第46話:帰り道のカフェ
公園の奥でどんぐり勝負を終えた頃には、お昼過ぎの明るかった太陽も、ずいぶんと西の空へと傾き始めていた。秋の日暮れは驚くほど早い。木々の隙間から差し込む光はオレンジ色を帯び、それと同時に、肌を刺すような冷たい風が一段と強くなってきた。
「うぅ……、急に寒くなってきたね、宮本くん」
真白さんは首元のマフラーにきゅっと顔を埋め、少し身震いをした。コートを着てベレー帽を被っていても、やはり秋の夕方の寒さはこたえるようだ。
「本当だな。さすがにずっと外にいるのは冷えるわ。駅に向かう途中に、確か新しくできた小さなカフェがあったはずだから、そこでちょっと温まっていかないか?」
蓮が提案すると、真白さんは待ってましたと言わんばかりに、マフラーの中から満面の笑みを覗かせた。
「賛成! 温かい飲み物、すっごく惹かれちゃうな。早く行こ、宮本くん」
二人は公園を後にし、少しレトロなレンガ造りの並木道を歩いていった。五分ほど歩くと、目的のカフェが見えてきた。木製のドアに小さな真鍮のベルがつけられた、隠れ家のようなお洒落な店構えだ。ドアを開けると、カランカランと涼やかな音が響き、それと同時に、店内を優しく包み込む珈琲の香ばしい匂いと、スパイスの甘い香りが二人を迎え入れた。
「いらっしゃいませ」という店員の穏やかな声に導かれ、二人は窓際の小さな二人掛けの席に腰掛けた。卓上には小さなキャンドルが灯されており、外の寒さを一瞬で忘れさせてくれるような温かさがあった。
「私はね、もう決まってるんだ。ふわふわの泡が乗った、ホットミルクティーにする」
真白さんはメニュー表を開いてすぐに指を差した。
「じゃあ、俺は……ブレンドコーヒーで」
蓮は少しだけ背伸びをして、ブラックのコーヒーを注文した。本当は、普段から家で飲むときは牛乳と砂糖をたっぷり入れる派で、苦いブラックコーヒーは少し苦手だった。しかし、今日のような「学校外のデートのようなお出かけ」の場で、真白さんの前で子供っぽいところを見せたくないという、男子特有の小さなプライドが働いてしまったのだ。
やがて、丁寧に淹れられた飲み物が二人の前に運ばれてきた。真白さんのミルクティーの上には、きめの細かい真っ白なミルクの泡がたっぷりと乗っており、シナモンスティックが添えられている。一方、蓮の前には、漆黒の液体から湯気を立てる大人のコーヒーだ。
「おいしそう……。じゃあ、いただきます」
真白さんはスプーンで泡を少しすくい、上品に口へと運んだ。
「ん、すっごく濃厚。生き返るなぁ。宮本くんも、コーヒー温かいうちに飲みなよ」
「おう。いただきます」
蓮はカップを持ち上げ、フーフーと湯気を吹き飛ばしてから、意を決して一口含んだ。
(……っ! 苦っっ!!!)
想像以上の本格的な苦味と深いコクが、蓮の舌を直撃した。あまりの苦さに思わず顔をしかめそうになったが、真白さんがじっとこちらを見つめていることに気づき、必死でポーカーフェイスを維持した。ゴクリと喉を鳴らして飲み込み、何事もなかったかのようにカップを置く。
「ふぅ……。やっぱり、秋の夕方はこういう深いコーヒーが美味いよな」
蓮は精一杯の大人ぶったセリフを吐いた。
しかし、真白さんの目は完全にすべてを見抜いていた。彼女は頬杖をつき、楽しそうに目を細めて蓮の顔を覗き込んできた。
「ふーん、美味しいんだ? でも宮本くん、今、眉間にすっごくシワが寄ってたよ? 無理しちゃって、可愛いね」
「む、無理なんてしてないし! これくらい大人の男なら普通だろ!」
「じゃあ、もう一口飲んでみて?」
「それは……今ちょっと冷ましてるんだよ!」
言い訳をする蓮を見て、真白さんはクスクスと笑うと、自分のミルクティーに添えられていたスプーンを手に取った。そして、自分のカップから、ふわふわの甘いミルクの泡をたっぷりとすくい、蓮の目の前へと差し出してきた。
「はい、これあげる。すっごく甘くて美味しいよ」
「えっ!? ちょっと待て、それって真白さんが使ったスプーンじゃ……」
「そうだよ? 宮本くん、コーヒーが苦くて困ってるんでしょ? ほら、あーんして」
(あーん、だと……っ!?)
静かなカフェの席で、真白さんがスプーンを差し出している。その距離、わずか十センチ。彼女の細い指先と、甘いミルクの泡が目の前にある。周囲のお客さんに見られているかもしれないと思うと、蓮の心臓はブラックコーヒーのカフェインのせいではなく、純粋な動揺で爆発しそうだった。
「ば、バカ! 自分で入れるからいいって! ほら、砂糖あるし!」
蓮は大慌てで卓上にあったスティックシュガーをひったくり、袋を破ってコーヒーの中にバサバサと投入した。
「あーあ、拒否されちゃった。せっかく私の『あーん』だったのに、もったいないな」
真白さんは残念そうにスプーンの泡を自分でパクッと食べると、また悪戯っぽく笑った。
蓮はスプーンで必死にコーヒーをかき混ぜ、砂糖が溶けたそれを一気に飲んだ。しっかりと甘くなったコーヒーは、さっきよりずっと飲みやすくなっていたけれど、それ以上に、真白さんに翻弄されて熱くなった胸の奥の甘酸っぱさは、どんな砂糖を落としても消えそうにないのだった。




