第104話:放課後のクレープ
終礼のチャイムが鳴り響くと同時に、蓮は弾かれたように荷物をカバンに詰め込んだ。
心臓がずっと軽い高鳴りを上げている。授業中の真白からの挑戦状――「放課後、クレープ屋で勝負」。
(絶対に勝つ。真白に『参った』って言わせて、奢らせてやるんだ……!)
早足で昇降口を抜け、校門へと向かう。
そこには、すでにチャコールグレーのマフラーを首に深く巻き、コートのポケットに両手を突っ込んで待っている真白の姿があった。2月の夕方の風は冷たく、真白が吐く息が白く揺れている。
「あ、蓮くん。早かったね。そんなに寒いの我慢できなかった?」
真白は蓮の姿を見つけると、マフラーに顔を半分うずめたまま、嬉しそうに目を細めて近寄ってきた。
「ち、違うよ! 早く勝負を終わらせて、真白に温かいものでも奢ってもらおうと思っただけだ!」
「ふふん、自信満々だね。じゃあ、駅前のクレープ屋さんに歩きながら、今回の勝負のルールを決めよっか」
並んで歩き出すと、真白の歩幅に合わせて、自然と蓮の歩調も緩やかになる。
冷たい風が吹くたび、真白の首元のチャコールグレーのマフラーから、あの授業中と同じ甘いシャンプーの香りがふわりと届いて、蓮の心臓を無駄にドキドキさせる。
真白がポケットから片手を出して、人差し指を立てた。
「ルールは簡単。『クレープを注文して、お店を出るまでに、相手を先に”照れさせた”方の勝ち』。どう?」
「照れさせた方の勝ち……?」
蓮は一瞬、言葉に詰まった。2月といえばもうすぐバレンタイン。そんな時期に「照れさせる勝負」なんて意識せずにはいられない。しかし、ここで引くわけにはいかない。
「わかった、その勝負乗った! 真白、後悔するなよ?」
「うん。蓮くんの頑張り、楽しみにしてるね」
◇
駅前の小さなクレープ屋さんは、ストーブの暖気と甘い香りで満ちていた。
メニューを見上げながら、蓮は脳内で必死に作戦を練る。
(真白を照れさせるには、どうすれば……。あ、そうだ。2月といえば……これだ!)
焦る蓮の隣で、真白が先に注文を済ませた。
「私は期間限定の、ホットチョコベリークレープで」
「じゃ、じゃあ僕は……定番のバナナチョコホイップで」
二人の前に、出来立ての温かいクレープが手渡される。
勝負の制限時間は、このクレープを食べ終えて店を出るまで。店内のベンチに並んで座り、蓮は意を決して、先制攻撃を仕掛けることにした。
「ねえ、真白」
「ん? なあに?」
温かいクレープを一口ハムッと口に含んだ真白が、不思議そうに蓮を見る。
蓮は顔が熱くなるのを必死に堪えながら、真白の目をじっと見つめて言った。
「真白ってさ、チョコ味のクレープ好きだよね」
「うん、大好きだよ?」
「……じゃあさ、今年のバレンタイン、真白の手作りチョコじゃなくて、このクレープで満足しちゃいそう?」
「バレンタイン」というワードを直接ぶつける不意打ち。
これにはさすがの真白も、来週のチョコの予定を聞かれたと思って動揺するはず――! 蓮は勝利を確信して真白の表情を凝視した。
しかし、真白は一瞬だけ丸く目を見開いたものの、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「え? 蓮くん、私の手作りチョコが欲しいの?」
真白はトコトコとベンチの上で蓮の方へとにじり寄ると、上目遣いで蓮の顔を覗き込んできた。
「そんなに欲しいなら、このクレープより、もっと特別なやつ……作ってあげてもいいよ?」
至近距離にある真白の綺麗な顔、長くて綺麗なまつ毛、そして「特別なやつ」という破壊力抜群の言葉。
「っっ~~~~!?」
限界だった。蓮の顔は、一瞬にしてトマトのように真っ赤に染まった。
慌ててベンチの端まで飛び退き、クレープで顔を隠す。
「あはは! 蓮くん、顔真っ赤。はい、私の勝ち!」
真白はマフラーに顔をうずめて、くすくすと楽しそうに笑い出した。最初から、蓮がバレンタインを意識して自爆することを見抜いていたのだ。
「う……うぅ……」
「蓮くんの質問、ちょっとドキッとしたけどね。でも、先に照れちゃったら負けだよ?」
真白は満足そうに温かいクレープを頬張りながら、赤面したままの蓮を置いて、お店を出ていく。
蓮はガックリと肩を落っことしながら、その少し後ろをトボトボとついていくしかなかった。
(また負けた……。次こそは、次こそは絶対に……!)
外に出ると、2月の冷たい夜風が蓮の火照った顔を優しく冷ましていく。
悔しいはずなのに、前を歩く真白の楽しそうな背中を見ていると、なぜか胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを、蓮は認めざるを得なかった。




