに光る自動販売機を指差した。
「最後の上勝負? 今度は何するんだよ。もうどんぐりは落ちてないぞ」
「じゃんけん。すっごくシンプルでしょ? 一発勝負で、勝った方が、負けた方にあの自動販売機にある『温かい缶ココア』を奢ってもらうの。この時間、すっごく寒くなってきたし、ちょうどいいでしょ?」
「へえ、じゃんけんか。いいよ、乗った!」
蓮は俄然、やる気になった。ここまでの勝負(本屋、どんぐり)では、真白さんの圧倒的な観察力と強運の前に完全敗北を喫している。しかし、じゃんけんならば話は別だ。心理戦の要素はあるにせよ、基本的には二分の一、あるいは三分の一の確率の純粋な運勝負。これなら真白さんの「からかいのテクニック」が介入する余地はないはずだ。
「よし、最後くらいは俺が勝たせてもらうからな。手加減なしだぞ」
蓮は右手を軽く握り、胸の前に構えた。真白さんも「いいよ、お互い恨みっこなしね」と笑いながら、華奢な右手を構える。
「最初はグー、じゃんけん……ぽん!」
蓮が勢いよく出したのは、指を二本突き出した『チョキ』。
そして、真白さんの手のひらは――優しく五本の指を広げた『パー』だった。
「よっしゃあああ! 俺の勝ち!」
改札前であることを一瞬忘れ、蓮は小さくガッツポーズを決めた。ついに、ついに真白さんに勝ったのだ。嬉しさが爆発する。
「あーあ、負けちゃった。宮本くん、じゃんけん強いんだね。じゃあ、約束通り買ってあげる」
真白さんは悔しがる風でもなく、クスクスと笑いながら自動販売機へと歩み寄り、電子マネーをピッとかざした。ガコン、ガコン、と重鈍な音が響き、取り出し口から温かい缶ココアが二本、転がり出てきた。
真白さんはそのうちの一本を手に取ると、蓮の目の前に差し出した。
「はい、どうぞ。勝者の宮本くん」
「おう、ごちそうさま!」
蓮が受け取った缶ココアは、驚くほど熱く、冷え切った手のひらに心地よい温もりを伝えてくれた。プルタブをパキッと開けると、甘く濃厚なチョコレートの香りが、冬の手前の冷たい空気の中に広がっていく。一口飲むと、五臓六腑にしみわたるような甘さが広がった。
「美味い……。やっぱり勝った後に飲むココアは最高だな」
蓮が満足げに鼻を鳴らしていると、真白さんは自分の分のココアを両手で包むように持ち、蓮の顔をじっと見つめてきた。
「ねえ、宮本くん。私がじゃんけんで何を出そうとしてたか、分かっててチョキを出した?」
「え? いや、全然。ただの勘だけど。なんで?」
「ふふ、私はね、宮本くんが絶対に『チョキ』を出すって分かってたんだよ」
「はあ!? なんでだよ。超能力者かよ」
蓮はココアを口に含んだまま、目を丸くした。
「超能力じゃないよ。宮本くん、さっき紅葉の並木道で私と手が当たったときから、ずーっと右手をポケットの中で『グー』の形にして握りしめてたでしょ? 肩の力が入ってたから、後ろから見てて丸分かりだったの。だから、じゃんけんが始まったら、その強張った手をほぐすために、絶対に『チョキ』か『パー』を開く傾向になるなーって。それで、一番可能性が高いチョキに、私がわざと負けてあげたの」
「な、ななな……!」
蓮は絶句した。
「最後にね、今日一日付き合ってくれたお礼に、宮本くんの嬉しそうな勝ち顔が見たかったから。……わざと負けたんだよ?」
真白さんはそう言うと、いたずらが大成功した子供のように、片目をパチンと瞑って綺麗なウインクをしてみせた。
「お、お前なぁ……! どこまで計算して……っ」
「ふふ、ごちそうさま、宮本くん。あったかいココアのおかげで、心までぽかぽかになっちゃった。じゃあ、また月曜日に学校でね。バイバイ!」
真白さんはそう言うと、軽やかな足取りで自動改札機に定期券をタッチし、トントンと階段を駆け上がっていった。
残された蓮は、手の中の温かい缶ココアを見つめながら、結局最後まで彼女の手のひらの上で転がされていたことに気づき、激しい悔しさがこみ上げてきた。しかし、それと同時に、自分のために「わざと負けてくれた」という彼女の言葉の裏にある優しい気遣いを思い出し、冷たい秋の改札前で、胸の奥がどうしようもないほど甘酸っぱい熱で満たされていくのを、認めざるを得ないのだった。




