第43話:本屋での勝負
駅前にある、四階建ての大きな書店。自動ドアをくぐると、独特の紙の匂いと、静かなBGMが二人を迎え入れた。店内は休日ということもあり、多くの家族連れや学生で賑わっている。
蓮と真白さんは、エスカレーターに乗って三階のコミック・小説コーナーへと向かった。
「広いね。これだけあると、探すの大変そう」
真白さんは棚に並ぶ無数の背表紙を見上げながら呟いた。
「俺はいつもここで買ってるから、どこに何があるか大体分かるぞ。真白さん、探してる漫画のタイトルは?」
蓮は少し得意げに胸を張った。学校の勉強では真白さんに勝てないが、この本屋の配置なら自分にアドバイザーとしての優位性がある。
しかし、真白さんはすぐにいつもの不敵な笑みを浮かべ、蓮の顔を見つめた。
「ねえ、宮本くん。せっかくの本屋さんだし、ここで1つ、勝負しよ?」
「勝負? 本屋で何するんだよ。静かにしなきゃ怒られるぞ」
「分かってるよ。だから、静かな勝負。お互いに、相手が『今一番気になってる本』、あるいは『読んでほしい本』を1冊選んで、相手の前に出すの。もし相手の好みを完全に言い当てられていたら、選んだ方の勝ち。どう?」
「へえ……面白そうじゃん。俺、真白さんがいつも休み時間にどんな小説読んでるか、となりで見てるからな。絶対に当ててみせる!」
蓮は俄然やる気になった。真白さんが好きな作家や、図書室で借りている本の傾向は、悔しいけれど常に視界に入っていたため、完璧に把握している自信があった。
「じゃあ、制限時間は十分ね。十分後に、このミステリー小説の棚の前で待ち合わせ」
真白さんの合図とともに、二人はそれぞれの棚へと散っていった。
蓮は迷わず、文芸書のコーナーへと向かった。真白さんが最近「この人の新作、秋に出るんだよね」と呟いていたのを、蓮の耳は聞き逃していなかったのだ。棚を探すと、お目当ての作家の新作ミステリー小説が平積みされていた。
(よし、これだ。完璧すぎる。真白さん、驚くだろうな!)
蓮は本を抱え、勝利を確信して待ち合わせ場所へと戻った。
しばらくすると、棚の陰から真白さんが一冊の本を後ろ手に隠しながら歩いてきた。
「宮本くん、選べた?」
「おう、バッチリな。じゃあ、先攻は俺から行くぞ。はい、これだろ!」
蓮は自信満々に、購入前の綺麗な装丁のミステリー小説を差し出した。
真白さんは一瞬目を丸くし、それから本当に嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「わあ、大正解! すごいね宮本くん。これ、本当に今日買おうと思って探してたやつだよ。私のこと、よく見ててくれてるんだね」
「へへん、まあな。となりでいつも本読んでるから、それくらい分かるよ」
蓮は鼻が高かった。ついに、真白さんに完全な勝利を収めたのだ。
「じゃあ、次は私の番ね。宮本くんが今、一番必要としてる本」
真白さんは後ろ手に隠していた本を、蓮の目の前にすっと差し出した。
蓮は「どうせ、新刊の少年漫画だろ?」とタカをくくっていたが、差し出された本のタイトルを見た瞬間、言葉を失った。
そこにあったのは、お堅い新書。タイトルは――『なぜ男子は好きな子の前で照れ隠しをしてしまうのか:思春期の心理学』。
「はあぁぁ!? なんだよこれ! 俺、こんな本探してないし、興味ないわ!」
蓮は本屋の中であることを忘れて、思わず大声を出しそうになり、慌てて口を塞いだ。
「えー、本当に興味ない? でも宮本くん、さっき駅前で私の私服を見たときから、ずーっと目を合わせないようにして、照れ隠ししてるでしょ?」
真白さんは本で自分の口元を隠しながら、クスクスと楽しそうに肩を揺らした。
「し、してない! あれは、急に顔を近づけてくるからビックリしただけで……!」
「ふふ、この本によるとね、男の子がそうやって必死に言い訳するのも、全部『照れ隠し』のサインなんだって。ほら、やっぱり当たってる」
真白さんは本の帯に書かれた解説を指差した。
完全に一本取られた。蓮の好みの漫画ではなく、今の蓮の「心理状態」を完璧に見抜いて、からかうための一冊を選んできたのだ。
「くそ……、また負けた……」
「あはは、宮本くんの負け。でも、私の本を当ててくれたのは本当に嬉しかったよ。ありがとう」
真白さんはそう言うと、蓮が選んだミステリー小説を大切そうに両手で抱えた。その素直な笑顔に、蓮は再び心臓を撃ち抜かれ、真っ赤になった顔を隠すように、「次、行くぞ!」と大急ぎでレジへと向かうのだった。




