第18話:夕暮れの自転車
部活の居残りで遅くなった夕方。蓮が自転車を押して校門を出ると、少し先で自転車のチェーンが外れて困っている真白さんの姿があった。
「あれ、真白さん? どうしたの?」
「あ、宮本くん。チェーンが外れちゃって……。直そうとしたんだけど、手が真っ黒になっちゃった」
真白さんが見せてきた両手は、機械油で黒く汚れていた。
「しょうがないな、貸してみ。俺、こういうの得意だから」
蓮は自転車を止め、真白さんの自転車の前にしゃがみ込んだ。慣れた手つきでチェーンを引っ張り、ギアに噛み合わせる。カチャリ、と音がして、チェーンは元通りになった。
「よし、直ったぞ!」
「すごい、宮本くん! かっこいいね」
「へへ、これくらい普通だよ」
褒められて照れる蓮だったが、ふと自分の手を見ると、真白さんと同じように油で真っ黒になっていた。
「あーあ、宮本くんの手も真っ黒。お揃いだね」
「あ、本当だ。洗う場所、学校の水道まで戻るか?」
「ううん、もう閉まってるよ。あ、そうだ。いいもの持ってる」
真白さんはカバンから、可愛らしい柄のウェットティッシュを取り出した。
そして、「手、出して」と言い、蓮の手をそっと自分の手で包み込んだ。
「え、あ、自分で拭くよ!」
「ダメ。宮本くん、手が大きいから、自分で拭くと汚れが広がるよ。私が拭いてあげる」
真白さんは丁寧に、蓮の指先の一本一本をウェットティッシュで拭き取っていく。
彼女の指先が触れるたび、蓮の体は硬直した。夕方の涼しい風が吹いているはずなのに、顔がどんどん熱くなっていく。
「宮本くんの手、ゴツゴツしてて、やっぱり男の子だね。……あ、今、動揺した?」
「動揺してない! 早く拭けよ!」
「ふふ、もう綺麗になったよ」
真白さんは手を離すと、自分の手も素早く拭き、自転車に跨った。
「直してくれてありがとう、宮本くん。じゃあ、気をつけて帰ってね」
夕日に向かって自転車を走らせる真白さんの背中を見送りながら、蓮は拭いてもらったばかりの自分の手のひらをじっと見つめ、まだそこに残っているような優しい感触を、いつまでも消せずにいた。




