第42話:休日の呼び出し
秋晴れの土曜日。いつもの平日なら、朝のチャイムに合わせて重い腰を上げる時間だが、今日は待ちに待った休日だ。蓮は自分の部屋のベッドの上でゴロゴロと寝返りを打ちながら、スマホの画面を眺めていた。
時刻は午前十時。特に予定のない週末、いつもならゲームのコントローラーを握りしめているはずの時間だった。しかし、そんな蓮ののんびりとした時間を破るように、スマホが短い通知音を鳴らした。画面を見ると、ポップアップに表示されたのは「白石真白」の四文字だった。
『今日の午後、駅前の大きな本屋さんに行くんだけど、宮本くんも来ない? 最近、気になってる読みたい漫画があるんだよね』
蓮はベッドから跳ね起きた。心臓がドクンと嫌な、いや、奇妙な高鳴りを見せる。
(真白さんからの誘い……!? しかも、学校以外で……?)
これまで学校の教室という、いわば「いつもの戦場」で散々からかわれてきた蓮にとって、プライベートの、しかも二人きりの約束というのは未知の領域だった。友達に知られたら絶対に冷やかされるし、何より学校の外で真白さんと会うなんて、どういう顔をすればいいのか分からない。
蓮はベッドの上に座り込み、返信の文面を三分ほど悩んだ。あまりに嬉しそうにするのは癪だし、かといって断る理由もない。
「ちょうど俺も欲しい本があったし、暇だから行ってやってもいいよ」
できるだけ素っ気なさを装った、防衛線だらけのメッセージを送信した。すぐに『了解! じゃあ一時に入口の時計台の前ね』とスタンプ付きの返信が返ってくる。蓮はそこから、クローゼットを開けて服選びという第二の難問に直面することになった。いつもなら適当に着るパーカーも、今日ばかりはなぜか何度も鏡の前で合わせてしまい、自分の意識しすぎな姿勢に自己嫌悪に陥るのだった。
約束の時間の十分前、蓮は駅前の広場に到着した。秋の風は少しひんやりとしていて、街を行く人々も長袖の上着を羽織っている。
(さすがに早すぎたか……)
そう思いながら、広場の中央にある大きな時計台を見上げたその時、すでにそこに一人の女の子が立っているのが目に入った。
ベージュの落ち着いた秋物のコートを着て、頭には少し斜めに被った小豆色のベレー帽。首元には薄手のマフラーを軽く巻いている。いつも学校で見ているセーラー服姿とは全く違う、上品で、どこか大人びた私服姿の女の子――真白さんだった。
蓮は思わず足を止め、その姿に見とれてしまった。普段の教室では気づかなかったが、私服になると彼女のスタイルの良さや、女の子らしさが引き立って見える。
「あ、宮本くん。おそい、私の方が先に来ちゃった」
真白さんが蓮に気づき、トコトコと歩み寄ってきた。ベレー帽の下から覗く瞳は、いつも通り悪戯っぽく輝いている。
「ご、ごめん。待たせたか? っていうか、まだ五分前だけど……」
「ふふ、楽しみすぎて早く来ちゃったの。宮本くん、なんか私の顔、じっと見てどうしたの?」
真白さんはわざと顔を近づけて、蓮の目を覗き込んできた。
「あ、いや! 別に見てないよ! 真白さん、なんかいつもと雰囲気違うなーって思っただけだし!」
蓮は大慌てで一歩下がり、顔をそむけた。
「変かな? 秋のお出かけ用にお洒落してきたんだよ。宮本くんに見せるためにね」
真白さんはそう言うと、両手を少し広げて、その場でクルリと一回転してみせた。コートの裾がひらりと揺れ、彼女のシャンプーの甘い香りが、秋の冷たい空気の中にふわりと広がった。
「に、似合ってると思うよ……」
蓮は耳まで赤くなるのを自覚しながら、蚊の鳴くような声で絞り出した。
「ありがとう、宮本くん。褒めてもらえると思ってた」
真白さんは満足そうに微笑むと、「じゃあ、行こっか」と、蓮の少し前を歩き始めた。蓮はその小さな背中を追いかけながら、今日一日、自分の心臓が持つかどうか、本気で不安になるのだった。




