第44話:温めてほしかった手
本屋での勝負を終え、それぞれお目当ての本(と、真白さんが蓮をからかうために見つけてきた心理学の本)を無事に購入した二人は、駅前から少し歩いたところにある大きな都立公園へと向かった。
街の喧騒から一歩足を踏み入れると、そこには見事な秋の景色が広がっていた。イチョウの葉は鮮やかな黄色に染まり、モミジは燃えるような赤色を見せている。風が吹くたびに、ひらひらと色とりどりの落ち葉が舞い降り、地面はまるで天然の絨毯のようになっていた。
「わあ、綺麗……。学校の周りよりも、ずっと秋が進んでるね」
真白さんはベレー帽を少し押さえながら、嬉しそうに周囲を見渡した。
「そうだな。日差しは暖かいけど、風は結構冷たいわ」
蓮は上着のポケットに手を突っ込みながら答えた。歩くたびに足元でカサカサと鳴る落ち葉の音が、静かな公園内に響く。
しばらく歩いていると、広場の隅から何とも言えない香ばしい、甘い匂いが漂ってきた。匂いの先を目で追うと、レトロな軽トラックの移動販売車が停まっており、小さな赤提灯に『石焼き芋』の文字が揺れていた。
「あ、宮本くん。見て、焼き芋屋さんだよ」
真白さんが足を止め、蓮の袖をクイと引いた。
「本当だ。美味そうだな。ちょっとお腹も空いてきたし、買っていくか?」
「うん! 半分こして食べようよ。一本丸ごとだと、私にはちょっと多いから」
蓮が財布を取り出し、おじさんから新聞紙に包まれた出来立ての焼き芋を一本受け取った。手にするだけで、じんわりと熱が伝わってくる。二人は近くにある、落ち葉に囲まれた木製のベンチに並んで腰掛けた。
蓮が慎重に、新聞紙を開いて焼き芋を真ん中からパキッと二つに割る。その瞬間、黄金色のホカホカとした湯気がふわっと立ち上り、甘い香りが二人の間に広がった。
「はい、真白さんの分。熱いから気をつけてな」
「ありがとう、宮本くん。……ん! すっごく甘くて美味しい!」
真白さんは小さく口を開けて焼き芋を頬張り、 幸せそうに目を細めた。普段のクールなポーカーフェイスとは違う、素直に美味しそうに食べる姿に、蓮はまたしても胸がドキリとする。
「だろ? 皮の近くが一番美味いんだよな」
蓮も自分の分を口に運んだ。ねっとりとした濃厚な甘みが口いっぱいに広がり、冷えた体に染み渡るようだった。
しばらく無言で焼き芋を食べていたが、真白さんはふと食べる手を止め、自分の左手をじっと見つめた。それから、その左手をベンチの木目の上に、ぽんと置いた。
「ねえ、宮本くん」
「ん? なに?」
「お芋はすっごく温かいんだけどさ……私の左手、今、すっごく冷たいんだよね」
真白さんはそう言うと、首を少し傾げて、長いまつ毛の奥にある瞳で蓮をじっと見つめてきた。
「え? 冷たいなら、そのお芋を持ってる右手で温めればいいじゃん。それかポケットに入れるとか」
蓮は焼き芋をモグモグしながら、至極真っ当な解決策を提案した。しかし、真白さんは小さくため息をつき、呆れたように首を振った。
「宮本くんは本当に、さっきの本(照れ隠しの心理学)を読んだ方がいいね」
「なんでだよ! 普通のことを言っただろ!」
「普通じゃないよ。こういうとき、男の子なら『じゃあ、俺が温めてあげるよ』って言って、手を繋ぐのが正解なんだよ?」
「はあぁぁぁ!? な、何言ってるんだよ!」
蓮は口の中の焼き芋を吹き出しそうになり、激しくむせた。顔が一気に、焼き芋の断面よりも赤くなっていく。
「あはは、冗談だよ。ほら、そんなに真っ赤になって動揺しなくてもいいのに」
真白さんはそう言うと、冷たいはずの左手を自分のコートのポケットにするりと滑り込ませた。
「でも、本当に冷たかったのは本当だよ? 温めてほしかったなー、なんてね」
ポケットの中から覗く真白さんの顔は、完全に蓮をからかって楽しんでいるいつもの笑顔だった。蓮は残りの焼き芋を一気に口に押し込み、秋の冷たい風を頬に受けながら、自分の顔の熱が下がるのを必死に待つことしかできなかった。




